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      額の傷 其の二

ついた当初は、今にも消えそうな弱弱しい火だったが、やがて炎は安定し、薄い煙の匂いがした。


「うまくいったわね」

お穐は火種を縄に近づけた。


ちりちりと焦げる匂いがして、縄は少しずつ黒ずんでいく。


縄を切ることはうまく行きそうだ。


しかし、縄を切ったあとお穐の考えた策だとこの蔵を燃やす事になる。

そうしないと見張りをまく事はできない。


お花は燃やした後のことを思い描いた。


今日は風がある。天気だって、晴れている。

ここ数日は雨が少なかった。

天水桶の水は、たっぷりあるとはいかないだろう。


もしお花たちが火事を起こせば、たちまち江戸中に燃え広がっていかないだろうか。

仮に自分達が助かったとしても、それでは誰かが犠牲になるのではないだろうか。


「・・・お穐、火を消して」


「何よ、どうかしたの?」

お穐が怪訝そうに言った。


「いいから消せって!」

お花はそういうと、手をじたばたと動かした。


「あっ!」


お花の手はお穐の手に当たり、その手に持っていた燃えさしはポロリと地面に落ちた。

すかさず、お花は燃えさしを踏み潰した。


「な、何すんのよ!せっかく火がついたのに」

お穐は叫び、お花を思いっきりにらみつけた。


「あたしらが火事を出して、町がもえたらどうするのさ。あんたんちもあたしんちも燃えちまうかもしれないんだよ。江戸の人間が何万人も死んじまうより、あたしは売られることを望むね。あたしら二人が女郎屋にいったほうがよっぽど人のためになるってもんだ。あんた昇吾の嫁になるんだろう。だったらなおさらだ。火消しの女房が火事なんざ出しちゃだめだ」


お花は、そういって口を結んだ。


お穐は泣きそうな顔をしている。


火をつけることを思いついたお穐を責めるつもりはない。

お穐だって馬鹿ではない。

そのくらい頭の隅ではわかっているはずなのである。


けれどそれをわかってでもやらなくてはいけないくらい、二人は切羽詰っているのだ。


「ごめん」

お花はつぶやいた。


「絶対に助けるから。あたしがなんとかする」


「な、何とかするって・・・」


お穐の言葉を遮るようにお花はきっと顔を上げて怒鳴った。


「おい、泥棒!そこにいるんだろ!?おいったら!!」


お花が声をかけると、先ほどの見張りの男が戸をあけて入ってきた。


「何でえ、うるせえな」

ぼりぼりと頭をかきながら入ってきた男は、お花の前に立って見下ろした。


「小便だ」


「はあ?」

予想外のお花の言葉に男はきょとんとした。


「小便だってんだろ。厠に連れて行け」

お花は男をギッと睨みつけながら言った。


「その場でしやがれ!俺達だってその辺で用足ししてるぜ」

はんっと軽く鼻で笑いながら男が言ったが、お花は引き下がらない。


「お前らと一緒にすんなよ、あたしは女なんだよ。大体、小便臭い女が高値で売れると思うか?いいから厠に連れて行けって」


男は顔を歪めてチッと舌打すると、お花をくくりつけている縄を解いて後ろ手に結びなおした。

「ほら、さっさと歩けよ。でもなあ、いっとくが、厠っつったって焦げた壁と戸が残ってるだけだからな」


男は縛り付けてあった柱からお花を解いた。

そしてお花を後手に縛ったまま縄を持ち、自分の前を歩かせる。


お花はちろりと後ろを振り向いた。

見張りの男は剣斬丸よりは、あくどさはないようだが、屈強ななりをしておりお花が逃げられるような相手ではない。


「逃げようなんて思うんじゃねえぞ」

見透かしたように男は睨んだ。


「お前達から逃げられるなんて思ってねえさ」

お花は前を見据えながらそう答えた。


やがて厠の建物が見えてきた。

男の言ったとおり、黒焦げで立っているのがやっとという風情ではあるが、戸はあるし壁も残っている。


「あのよ・・・」

ここまで来ると、お花は少しためらいながら男に言った。


「音とか聞こえると恥ずかしいからよ、ちょっと離れていてくれないか」


一瞬男はきょとんとしてすぐに大爆笑した。


「お前みたいな男勝りでも、そんな心持があるんだなあ。ま、どうせ逃げられる状態じゃねえしな。いいぜ、存分にしな」


そういって、少し後へ遠ざかった。


お花は男が十分離れたのを見届けて、そっと厠の戸を閉めた。



少し間をおいて、お花が厠から出てきた。


男はぎょっとしたように目を丸くした。

「お前その傷、また開いたのかよ。どうかしたのか」


お花の額は真っ赤に染まっていた。

先ほどのぱっくりと割れた傷はぐちゃぐちゃとかき混ぜられたように開かれて顔にはあちこち煤がついていた。


「どうもしてないさ。ちょっと滑って転んだだけだ。こんななりじゃ、顔もかばうこともできないからな」


そういってお花は自分の縛られている縄を見渡した。



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