第5話:薔薇の冠と毒
宮廷の夜は静かに、しかし危険に満ちていた。灯の揺らめきが壁に赤い影を落とし、人々の囁きが暗闇を這う。リアンは窓辺に立ち、手元の短剣を指先で転がしながら思った。
「……誰も、私を縛れない」
昨日の暗殺未遂を皮切りに、宮廷内では噂が飛び交った。彼女の力、美しさ、そして冷たさ——それらすべてが嫉妬と恐怖を呼び、人々の心を揺さぶる。
その夜、再び舞踏会が開かれた。豪奢なシャンデリアの下で、貴族たちは仮面をつけ、策略と愛欲を交錯させる。リアンはゆっくりと階段を降り、会場に姿を現した。黒のドレスは闇のように滑らかで、漆黒の瞳は全てを見透かすかのよう。
「……美しい、まるで悪魔が舞踏会に招かれたかのようだ」
セリウスの声が耳元で響く。だがリアンは微笑む。そこには、復讐者の冷たい計算が潜んでいる。
舞踏会の最中、ラヴィニアが彼女に近づく。仮面の下で微笑む顔は、敵意と嫉妬を隠せていない。
「あなたの美しさは……誰かを破滅させるでしょうね」
リアンは一歩近づき、低く、しかしはっきりと答える。
「ええ、必要な者には――すぐにでも」
その言葉に、ラヴィニアはわずかに震え、背後の群衆の中で視線を逸らす。リアンの美しさと冷酷さは、もはや誰にも抗えない力となっていた。
だが、舞踏会の終盤、王族の一人が突如、リアンに毒を盛ろうとした。その手は確実に迫る。リアンの瞳が一瞬にして冷たく光る。すべてを見抜いた彼女は、無言で短剣を取り、間一髪で防ぐ。
「……愚かね」
毒を差し向けた者の手が宙に止まり、恐怖に変わる。リアンは静かに微笑む。その笑みは、美しくも恐ろしい。愛も嫉妬も復讐も、すべてが彼女の掌中で踊る。
舞踏会の後、庭で一人、リアンは血のように赤い薔薇を見つめる。
「……私は、この宮廷で咲き続ける。誰も救えなくても、愛すら毒になっても」
その時、彼女の瞳に映ったのは、セリウスの背中。心の奥にかすかな揺らぎを感じつつも、リアンは再び思う。
「……永遠に、私だけが咲く」
不死の少女は、血の薔薇の冠を胸に抱き、誰も救われぬ宮廷の中で、静かに、しかし確実に力を広げていくのだった。