第2話:薔薇の微笑み
宮殿の門をくぐると、世界は一変した。外の夜空はまだ漆黒だが、宮廷の中は煌々と灯がともり、人々は仮面をつけた舞踏会のように笑い、囁き合っていた。リアンはその中に立ち、初めて自分の「姿」を意識する。黒髪は光を吸うように深く、漆黒の瞳は誰をも射抜く。小さな肩にかかる黒のベルベットのマントは、まるで夜そのものを纏っているかのようだった。
「……ここで、私は生きるのね」
かつて恐怖に震えた少女は、今や美しい薔薇となった。だが、その微笑みは冷たく、誰も触れられぬ危うさを孕んでいる。
宮廷では、王族や貴族たちの目が次々と彼女に注がれる。ある者は嫉妬に、ある者は欲望に、そしてある者は警戒に──。そのすべてを、リアンは敏感に察知した。彼女の存在は、既に何かを狂わせる力を持っている。
「……あの子、何者?」
「新しいお妃候補かしら?」
噂が走る。リアンは微笑み、声を潜めて答える。
「ただの、旅人です」
その一言だけで、人々の心に波紋を起こす。美しさは嘘をつかない。だが、その瞳の奥に潜む孤独と憎悪は、誰にも見抜けない。
夜が更けると、宮廷の陰謀は動き出す。貴族たちの密談、王族の策謀、そして不意に訪れる暗殺未遂。リアンはそれらをすべて見抜き、冷静に対処する。小さな手に握られた短剣は、必要な時にだけ牙を剥いた。
「……私は、誰にも操られない」
孤独と不死の呪いが、リアンを強くする。だが同時に、それは彼女の心を閉ざし、愛すら毒に変えてしまう。夜の闇の中で、少女は再び思う。
「……誰も、私を救えない……」
宮廷における初めての夜が明け、リアンは自分の役割を悟った。復讐はまだ遠く、だがこの場所での生存こそ、次の一歩。美しさと死の香りを纏い、少女は薔薇のように咲き誇りながら、静かに微笑んだ。
その微笑みは、誰かを惹きつけ、誰かを破滅へ導くだろう——。