5.『 白き小さな魔術師と黒い従者 』
翌日の学校のチャイムが鳴る。
十亀は、昨日の昼の一件以来、教室にまで大滝が迎えに来るという始末で連れていかれるのを、ただ見送るだけだった。
「あ、そういえば沙耶がアンタの事御所望だったわよ?まぁ、テラスにでも行けばいるんじゃないかしら」
「そうなのか、わかった。教えてくれてありがとな、大滝」
「なんのその~。困ったときは助けてもらうから~んじゃ。ホラ、行くわよ!」
「助けれくれぃ~!」
襟を強く引っ張られて十亀が消えて行ってしまった。
渡り廊下から見えるグラウンドでは、幸も走っている頃だ。
歩きながら外の光景を目に、食堂まで向かっていると手前から声を掛けられる。
「お、桐野じゃん」
「ん?お前は……………………壮馬と」
其処に立っていたのは、高校に入ってすぐ同じクラスで仲良くしていた『枯木 壮馬』だった。その横には、見知らぬ女性の姿もあり。壮馬の視界に入らないように、絶妙な立ち位置で斜め後ろに居た。
「あぁ、コイツ?コイツは、俺の家で雇ったメイドなんだけど。歳も一つ上だし、一緒の学校で生活してみては?って提案したんだよ」
「そうか、、、、それより、お前最近見てなかったけどどうしたんだよ?」
「あぁ~……………………ちょっと、家の事情と体調の問題で休んでただけだよ」
「そうだったのか!?」
知らない情報で、思わず声を大きくする。
しかし、壮馬は問題ないと手であしらうだけだ。
「別に気にすることでもないさ。こうして歩けてるんだしね、それに、コイツが居る分には安心だよ。それじゃぁな、桐野」
「おぅ、じゃあな」
すれ違うと、壮馬の後ろに居る女性は浅く桐野にお辞儀をする。
それに合わせて、桐野もお辞儀をするが、なんとも言えないミステリアスさを感じさせる。
灰色の髪に、後頭部で二つに三つ編みを円形状にまとめた結びに、垂れる靡いた髪先。
それより、先に黒園が呼んでいる事が大事だ。
足早に桐野は食堂に向かって行き、定食を頼むとテラス迄歩く。
ガラス越しに、誰も居ないテラスには一人だけ一際妖艶さを感じさせる髪に姿の黒園が座っていた。
何もしていないはずだが、ソレが学校一のマドンナと言わせる要因なのだろう。
ただ、黒タイツの足を組んで、肘をテーブルについて顎に手を置いている。
片手で、細い指をタップしながら冷たい飲み物のカップの表面をなぞったりなど、些細な行動すらもが綺麗で品があると思わせるのだ。
すると、こちらに気づくや否や、目を細めて猫のように睨みつける。
ジッと桐野を見つめるのだった。
思わず、桐野は「俺?」と言うように指で自身の顔を指さすと、黒園は頷く。
その足取りで、テラスの向かいの席に腰を下ろす。
「なに突っ立ってたのよ?時間ないんだから待たせないでよ」
「悪い悪い。ただ、テラスに居る黒園って絵になるなって思ってみてたんだよ」
「馬鹿じゃないの?まったく―――――」
と言いながら、まんざらでもないように黒園は頬を薄っすら染めてストローに口を着けて飲み始める。
「それは良いとして、昨晩の話なのだけれど」
「昨晩?ってあぁ、あの魔力を感じたってやつか?」
「そう。それがね、丘にある霊園だったらしくて、ニュースにもなってるのよ。まぁ、溜まったガスの火元による引火なんじゃないかって話で収まってはいるけどね」
「なんだ、それなら良かったじゃないか」
その言葉に、黒園は強く器を握りしめて中身が零れ出る。
桐野は慌ててナプキンで零れたテーブルの上を吹くが、黒園は続けて桐野に言う。
「良かったって?そんなの良かぁないわよ!!」
「いやだって、、、、」
「だっても何も、魔術師の仕業であるにも関わらずよくもぬけぬけと良かっただなんて他人事の様に抜かせるわね!もう戦いは、二日前の晩から始まってるの!私達は魔術師の大将である限り、私達も生き抜かなきゃならないわけ!!いずれ、最後まで残れば戦いは回避できないわよ!」
黒園の言葉に、桐野は圧倒される。
「それに、すでに二回も先手を打たれてる……………………」
「いや、二日前のが一回目だとしても昨日のは他の魔術師同士なんだろ?」
「それが、どうであれ最大な威嚇にはなったでしょうね。わざとらしく魔力をあれだけ感知させておいて、暴れてるんだもの。相当な自信家よ」
「……………………だとしても、俺達はどうするんだ?何も手掛かりがないのに、どう戦えばいいだよ」
「それもそうなのよねぇ……………」
考え込む黒園。
結局は考えはまとまらず、良い案もでずに放課後へと移ってしまった。
帰りは、道中に黒園と待ち合わせをして共にする中で、いつもの帰り道とは違う道を歩いて行く。
「何処に行くんだよ」
「そりゃぁ勿論」
さも当たり前の様にウインクして微笑みを見せる。
そのまま向かったのは、電車下の柱が立つ空間だった。
誰の目にもとまらぬ、落書きだらけの壁に、斬り裂かれ抉られた柱に地面はそのままだった。
「ここって―――」
「そう。貴方が初めて襲われた場所で、私が助けた場所」
「なんだって、此処に……………………」
「まぁまぁ、見てなさい」
そう言って、ポケットから取り出した魔法石を傷跡の部位へと近づけた。
すると、淡く光り出すのだ。
「それって?」
「これはね、この空気に漂う微量な魔力に反応してるのよ。私達よりも多く魔術を使ったのって紛れもなく相手だろうからね。コレが残って居るなら、私の中での魔力感知の既視感を辿れるはず」
「す、すごいな、、、、そんな事も出来るのか!?」
「――――ッ!?ま、まぁね、大したことでは、、、、、あるかしらぁ?」
桐野の言葉に照れながら腕を組む黒園。
丁度電車が通り、振動が伝わってくる中。通過し終えた静寂の時だ―――――
「その好奇心は、私も同じよ!だって、夜遊びは、魔術師の特権だものね!!」
その声に、桐野と黒園はフェンスの方へと向ける。
身構える二人に対して、スレンダーな男がフェンスに足を掛けて座っている腿の上で、少女が足をユラユラして座って微笑んでいるのだ。
陰った暗い空間の中、一際目立つ湖の瞳。洋風の貴族のシャツに、白いミニスカートと紺色のブレザーを纏う、長い薄緑色の髪。
「アンタ、、、、、って、この魔力は!?」
「流石お姉ちゃん。気づいたの?」
「黒園、もしかして、この子も、、、、」
「もしかしなくても、紛れもない魔術師よ!」
すると、男に背負われて地面に着地する。
ゆっくりと足を降ろして、スカートを払って髪を手で靡かせた後に、両端のスカートの裾を持ち上げて足を整え交差させる。
「初めまして、お兄ちゃんとお姉ちゃん。私『スフィア=モーリアス=スノーフィールド』と言います。そして、こちらは私の下部の『ルーマ』。なんて、お姉ちゃんは知っているのよね?黒園沙耶」
「アンタ……………………スノーフィールド家の御令嬢ってわけ」
「……………………でも、あのお兄ちゃん見た事ないわね。分かる?」
横に立つスレンダーな男に聞くも、男は無言で首を振る。
「そう。まぁ良いわ。二人は此処で御仕舞だからね」
そう言って、スフィアは指先を頬のラインを辿って顎へと持ってくると不敵に笑みを浮かべる。
その言葉が、何の合図なのか黒園はすぐに察する。
「マズイ、、、、、、、来るわよ!!!」
「ぇ――――――――ッ!!??」
意味含めて、何が起きてるのか理解できていない桐野。
しかし、現実は無慈悲に襲い掛かった。
一気に、突っ込んでくるルーマは、大きな慎重で黒園を覆う様に大きく腕を振りかぶる。
「しまッ―――――」
振り切ったが、手の感触は無かった。
ルーマが、その場を確認するが黒園の姿は無かったのだった。
「えぇ!?ちょ、桐野君!?どうして――――って、何よその足!!??」
桐野が黒園を抱えて、壁まで避けていたのだった。
地面に膝をついた桐野の足は、何故か制服のズボンからも透過するほどの白い光が神経を辿って発光していた。
「いや、どうにか助けなきゃと思ったら、、、、動けた」
「動けたって、詠唱は?」
「してないぞ。ただ、助ける一心だったからな」
「なによ、、、、ソレぇ」
驚き、一周まわって引いた顔を見せる黒園。
「ルーマ。まぐれで同様しなの。はやく殺して」
「……………………」
無言でうなずくと、ルーマはまた二人に目掛けて走って来る。
桐野を突き放す黒園。
すぐさま右手を伸ばして、炎の粒子が漂い指先へと集中する。
「『真なる理よ、常世に恵智を齎せ、祝福よ』!」
突進するルーマの速度は変わらない。
桐野は、他に何かできないか考える。しかし、良い案が浮かばないのだ。そこで、咄嗟に出た行動は――――
「『収束する噴火』―――――――ッッ!!!!!」
腕を大きく振りかぶったルーマに対して、真横から桐野が足を思い切り踵から振り下ろす。
それに気づいたルーマは動きを止めて斬り裂こうと、桐野へ視線を逸らした刹那に黒園の魔法が被弾した。
爆風に巻き込まれる桐野は転がってフェンスへとぶつかる。
「命中よ!!」
起き上がる黒園。
しかし、煙の中からルーマが腕で掻きはらい姿を見せるのだった。
「ぅそ、、、、、、」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんの魔術でルーマが倒される訳ないじゃないの」
「こうなったら――――ッ!!」
再度手を伸ばすが、ルーマの方が一手早かった。
黒園の横腹を、横から殴り飛ばす。
「ぁが―――――ッ!!!」
昇り上げる血を吹き散らしながら、黒園は壁に擦られながら身を飛ばされた。
「黒園ーーーーーーーッ!!!!!」
桐野の声に反応しようとするも、全身に力が入らない黒園。
「や、、、、ばぃ、、、、わね、、、、、、、、ッ!!」
(想像以上に痛いじゃない……………………息も、、、、できないし、、、さぁ、、、、、)
倒れる黒園の元に、ルーマが歩き近づく。
それを見た桐野は激怒する。
「止めろ!!それ以上近づくなぁ!!!!!」
しかし、声は届いていない。
届いていたとしても、主人以外の言葉を聞くことなんて無いだろう。
その光景を、スフィアは滑稽に面白そうに笑みを浮かべたままだ。ソレを見て、桐野は今までに感じたことの無い怒りが込み上げる。
「止めてくれ――――ッ」
「聞かないで、そのまま殺しちゃいなさいルーマ!」
腕を真上に挙げたルーマ。
拳を握って、力を込める間にも黒園は自力で這って逃げようとするが間に合わないだろう。
今にも、狙われていない自分は、まさに無力であると認識されているからこそだ。
だから、目の前の光景を目にしても助けることができない。助けたところで、死に耐えるのみ。
それでも。
それでも、桐野の中の正義が、希望が神経を伝って魔術神経回路が完全に機能した音がする。
パチッ!
パチ――――パチッ!パチパチッ!
火花が散るような音。
何処からともなく、光っていた線から煙が上がっている。
それでも、桐野にとっては痛みは感じず、なんなら、体が今までよりも軽く感じる。
「さぁ、早く殺して!!!!!」
「ぅらぁ―――――――――――ッ!!!!!!!」
小さく叫んだ桐野の声に、ルーマは振り下ろした。
最初に零れたのは、言葉でもなく驚きでもなかった。
地面に落ちたのは、ルーマの右腕だった。
それも、肘からちぎり取られたかのように地面に転がり一歩下がりルーマは自身の肘をジッと見つめる。
スフィアも何が起きたのかさっぱりだ。
信じがたい光景だ。
魔力も弱かった青年が、今や、あの短時間で上昇したかと思えば、ルーマの腕をちぎり取って行ったのだから。
「何が、、、、起きたの?」
黒園を抱えて、壁際に立った男。
それは、まさしく桐野だ。
口から白い息を漏らして、両腕両足共に、神経に沿った魔術神経回路の発光。
スフィアは、右手を横に伸ばすとルーマが戻り前に立つ。
そこで、対面した状況下で桐野は宣言する。
「次は、、、俺が戦うぞ魔術師」