7.『 蠢く 』
明星浮かぶ空の下――――
視界が白く灰色にくすんだように見える。
見えるのは泣かず目を瞑った赤ん坊の姿だけだ。
そこで、視界にようやく別の物が見えたと思ったが、それは差し伸ばす手のみ。
暫くの間、必死に強く願いながら施していたような気がする。
何を。
何のために。
そんな疑問だけが脳裏をよぎるが、体は勝手に動く。
生きてほしい。
ただ、それだけが願いだった。
だからこそ、今まさに自分の命が途絶えようとも構わないのだと。
すると、願いが叶ったかのように。
叶えに来たかのように、奇妙でしかしながら温かく安心できる、自分を包み込んでくれるような光が、一本の柱となって赤ん坊の身体に入り込むのだった。
視界がくすんだ白色に加えて眩しく目が眩むほどに輝きを放つ。
何が起きた?
それだけが念頭にある疑問。
でも、きっと、その後の景色は光景は嬉しいものだったのだろう。
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目が覚めると、其処は見覚えのある天井だった。
手で、本物かどうか確認の様に手を伸ばす。
ちゃんと、指の先まで感触はあるし動く。
それに、痛みも無いし熱くも無い。
上体を起き上がらせて、自身の身体を触れて異常がないのかを確認していると足音が聞こえる。
「あら、起きたのね」
足音の方向に、顔を向けるとそこには黒園が制服姿で朝食を持ってきてくれていた。
「おはよう黒園」
「もう、体の方は大丈夫なのかしら?」
「あぁ、問題ないよ」
「そう、良かったわ」
黒園は朝食をテーブルに置くと、息を吐いて桐野の近くに行く。
何かと思い見上げると、いきなり頭を叩くのだった。
「てい!」
「いったぁ!?何すんだよ!!??」
「それはこっちの台詞!!昨日のだって、一歩間違えれば死んでたのよ!?」
「いや、それはお互い様だろ!?」
「ぬぐぐ、、、、、」
「ぬぐぐって、、、、、けど、俺もようやく魔術を使えたんだよな。昨日ので実感したよ」
嬉しそうに手を握り返して桐野は言う。
しかし、黒園は険しい表情を浮かべる。
「使えたなんていえたもんじゃないわよ貴方」
「え?でも、、」
「あれは、一種の暴走にしか過ぎないの!確かに魔術神経回路が蓋を開けた事で桐野君にも使えるようになったのは確かだし。本来あるべき魔術師としての魔術も多少は使えるでしょうね、、、、、、けど、それは使った際に制御できなくて及んだオーバーヒート状態なのよ。だから、反動で帰った後は桐野君、気絶したのよ?」
「気絶……………俺が……………………」
「そう。だから無茶な事はしないで頂戴。例え強力な魔術であっても、代償は付きものなんだから。魔術だからと言って、万能なモノとは限らないのだからね」
説明を聞いて、桐野は黙りこんでしまう。
「まぁ、、、使い方を未だに教えれてないのも事実だし。それに、昨日ので、貴方の強化魔術の内容がどういった者なのかも多少なりとも見れたわけだからね」
「どうするんだ?」
「ふふふ……………………決まってるでしょ?」
そう言いながらも、まったくの想像がつかない。
一体何を考えているのか謎だ。
ただただ、黒園の笑みが怖かった。
(って、まさかこれが練習とはな……………………ッ!!)
強く握り、肩側から白い神経が通っていく。
速度が速く、途中根性で止めるような感覚だ。
全てが根性論になってしまっているが、黒園曰く『魔術と言うのは時に、根性が大事なのよ!』などと言い張るのだから。
体力トレーニングもその一環らしい。
それで、俺達は勉学もある中での鍛錬は厳しいという事で、授業中に行える制御訓練という事らしい。
今や、まさに授業中に強化系の魔術で昨日のように全身に神経を通わせて自分が出したい分の魔力量を流す練習をしている。
流し過ぎると、白い煙がオーバーヒート状態で起こるのが証明らしいため、その煙が上がらないように頑張って入るものの、、、、、
「やっべ、、、、」
まさに今、白煙が立ち上がった。
それに気づいた先生が驚愕した状態だ。
「何だ!?なんで煙が上がってんのよぉ!!??」
教室内は、そのたびに大混乱だ。
昼休憩は相も変わらずのテラス席で、黒園と会うのが日課となった。
練習している状況を伝えると、これとばかりに大笑いする黒園に、少し不満をいだく桐野。
「あっはっはっはっは!!!!!」
「おい、ちょっと笑い過ぎなんじゃないのか?」
「ごめんごめん、、、、けど、あまりにも可笑しくって」
目元に浮かぶ涙を指で拭いながらも、面白いのが止まらず今にもまた笑い出しそうな様子だ。
「こっちだって、本気でやってるんだぞ?」
「ごめんってば、ねぇ、許してよ桐野君」
「許すも何も、俺の師匠は前なんだから言われたことをこなすまでだよ」
「あら?ちゃんとした性格なのね?」
「それ、どういう意味?」
「別に深い意味は無いのだけれど」
と、黒園は飲み物のカップを手にストローを口に運ぶ。
「そう言われると気になるんだけどな」
「いやぁね、ホラ貴方のクラスの子との付き合いとか見ててさ、大雑把に合わせてる感じなのよ。全てにおいて、なんだろ?悪い意味ではないのよ、世渡り上手?みたいなのは感じさせるんだけど」
「世渡りって、、、、なんだよ、ハッキリ言ってくれないか」
「ハッキリと言われてもね、、、、ぅ~ん、自分にも相手にも流してるのよ。感情も全て何もかもが。よいしょよいしょで何とか出来てるように見えるだけ、、、、、深い所に入ろうとはしない。常に安全圏を保ってるようなね」
黒園の曖昧なハッキリとしないような回答を聞いて、何となく、どう思われているのかは分かった。
それを聞いて、桐野はポカンとした表情を見せる。
「な、なによ?言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「いや、何と言うか、、、、、黒園って、ちゃんと見てるんだなって思ってさ」
「なぁ!?それ、どういう意味なのよ!!??」
「いやいや、ちゃんといい意味だって!」
「はぁぁ!?それで納得するほど私は安くないわよ!?」
二人の声は、生徒の少ない食堂によく響いた。
自販機の中から飲み物が落ちるも、手を伸ばさずジッと眺める少女。
「あれって、、、、黒園先輩と桐野先輩?」
ボソリと独り言のように呟いた。
「幸~!休憩終わりそうだし、さっさと着替えようよ~!!」
「ん!?あ、うん!わかった!今行く~!」
友達の声に驚き、咄嗟に飲み物を取って走って行くのだった。
「兎にも角にも、、、、厄介なのヤツに最初から目を着けられるなんて付いているのか付いていないのか」
「そういえば、あの子は何だったんだ?俺達よりも幼く見えるんだけど、、、、、」
「あぁ、そういえば貴方に、そのことを言ってなかったわね。えっとね―――――」
黒園は、ナプキンに胸ポケットにあるボールペンを取り出してペン先を走らせる。
そこに、黒園の名前以外に四つの名前を書き始めて、枝分かれした先にも何かを書いている。
その絵の内容を興味深く桐野は覗き込んだところで黒園が話始める。
「私達魔術師の家系で一番力を持っているのが『黒園家』『枯木家』『幸村家』の三つがあるのよ。まぁ、その中でも有力なのは『枯木』でしょうけど。」
「てことは、壮馬も、、、、、」
「えぇ、彼も今回の戦いの中に興じてくるでしょうね。そして、『幸村』はもうすでに後継者が居ないって話出てたから、今回の戦いには興じてないと思うし、、、その代わりに、『スノーフィールド』が参戦しているものね」
「そのスノーフィールドってのも、大きな魔術師なんだよな?」
「勿論よ」
話進めに、絵を書き足していく。
「彼女たちは、主に錬金術を生業とした家系で。スフィアとかいう少女は、その成功例の人工生命体。いわば、あの子の身体自体が魔術そのもの。あれでどのくらいの年月生きてきたのかは知らないけど、私達と一緒にしておくのは止めといたほうが良いわ」
「じゃぁ、注意するべきはその二つなのか」
「そうとも言えないけど、まぁ、、、そうよね。他にも貴方を襲った男だけど。彼は名前こそ不明だけど、誰かのやとわれとかかしらね?」
「なるほどな……………………結局は、何処に居ても油断できない訳か………………」
「えぇ、そう言う事よ」
そこで、黒園は指をテーブルに向ける。
数度表面を指先で突くのだった。
「ここ学校でも同じこと。枯木が居る時点で、何かしらのサインや行動が見られた場合は、即座に叩くから」
「いや、流石に友人だぞ?それはやりすぎじゃぁ……………………」
桐野の言葉に、黒園は眉を顰める。
その表情を見て、汗が頬を伝い唾を飲み込んだ。
「情けは無用よ。例え、貴方が枯木にでも手を加えようってんなら、師弟関係は解消。即座に、貴方諸共私が消してあげるからね」
言っていることが笑えるような冗談に捉えるよりも、声色そのものが本気だったのだ。
彼女は、言ったら有言実行するだろう。
黒園家を立ち直らす為に、この戦いに参加しているのだ。絶対なる、覚悟と言うは彼女にあるのだと。
「わかったよ」
「そ、なら良いのだけどね」
黒園は再度、残った飲み物をストローで飲み干す。
すると、学校のチャイムが鳴りだし昼休憩の終了を合図するのだった。
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夜煙る街の中。
遠吠えが響き渡る。
甲高い狼の咆哮が、複数に分かれる。
「はぁッはぁッ!!」
必死に走る足音に匂いを辿って、四本の足が素早く追いかけるのだった。
徐々に近づく足音に、恐怖を抱き涙を浮かべながら必死に逃げ回るの。
「はぁ、はァッ――――ッ!何なの!!」
ゴミ置き場の端を曲がろうと、袋に躓き転ぶも、すぐに起き上がり痛みより今の状況から逃げたい一心で足を動かす。
選抜にも選ばれた自慢の足。の、ハズだった。
そう簡単に追いつけるはずがないと自分でも思っていた。
腕を振り走っていると、裾が何かに引っかかる。
しかし、ソレは後方に引っ張られる。
その刹那、更に恐怖心が深く高くなっていく。
「い、いやぁ!!!」
力強く腕を前に出すと、制服は破けた。
その反動で、前に走って更に奥の曲がり角を曲がる。
「誰かぁ!!!助けてーーーー!!!!」
叫ぶも誰も来てくれない。
曲がって走ろうと、、、、しかし、目の前の建物の壁が遮っていた。
認めたくなくて、首を横に振る。
「いや、、、、いやだぁ、、、、、、、」
「グルルルゥゥゥゥ………………」
後方の直足元に聞こえる、吐息に混じった唸り声。
震える体を、振り返る。
其処には、三匹の狼が鋭い爪で地面をひっかき、ジリジリと迫って来るのだ。
涙が頬を伝い垂れ落ちる。
「やだぁ、、、、、、、いやぁ!!!!」
小石を拾い上げて投げつけるも、身軽にかわされる。
後ろに壁まで下がって行くと、途中ぶつかってしまう。
これ以上もう逃げられない状況下、肩に誰かが掴む感触。
「え―――――――――?」
一瞬だった。
壁だったのだが、誰か助けに来てくれたのか。そう思った。
壁の方に体を振り向かせられた、その光景を見るまでは。
そこに居たのは、壁の影と一体化した様に体を伸ばし見つめる大男の姿。
瞳が真っ白で、暗闇に浮かぶ二つの瞳が次第に顔まで近づけられる。
「せ、先輩――――――ッ!!」
逃げようと、肩に乗せられた手を払って逃げ出そうとした。
その刹那、踏み出す足のつく地面が無くなったかのように、沈み始める。
そのまま、大男と狼たちと共に地面の下まで潜り込まされて助けるための口すらも封じられてしまった。
もがく手足も虚しく、空虚な地上でただ腕を振りながら、徐々に指先まで沈みきるまで抵抗すらできなかったのだ。
最後に響いたのは、ただただ、その影が波紋を広げて水が泥が落ちたような鈍い音だけ。