第4話:夜に咲く血の薔薇
月光が宮殿の庭を銀色に染める夜、リアンは静かに歩いていた。舞踏会の華やかさは遠く、ここではただ風と影が遊ぶだけ。だが、その闇の中にも、宮廷の欲望と嫉妬は潜んでいた。
「……ここでも、誰も私を救わない」
不死の呪いを背負う少女の瞳は、冷たく光る。胸の奥で、復讐の炎がひそかに脈打つ。
その時、背後から微かな足音。リアンは振り向くことなく、冷ややかに言った。
「来るのね」
影から現れたのは、先日舞踏会で言葉を交わした青年、セリウスだった。だが今の彼の目は、ただの好意ではなく、疑念と策略に満ちている。
「あなたを試しているだけだ。宮廷の者たちは、皆、裏切る」
セリウスの言葉に、リアンは微笑む。美しい微笑みの裏に潜むのは、計算と冷徹さ。
「……私も、あなたを試している」
そう言うと、二人の間に緊張が走る。互いの心理を読み合う、冷たい駆け引きの時間。だがリアンはすぐに気づく。背後には、別の陰謀が進行していた——ラヴィニアが手下を伴い、暗殺を企てている。
「……面白くなってきたわね」
リアンは小さな短剣を握り、静かに動く。暗殺者たちは闇の中で気配を消して迫るが、彼女の感覚はそれを逃さない。まるで血の薔薇が匂いで敵を導くかのように、リアンは先手を打った。
短剣が一閃し、闇に静寂が戻る。無言の死——誰も彼女に触れることはできない。だが、殺意の余韻は、宮廷全体に冷たい風として広がる。
「……これが、宮廷という舞台の現実」
リアンは胸の奥で呟く。愛も嫉妬も復讐も、すべては生存のための道具に過ぎない。誰も救われず、誰も報われない世界——その中で、美しく咲く薔薇は、ただ一人、永遠を呪う。
翌朝、宮殿では小さな噂が走った。
「昨夜、あの少女が……手下たちを一瞬で排除したらしい」
「嘘でしょう……まだ八歳だと聞いていたのに」
リアンは窓辺に立ち、庭の薔薇を見つめる。血のように赤く、しかし美しい花。彼女自身の運命と、呪われた力の象徴。
「……私の戦いは、これから……始まる」
不死の少女の瞳に映る朝日は、決して温かくはない。だが、それでも彼女は歩き出す——美しさと冷たさを纏い、夜の薔薇として。
その瞳に映るのは、復讐の先にある孤独だけだった。