第1話:黒薔薇の夜
夜の宮殿は、まるで血の香りで満たされているかのようだった。冷たい石の床に倒れた者たちの呻き、鎖で繋がれた涙、遠くで燃える松明の赤。リアンは、その光景を息を潜めて見つめていた。まだ八歳。幼い手に握られたのは、折れかけの小刀一つだけ。
「……ママ……パパ……」
その声は、闇にかき消される。誰も、答えをくれない。
リアンの家族——侯爵の館に仕える人々も、全て斬られた。政敵の手による虐殺だ。リアン自身も命を狙われ、必死に隠れた。震える体の奥、何かが燃え上がる——憎悪。恐怖よりも先に、強烈な復讐の炎が。
「私は……生き延びる……」
その夜、闇の中で、少女は一つの囁きを聞いた。甘く、冷たく、世界の終わりのような声。
「リアン……お前は私に命を捧げるか?」
少女は答えた。声が震え、言葉が唇をかすめる。
「はい……」
その瞬間、彼女の世界は変わった。痛みも死も、もう届かない。冷たい風が彼女の体を通り抜け、血の匂いとともに、何か異形の力が芽吹いた。
朝になって、宮殿の廃墟に立つのは、八歳の少女ではなかった。漆黒の瞳に、深い悲しみと鋭い美しさを湛えた存在——まるで永遠に咲く薔薇のような少女、リアンがそこに立っていた。
「……誰も、許さない……」
その言葉は、風に乗り、赤く染まった宮殿の瓦礫に反響した。復讐の旅は、今、幕を開けた——。