3.『 魔術師とは 』
「ちょっと待ってくれ!俺が何をしたって言うんだ!?」
慌てる桐野に、黒園は冷静に告げる。
そして、きめ細かい白い肌の長い指で桐野に向ける。
「貴方さ。この戦いの中で、急に割り込んできた魔術師なのよ」
「はぁ?俺が?」
「そ」
しかし、魔術師と言われても創作の中の話でしか聞いたことが無いのだ。
それを鵜呑みにしろと言われても信じられない。ましてや、自分が魔術師だなんて。
「信じられないなんて顔をしてるわね?」
「当たり前だ!なんだよ、その小説みたいな話!」
「まぁ、メルヘンって思うのは分かるわよ?けど、実際の魔術師って地味ぃ~なのよね~」
「そんな事聞いてない!」
「なら、ソレ。どう説明つくのかしら?」
そう言って、黒園が指さす。
その先は、桐野の頬だ。
咄嗟に俺は、頬に手を置くと、凹んでいる感触があった。
そこで、男に斬られた光景を思い浮かべる。
「あ……………れ……………………?」
「何?まさか、自分で気づいていなかったの?」
「あぁ、、、、、でも。確かに、こんなすぐに傷がふさがるなんて、、、、深くいったはずだし、、、、、」
「ほんっと、無自覚なのね」
不機嫌そうな表情意外見たことが無いってくらい、愛想の無い顔をする黒園。
そんな彼女に、どうしても自分が魔術師だなんて信じられない桐野。
「いや、もし俺が魔術師だったなら、今頃―――」
「安直にモノを言わない事。メルヘンな世界とは大違いなんだから」
「いや、まだ何も言ってないだろ……………………」
「あら?でも、桐野君が言おうとしたのって、学校に遅刻しないようにとか、テストで赤点取らないようになんて楽観的願望的内容でしょ?」
まさにその通りだった。
言おうとしたことが的中させられて、言葉に詰まる桐野。
しかし、実際に魔法や魔術師なんて言葉を聞いたら、それを連想させるのはごく自然なことだと思う。自分意外だったとしても似たような事を想像するだろう。
「ま、まぁ、、、、、そうだけど、、、、」
「ったく。あのね、魔術師ってのはね地味だと言ったでしょ?それに、楽をして叶えようなんてモノには代償が付くものよ。第一、それだけの成果を成せるんだったら、今頃ビッグニュースだっちゅうの!」
と、感情のあまり黒園はテーブルを叩く。
「おい!物に当たるのは良くないぞ!」
「だまらっしゃい!元はと言えば、、、、、、、って、そうか。貴方が魔力を感じさせたのって、そう言えば逃げて公園に着いた頃。てことは、、、、」
黒園は青白い宝石片を見つめる。
「どうしたんだ?」
「いえ、ただ貴方が間違って持っていたコレなんだけどね」
青白い宝石片をテーブルの上に置いて桐野に見せる。
「手、出してもらえる?」
「あぁ、良いけど。どうしたんだよ?」
返答は無い。
ただ、出した手をジッと触って見て、黒園は何かを考えているのだった。
その様子に、自分の身体には一体何があるのか不思議でならない。
「なぁ、教えてくれても良いんじゃないか?」
「ぅん……………………桐野君。貴方の体の中に、やっぱり魔術師としての神経が通ってるわ」
「それって、つまり俺が――――」
「えぇ、純粋たる魔術師の血筋であるのは確か。貴方の両親は?」
「俺が幼い頃に亡くなったよ」
「そう……………まぁ、貴方を人間として育てようとしたのでしょうけど。私の使っている魔法石によって貴方の神経回路に隠れてた魔術師としてのタスクが蓋を無理やり開けられたって感じね。だから、突如にして魔力を感じるようになったわけか……………………」
独り言の様に話が次々と進んでいく。
「なぁ、それってこれからの生活には支障はないんだろ?ならさ」
「馬鹿言わないで」
「え?だって」
黒園は呆れた声をだして桐野を見る。
「さっきの巻き込まれて気づかないの?それに、私は危ないって言ったわ」
「けど、逃げれば良いだけだろ」
「魔力を漏らしてる貴方が、まだ魔術初心者の貴方が、どう逃げ切れるのかしら?勝算すらも無い状態で」
「それは―――――」
すると、黒園は立ち上がる。
「行っとくけど。貴方には拒否権なく魔術師の戦いに巻き込まれてるの。その自覚を持ちなさい!」
「持ちなさいって言われたって、巻き込まれたにせよ全貌が分かってないんだぞ!?それをどう理解しろって言うんだよ!」
「……………………良いわ。貴方には知る権利ができたことですし、このアパートの敷地には結界も張っておいたから下手に魔力が漏れることも無いでしょうしね」
カーテンまで歩き、隙間から外を覗く黒園。
しばらく安全を確認してから、再度ソファに腰を下ろす。
そんな中、桐野は床に腰を下ろして黒園の口から話が出るまで待つしかなかったのだ。
「まずは、何故戦っているのかっていう話だけど――――」
すると、インターホンが鳴るのだった。
その音に、黒園と桐野は咄嗟に立ち上がる。
「嘘、、、、、、バレた!?」
「いや、知り合いかもしれないし……………………」
「何?こんな夜更けに訪問する不謹慎な友達でもいるってわけ?」
「いや……………………」
「警戒するに越したことはないわ」
黒園は、右手を構えて炎の粒子が手元へと走らせる。
「ちょ!ここで暴れるなよ!」
「場合によるわよ!」
黒園が扉まで行くと、スコープから覗き込む。
右手を降ろして、ドアノブに手を掛けるのだ。
その行動に驚いて桐野は止めようとする。
「いや、待ってくれ!誰だったんだよ!」
そう言って駆け寄ると、開いた扉からは紅色の布スーツを羽織った白髪の男性だった。
「アンタは……………………」
「汝、夜更けに訪れたことをお許しを。それに、沙耶。君が此処に居るという事は」
「いいえ、まだ説明してないわ。これから説明するところよ」
「左様。では、私が説明進ぜ様」
さも、当たり前のように部屋の中に入り込む。
異質だ。
紅色のスーツの男と、学校一のマドンナが、桐野の部屋に居るのだから。
「では、汝へ私の名を手向けよう。私は魔術師『エドナド=フォーレンス』だ。沙耶からはドナと呼ばれているよ」
「俺は『桐野 翔也』だ。それで、アンタさっきも会ったよな?」
「左様」
「何?アンタら会った時あるの?」
「いや、あの変な男に襲われる前に、ここの前で会ったんだよ」
黒園は、エドナドを睨む様に見る。
しかし、エドナドは微笑みを浮かび返す。
「まぁ、本来ならば私の屋敷が安全だから、そこで説明するべきなのだろうが。念に見に来たついでだ、話して帰ろうではないかな」
「それで、早く説明してやってよ」
「急かさないでくれよ沙耶。―――――――では、桐野少年。汝に最初に聞くべき事は一つだ」
「ん――――」
杖を床にコツンと叩き、座った前に両手で先端を覆う様に構えるエドナド。
「願いが叶うとするのなら、何を願う?」
「願い?何かの心理問題か?」
「いいや違う。コレは、紛れもなく大切な事であり、戯言でも夢物語でもない現実だ」
見えなかった紅色のハット棒の鍔から覗く陰った瞳。
その瞳は灰色だったのか、更に暗く不気味だ。
その表情は、常に微笑んでおり読み取れない。何を考えているのだろうと、心の中で桐野は構える。
「我々魔術師の中でも禁忌は存在するのだが、その禁忌には願望を叶える為の魔術がある。ソレは多大に存在する上、見つかってないモノもあるのだよ」
「禁忌って、使っちゃダメなモノなんじゃないのかよ」
「実際、禁忌で行った結果は相応の効果を発揮させるわ。だから、桐野君が思っている事は確か。だけどね、その願望を叶える為の魔術が初めて完成されたのよ。確実に叶えられる魔術をね、、、、、、」
「じゃぁ、黒園は危険だと分かっても欲しいって事か……………………」
桐野の言葉に、黒園は頷く。
「他にもその願望を叶える魔術を手にしようと他の魔術師が来ているのも事実だ」
「だから、俺は襲われたって?」
「左様。彼らは最後に確実に自身の手元に来るよう、邪魔な存在を排除しようとしている。魔術師であるという事だけで君は狙われたのだ」
「でも、俺は今日発現したばっかりなんだろ?」
「左様。だが、成り行きはともあれ今の君は、紛れもない魔術師だろう?理由としては十分ではないかね?」
「そんな、、、勝手な、、、、、、ッ!」
エドナドは立ち上がる。
「まぁ、この戦いを避ける方法は一つある」
「本当か!?それは、どうすれば良いんだよ!」
玄関まであるくエドナドは立ち止まって、振り返り桐野を見る。
「それは白旗を上げる事だろう」
「白旗……………………?」
「左様。さすれば、君を苦痛も与えずに殺しに来てくれるだろうからな。では、お邪魔したよ」
言い残してエドナドは出て行ってしまった。
その言葉に、桐野は言葉を失う。
「まぁ、魔術師であるという事は、敗北=死ぬって事。全てを失う覚悟が無いと、この戦いには生き残れないわ」
「なんだって、、、、俺は、巻き込まれただけじゃないか!」
床を強く叩く桐野。
「桐野君が言ったんでしょ?物に当たっちゃダメだって」
「そうだな、、、、、、けど、、、、、」
その時、黒園が桐野の目の前に来てしゃがみ込んだ。
顔を上げると、指先が鼻先に触れた。
「何、、、してんだよ、、、黒園、、、、」
「桐野君。貴方に願いたい事はあるの?」
「いや、特にない」
「そう……………………ならさ、貴方私の弟子になりなさい?」
唐突に言いつけられる言葉に、桐野はどういう意味か分からなかった。
「弟子?」
「そう。魔術師ってのは弟子を取るのが習わしなのよ。それで、私は若手魔術師で弟子も居ない状況なのね~………………そこで、貴方が生き残るためには誰かと共にしていく必要がある。と、なれば?」
「いいのか?俺で、、、、、」
「まぁ、本来ならもっと腕の良い弟子をご所望なのだけど、この際だから良いわ。私が責任もって面倒を見て上げる!ただし、桐野君」
「なんだ?」
「私を助けてね?」
薄っすら微笑む黒園。
しかし、桐野は生きる為なら今提案してくれたことが最善だろう。
桐野は自信もって答えた。
「勿論だ!俺は、黒園の為なら、何だってやるつもりだよ。まぁ、できる事だけだけどな」
その返答に、キョトン顔を見せたが瞬時に黒園は笑みを浮かべる。
「よしきた!なら、明日は学校で会いましょうかしら。夜も遅いし帰るわね」
「あぁ、気を付けて、、、、って、送るよ」
「良いわよ。貴方よりできる女だからね」
「なんだ?男らしいって言いたいのか?」
すると、黒園は不機嫌な表情で頬をムッと膨らます。
「馬鹿言わないで頂戴!ふん!!」
そう言って、黒園は立ち上がってそのままアパートを出るのだった。