表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

キドク

作者: 膝栗毛
掲載日:2026/04/01

恋愛青春物語です。

なかなか書かないので、少し変なところがあったらお願いします。

感想お待ちしてまーす!

最後の既読

 スマートフォンの画面を、もう三十分も見つめていた。

 メッセージは送信済みになっている。でも既読はつかない。

 倉田柊くらたしゅう、十九歳。大学一年の秋。好きだと言えないまま、二年が過ぎていた。

 画面の端に、金木犀のスタンプが貼られたトーク画面。去年の秋、美咲が送ってきたものだ。「この匂い、柊に嗅がせたくて」という一文と一緒に。柊はそのとき、「俺も好き」とだけ返した。本当は、もっと別のことを言いたかった。

 でも、言えなかった。

 それがいつもの柊だった。


 高嶋美咲と最初に話したのは、高校二年の文化祭だった。

 体育館の裏、自販機の隣のベンチ。人波を避けるようにひとりでイヤホンをしている女子がいた。制服の袖が少し長くて、両手でカップのジュースを持っていた。柊が近くのゴミ箱に空き缶を捨てようとして、うっかり彼女の肩にぶつかった。

「ごめん」

「あ、大丈夫です」

 それだけで終わるはずだった。でも柊は、彼女のイヤホンから漏れる音楽に気がついた。かすかに聞こえる、アコースティックギターの音。

「それ、誰の曲?」

 彼女は少し驚いたような顔をして、それからイヤホンを片方外した。

「……知ってるんですか、この曲」

「知ってるも何も、俺の一番好きなバンドだけど」

 美咲は目を丸くして、それから笑った。初めて見た笑顔は、ひどく不意打ちだった。

「同じクラスだよね。倉田くん」

「え、知ってたの」

「席、斜め前だもん」

 柊はそのとき初めて、クラスに「高嶋さん」という女子がいたことを思い出した。いつも静かで、目立たない。でもその日から、彼女の存在が急に輪郭を持ち始めた。

 その夜からLINEが始まった。最初は「今日の数学の宿題、範囲どこだっけ」という事務的なメッセージだった。でもそれが、いつの間にか毎晩続くようになった。

 好きなバンドの話。苦手な先生の話。将来のこと。夢のこと。怖いことも、恥ずかしいことも、なぜか美咲には話せた。

 美咲のメッセージはいつも短かった。でも的確で、温かかった。「笑」のひと言でさえ、柊には特別に見えた。

 好きだな、と思い始めたのはいつだろう。気がついたときにはもう、取り返しがつかなかった。


 告白のチャンスは、何度かあった。

 高三の冬、受験勉強の合間に駅前のファミレスで一緒に勉強したとき。美咲が参考書から顔を上げて、「柊、合格したら一緒にお祝いしようね」と言った。柊は「うん」と答えながら、心臓が痛くなるほど跳ねた。

 卒業式の日、校門の前で桜の花びらが舞う中、美咲が「三月って残酷だよね」とつぶやいた。柊は「どうして」と聞いた。「好きなものが全部、終わる季節だから」と彼女は言った。柊はそのとき、俺はまだ終わらせたくないと思った。でも口から出たのは「春はまたくるよ」という、どこかで聞いたような言葉だった。

 美咲は「そうだね」と笑って、それ以上は何も言わなかった。

 この笑顔を守りたい。このままでいい。壊したくない。

 いつもそう思って、柊は言葉を飲み込んだ。

 美咲は春から東京の大学に進んだ。柊は地元の大学に残った。

 距離が開いても、メッセージは続いた。ただ、少しずつ間隔が空くようになった。一時間が、半日になった。半日が、三日になった。

 柊は気づかないふりをした。


 転機は、九月の終わりだった。

 美咲のインスタグラムに、男と笑っている写真が載った。渋谷の交差点を背景に、ふたりは肩を寄せていた。キャプションには何も書いていなかった。

 柊はその写真を、五分間見つめた。

 男の顔は知らない。爽やかで、背が高くて、美咲の隣で自然に笑っていた。美咲の笑顔は、柊が文化祭の日に見たものと、同じだった。

 ああ。そういうことか。

 ため息をついて、アプリを閉じた。閉じてから、また開いた。何度もそれを繰り返した。

 その夜、眠れなかった。天井を見ながら、ずっと考えた。このまま何も言わなければ、また同じだ。また「このままでいい」と言い訳して、後悔する。

 高校の文化祭。卒業式。ファミレスでの夜。

 あのとき、俺はずっと言えなかった。

 でも今言わなければ、もう言えない気がした。

 柊は画面を開いて、文字を打った。消して、また打った。それを何度か繰り返して、最終的に残ったのはシンプルな三行だった。

ずっと好きだった。今も好きだよ。遅いのはわかってる。

 送信ボタンを押した瞬間、手が震えた。


 既読がついたのは、翌朝だった。

 でも返信は来なかった。

 昼になっても。夜になっても。

 柊はまた、画面を見つめた。三十分ではなく、今度は何時間も。授業中も、食事中も、スマートフォンが手放せなかった。

 既読無視か。そりゃそうだよな。

 苦笑いしようとしたけれど、できなかった。

 友人の渡辺に「どうした、顔色悪いぞ」と言われた。「なんでもない」と答えた。渡辺は「嘘つけ」と言って、からあげを一個くれた。柊はそれを食べながら、泣きそうになるのをこらえた。

 二日が過ぎた。

 三日目の朝、柊は諦めることにした。

 返信が来なくても、仕方ない。俺が遅すぎたんだ。

 そう決めた瞬間、スマートフォンが震えた。


 美咲からのメッセージは、長かった。

ごめん、ずっと返せなくて。実は入院してた。盲腸で、手術したんだけど、全然たいしたことないから心配しないで。

 柊は画面を握りしめた。読み続けた。

柊のメッセージ、手術の前の夜に読んだよ。病室でひとりで読んで、なんか、泣けてきちゃって。ありがとう。

 そこで一度、メッセージが途切れた。

 数秒後、続きが来た。

あのね、正直に言っていい?

 柊の心臓が止まりそうになった。

私もずっと、言えなかった。高校のとき、ずっと好きだったよ。文化祭の日から。

 柊は息ができなくなった。

でも柊、全然そういう素振りがなくて。私のこと、友達としか思ってないんだと思ってた。だから東京来るとき、ちゃんと気持ちに蓋して来たつもりだった。

 また途切れた。

インスタの写真、見た? あれ、サークルの先輩で、付き合ってるとか全然ないんだけど、柊に誤解させてしまってたなら、ごめん。

 柊はスマートフォンを持ったまま、立ち上がれなかった。

ひとつ聞いていい? 今でも、好き?


 柊は三分間、画面を見つめた。

 手が震えていた。さっきとは違う理由で。

 返信を打とうとして、何度も消した。「好きだよ」だけじゃ足りない気がした。長文を打とうとして、うまくまとまらなかった。

 最終的に、柊が送ったのはこれだった。

今でも好きだよ。てか、ずっと好きだった。文化祭の日から。

 送信してから、「かぶった」と思った。

 すぐに既読がついた。

 そして、美咲からスタンプが来た。

 金木犀のスタンプだった。

 去年の秋、*「この匂い、柊に嗅がせたくて」*と一緒に送ってきたのと、同じやつだった。

 柊はそれを見て、ようやく全部わかった気がした。

 去年、美咲がそのスタンプを送ってきたのは、偶然じゃなかったのかもしれない。この匂い、柊に嗅がせたくて——それは、そういう意味だったのかもしれない。

 俺は「俺も好き」と返した。

 その返信も、もしかしたら美咲には、そういう意味に聞こえたかもしれない。

 どこかで、お互いに伝わっていたのかもしれない。言葉にしないまま、ずっと。


 次のメッセージが来たのは、五分後だった。

退院したら、会える?

 柊は即座に返した。

いつでも行く。どこでも行く。

笑 じゃあ来週。東京、来れる?

行く。絶対行く。

柊って、こういうとき素直なんだね。

……ずっと素直じゃなかったから、今更。

 しばらく間があって、また通知が来た。

ひとつだけ、正直に教えて。

なに?

卒業式の日、「春はまたくるよ」って言ったじゃん。あのとき、本当は何か言いたかった?

 柊は苦笑いした。

 画面に文字を打った。

「好きだ」って言いたかった。

 少しの間があって、返信が来た。

知ってた。

え。

顔に出てたよ、柊。ずっと。

 柊は天井を見上げた。

 窓の外から、金木犀の匂いがした。

 去年と同じ、秋の匂い。でも去年とは何かが違う。空気が、少し軽かった。

 来週、東京に行く。美咲に会いに行く。

 二年分の「言えなかった」を、今度は言葉にして。

 柊はスマートフォンをベッドに置いて、初めてちゃんと、笑った。



 来週、と決めた翌日から、柊は東京行きの計画を立て始めた。

 新幹線の時刻を調べて、美咲の最寄り駅を聞いて、どこで会うか相談した。美咲は「退院してすぐだから、近所でいい?」と言った。柊は「どこでもいい」と返した。本当に、どこでもよかった。公園のベンチでも、コンビニの前でも。美咲がいれば、それでよかった。

 その週は、妙に時間が早く過ぎた。

 授業中も、食事中も、眠る前も、来週のことばかり考えていた。何を話そうか。何を着ていこうか。改札を出たとき、美咲はどんな顔をしているだろうか。

 渡辺に「急に顔色よくなったな」と言われた。「なんでもない」と答えた。渡辺は「どうせ女がらみだろ」と笑って、からあげをまた一個くれた。

 木曜日の夜、美咲からメッセージが来た。

ねえ、柊。ひとつ聞いていい?

なに?

日曜日、友達も連れてきていい? ひとりで柊と会うの、なんか緊張してきた。

 柊は少し笑った。

俺もちょっと緊張してる。いいよ。

ありがとう。じゃあ三人で。

友達って誰?

……会ったらわかるよ。

 その返信が、少し引っかかった。

 でも柊は「そっか」とだけ返して、気にしないことにした。


 日曜日の朝、柊は六時に目が覚めた。

 新幹線は十時発だった。それでも眠れなくて、シャワーを浴びて、服を三回着替えた。鏡を見るたびに「落ち着け」と思った。全然落ち着けなかった。

 駅に向かう途中、金木犀の木の前を通った。秋の匂いが、鼻を刺した。

 美咲が去年、あのスタンプを送ってきた日も、こんな匂いがしていたんだろうか。

 東京に着いたのは正午前だった。

 待ち合わせは、美咲の最寄り駅の改札前。十二時半。

 柊は改札の前に立って、スマートフォンを握りしめた。人の波が、ひっきりなしに行き来していた。

 十二時二十八分。

 改札の向こうに、美咲が見えた。

 白いニットを着て、少し髪を短くして、退院したばかりとは思えないくらい、普通に歩いていた。柊の姿を見つけて、手を振った。

 柊は思わず、大きく息を吸った。

 美咲の隣に、男がいた。


十一

 爽やかで、背が高くて、自然に笑っている。

 インスタグラムで見た、あの男だった。

「柊、久しぶり!」

 美咲が笑顔で言った。二年ぶりに聞く声は、変わっていなかった。

「久しぶり」

 柊は笑い返した。自分でも驚くくらい、自然に。

「紹介するね。田中先輩。同じサークルで、お世話になってる人。先輩、こちら地元の友達の倉田くん」

「どうも、田中です。美咲ちゃんからよく聞いてますよ」

 田中は気持ちの良い声で言って、手を差し出した。柊は握手した。手のひらが少し、冷たかった。

「よく聞いてるって、なんか言いましたか」と柊は聞いた。

「一番仲良い幼馴染、って」

 柊は「ああ」と答えた。

 幼馴染。

 その言葉が、静かに胸に刺さった。


十二

 三人で近所のカフェに入った。

 美咲と田中は、隣同士に座った。柊はひとり、向かいに座った。

 話は弾んだ。美咲のサークルの話、田中の就活の話、柊の大学の話。田中は話が上手で、場を盛り上げるのが得意だった。美咲はよく笑った。その笑い方が、文化祭の日に初めて見た笑顔と、同じだった。

 柊はコーヒーを飲みながら、ずっと観察していた。

 美咲が何かを言うとき、田中の方を向く。田中が笑うと、美咲も笑う。田中が立ち上がってトイレに行くとき、「すみません、すぐ戻ります」と言って美咲の肩に軽く手を置いた。美咲は特に何も言わなかった。でも、避けなかった。

 ああ。

 柊はカップをソーサーに置いた。

 そういうことか。


十三

 田中が席を外した隙間に、美咲が言った。

「先輩、いい人でしょ」

「うん」と柊は答えた。「すごくいい人だね」

「柊と仲良くなれそうで、よかった」

 柊は美咲を見た。

 美咲は微笑んでいた。屈託がなかった。何かを隠しているようには、見えなかった。

「美咲」と柊は言った。

「なに?」

「田中先輩と、付き合ってる?」

 美咲は少し目を丸くして、それから視線を落とした。

「……うん」

 一秒の間があった。

「先週、告白してもらって」

 柊はゆっくりと、息を吐いた。

「そっか」

「柊のメッセージ読んで、私、ちゃんと気持ちを整理しようと思って。ずっとぐるぐるしてたから。それで……先輩のことを、ちゃんと考えて。前から気にかけてもらってたし、真剣だって伝わったから」

 美咲の声は、穏やかだった。

「ごめんね、柊。変なメッセージ送っちゃって」

 柊は顔を上げた。

「変じゃないよ」

「でも、柊を傷つけた」

「傷つけてない」

 嘘だった。でも、嘘じゃなかった。


十四

 田中が戻ってきて、三人の会話はまた戻った。

 柊は笑った。相槌を打った。コーヒーのおかわりを頼んだ。普通にしていた。

 ただ、ときどき窓の外を見た。

 カフェの前に金木犀の木があって、風が吹くたびに花が揺れていた。匂いはガラス越しでも、かすかにわかった。

 この匂い、柊に嗅がせたくて。

 去年の秋、美咲はそう送ってきた。

 あれは何だったんだろう、と柊は思った。好意だったのか。それとも、友達だからこその親しさだったのか。

 どちらでも、もう同じことだと思った。


十五

 二時間ほどで、お開きになった。

 カフェを出たところで、田中が「先に行ってるね」と言って、コンビニの方に歩いていった。気を遣ってくれたのかもしれなかった。

 美咲と柊は、並んで少しだけ歩いた。

「来てくれてありがとう」と美咲が言った。

「来てよかった」と柊は言った。

「また地元に帰ったとき、会おうよ」

「うん」

 短い沈黙があった。秋風が、ふたりの間を通り過ぎた。

「柊」と美咲が言った。

「なに」

「あのメッセージ、ちゃんと嬉しかった。本当に。だから……ちゃんと伝えたかった」

 柊は美咲を見た。

 美咲の目が、少しだけ赤かった。

「俺も、ちゃんと伝えられてよかった」

 それは本当のことだった。

「幸せになってね」と柊は言った。

「柊も」と美咲は言った。

 それ以上は何も言わなかった。言う必要がなかった。

 美咲が田中の待つコンビニの方へ歩いていく。柊は駅の方へ歩き始めた。

 振り返らなかった。

 振り返ったら、きっと駄目だと思ったから。


十六

 新幹線の中で、柊は窓の外をずっと見ていた。

 流れていく景色。田んぼ。川。住宅街。夕焼けに染まる雲。

 スマートフォンを開いた。美咲とのトーク画面。一番下に、自分が送ったメッセージが見えた。

今でも好きだよ。てか、ずっと好きだった。文化祭の日から。

 その下に、美咲からの金木犀のスタンプ。

 柊はそのスタンプを、しばらく見つめた。

 それから、そっとスマートフォンを伏せた。

 目を閉じた。

 まぶたの裏に、いくつかの場面が浮かんだ。

 文化祭の日の美咲の笑顔。ファミレスで向かいに座った夜。卒業式の日、桜の花びらの中で「三月って残酷だよね」とつぶやいた声。去年の秋、金木犀のスタンプが届いた夜。

 そして今日。白いニットを着た美咲が、改札の向こうから手を振った瞬間。

 好きだったな。

 心の中でそう言った。

 過去形で言えた自分に、少しだけ驚いた。

 新幹線は速度を上げた。窓の外の景色が、どんどん後ろへ流れていく。

 柊は目を開けて、また窓の外を見た。

 夕暮れの空が、橙から紫へと変わっていくところだった。きれいだと思った。それだけだった。


終章

 家に帰ったのは、夜の八時だった。

 部屋に入ると、窓を開けていたせいで、金木犀の匂いが部屋に満ちていた。

 柊はしばらく、そのまま立っていた。

 それから窓を閉めた。

 ベッドに横になって、天井を見た。

 泣くかと思ったけれど、泣けなかった。悲しいというより、なんだか静かだった。嵐の後みたいに、ただ静かだった。

 スマートフォンを手に取った。美咲とのトーク画面は開かなかった。

 代わりに、新しいトーク画面を開いた。渡辺に、短いメッセージを送った。

明日、飯行かない。

 すぐに返信が来た。

おう。からあげの店でいいか。

いい。

どうした、なんかあったか。

 柊は少し考えて、打った。

なんでもない。

 送信してから、少しだけ笑った。

 いつかは、話せるかもしれない。でも今日はまだ、自分の中だけにしまっておきたかった。

 好きだったこと。言えなかったこと。最後に言えたこと。

 それで十分だと、思いたかった。

 窓の外で、風が鳴った。

 金木犀の季節は、もうすぐ終わる。

どうでしたか?

あなたの心に残ったらよかったです(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ