兵士長の疑問
ロゼッタたちが去った後、入り口を眺めながら大きく息を吐く。
もっと若くて、ロベルトのことを表面しか知らなかったら、本当にちびっていたかもしれない。
それくらいロベルトの圧は凄かった。
「はぁ。ロベルト兄さん怖かったなぁ……」
小さい声でぼやいたつもりだったが、地獄耳の爺さん……レイモンドは生温い目でこっちを見てくる。
「ふぉっふぉっ。ヴァンくん、あながち漏らすっていうのも間違いじゃなかったじゃろう?あんな熊のような姿はなかなか見られまい」
「あはは。……そうかもしれませんね。あんなにピリついたロベルト様は久しぶりに見ました」
「まぁ、フランちゃんのこともあるし、しょうがないじゃろうなぁ」
「……えぇ」
僕にとってロベルトは兄貴のような存在で、いつも彼の後ろを歩いていた。
火魔法を自由に操るロベルトはかっこよくて、そうなりたいと心から思っていた。
だが僕自身の魔法の才能は、〈クォーツの民〉の中でも下の下だった。
自分の将来に悩んでいるときにも、「しょうがねぇなぁ」と剣への付与術式を一緒に考えてくれた結果、芽が出たのだ。
今の自分はロベルトがいなければ、絶対にいない。
恩人であり、憧れの兄さんだ。
そんな兄貴が娘のように可愛がっていたフランが裏切ったかもしれない。
胸の奥にズンと重しが乗ったように苦しくなり、掌を握り締め、唇を噛み締めた。
……兄さんはもっと苦しいだろうに。
また深くため息をついた。
そんなことなど露知らず、いつの間にか円卓にはティーセット一式が用意されていて、ずずずと音を立てていい香りのする紅茶を飲んでいた。
非常事態だというのになんて自由なんだ、この人は。
というか、元々ロベルトが参加するなんて予定は無かったはずだ。
会議の時だって、結界の解除はロゼッタたちが来る直前に終わっていて、門はいつでも開けられるはず。
なのに、"準備を終え次第"と三人に伝えていた。
一瞬表情が変わっていたから、きっとロゼッタは解除が終わっていることに気づいているだろう。
ロベルトはわからない。殺気立ってて冷静じゃなかったから。
目の前にいるお惚け爺さんの考えが全くわからず、ふつふつと胸の奥にいら立ちの炎が燃え上がってきたのを感じた。
だが相手はオールドテイルの三大魔法使いのひとりだ。
若造にはわからないなにかがあるはず。
そう思い直し燃え上がってきた炎を鎮火してから、普段通りを装った。
「あの、レイモンド様、質問よろしいでしょうか?」
「なんだい、ヴァンくん」
「単刀直入にお聞きします。ロベルト様を同行させる予定ではなかったはずです。どうして急に作戦の変更をされたんですか?」
「そうだねぇ。ロベルト君に関しては、弟子の不始末は師匠が責任を取らないとねぇ。結界に関してはそうする必要があったからだよぉ」
「……ということはフランは裏切ったのですか?」
「それは遺跡に行けばわかるはずだよ。……まぁロゼッタちゃんがいれば大丈夫だよ」
「そう……ですか」
なんとも煮え切らない答えだった。
ただ、遺跡付近にフランがいることは確定と見て間違いないだろう。
出来ることなら、ロベルトと共に遺跡に行きたかった。
そうすれば少しくらい役に立てるかもしれないのに。
そう考えていたのがわかったのか、レイモンドの澄んだコバルトの瞳に影が落ち、先ほどとは別人のように重く低い声が響いた。
「……なぁ、ヴァンくん。君の仕事はオールドテイルを守護することだ。他にかまけている余裕はないと思うが。どう思うかね?」
鋭い眼光に睨まれ、空気が一気に冷える。
さっきより、何倍も凝縮されたような重苦しい空気。
あまりの変化に、叱られた子供のように萎縮してしまう。
だがそのおかげで頭が冷えてきた。
自分は兵士長という立場で、オールドテイルの守護を任されているのだ。自由に動ける子供じゃない。
今は自分にできることをやらなければいけない。
ロベルトが安心して戻ってこれるように。
「……自分の成すべきことを見失っていました。レイモンド様、申し訳ありません」
「いいんじゃよ。……それでロベルトくんとどっちの方が怖かったかのう?」
「……えっと、ロベルト様ですかね」
「ふぅむ。もっとガツンとやればよかったのぉ……」
レイモンドに苦笑しつつ、気持ちを新たに全体の指揮に戻ることにした。




