第3話:紅の誘い
宮廷に来てから数日、リアンの存在はすでに噂になっていた。彼女の美しさは人々の目を奪い、黒髪の影と漆黒の瞳は、誰もが近づけぬ威圧感を放つ。しかし、それを覆すかのように、ある青年貴族が彼女に声をかけた。
「お嬢様、あなたは宮廷の闇さえも華やかに見せる」
青年の名はセリウス。王族に仕える精鋭の一人で、策略と誇りに満ちた若者だった。リアンは微笑む。だがその微笑みには、計算と警戒が混ざる。
「……そう見えますか?」
「ええ、まるで紅い薔薇のように」
セリウスの言葉に、宮廷の噂を肌で感じたリアンは、心の奥で静かに思う。
「……この人も、私の手の中で踊るのかもしれない」
だが、初めての交流には予期せぬ感情が混ざる。孤独と復讐の炎に焼かれた少女にとって、心を動かすものは珍しい。しかし、セリウスの笑顔には毒も潜む。宮廷の誰もが、裏切りと野望を抱えているのだ。
ある夜、舞踏会でのこと。リアンはセリウスと並び、仮面の影の中で言葉を交わす。
「あなたは、本当に私を見ているのですか?」
「ええ。目に映るすべての人は、私にとっての駒です。でも、あなただけは違う——」
その瞬間、リアンの胸に、かすかな熱が走った。これが、かつて味わったことのない「感情」——危うい、しかし鮮烈な感覚。
だが、宮廷には影が潜む。別の貴族、ラヴィニアがリアンに近づき、低い声で囁く。
「あなたの美は、誰かの命を奪うでしょうね……私のものを、奪わないで」
ラヴィニアの視線は嫉妬と欲望、恐怖を混ぜたもので、リアンは瞬時にその心理を見抜く。美しさと呪いが交わることで、すでに宮廷内での力の均衡は変化し始めていた。
「……誰も、私を止められない」
リアンは微笑む。復讐も、愛も、嫉妬も、すべてが彼女の掌の中にある——そう確信しながら。だがその瞳の奥には、ほんの一瞬だけ、孤独と虚しさが影を落とす。
舞踏会が終わり、夜の廊下で一人佇むリアン。冷たい風が頬を撫でる。
「……愛すら、私にとっては毒か」
その言葉は、宮廷の闇に溶けて消えた。だが、誰かがその微笑みを見つめ、陰謀の種を撒いた——リアンの不死の旅は、より危険で、より美しいものへと進み始めたのだった。