2.『 救いの手を伸ばすのは赤い魔術師 』
土の上で落ちて行く宝石の破片。
次々と投げ出される。
「ないぃ!?」
同時に焦った声が響き渡る丘の手前。
公園のベンチで慌てふためいていた。
「ないないないない!!!!何でないのよーーーーー!!!!!?????」
黒園は、焦りながら頭を両手で掻きむしる。
「嘘、、、、どこかで落とした!?にしても、、、、、反応があるはずなんだけど、、、、、、」
左手に着けた時計を覗き込む。
その秒針には、小さな白い原石が青白く光っていた。
それはすなわち反応していたという事になる。
見た瞬間に、黒園は口を開けたまま震えていた。
「は、反応、、、、していた、、、、、ッ!!って、じゃぁ、アイツの手にでも渡っていたら大変じゃない!!!どこで!?何で落とした私ぃ!!!???」
宝石片を集めて、袋に詰め込むとポケットにしまい込む。
そのまま立ち上がって、必死に頭の中の記憶をひねり出す。
「思い出すのよ私!絶対にどこかでぇ―――—————」
その時に思い出した光景。
此処に来る途中で焦っていたとすれば今まさに逃げていた事だろう。
その中での出来事ともなれば、、、、、、
「―――――――え、嘘、、、、、もしかして、、、、、、、」
そう、そこで、ある少年とぶつかったことを思い出した。
同じ学校の人だ。
それも、何かとすれ違った際に挨拶してくれた人。
誰にでも親切で偽善の言葉に似つかわしい人だなんて思っていた。
そんな彼との接触しかない。
そうだ、そうに違いない。
「きっと、、、、でも、もし拾っていたとしたら?」
そこで、最悪な状況を浮かぶ。
「いやダメよ!そんな状況にさせてしまえば、、、、なったとしても私の黒園の恥でもあり失態。すべては私の不注意だわ!」
黒園は走った。
そして―――――空は切られる。
「どこに、、、逃げればッ!」
逃げ場を探す中で、背後から奇妙な技を繰り出す男の気配が迫る。
振り返る間にも、体を斬られてしまう可能性がある分、余裕なんて無い。今は、必死にも逃げるのみ。
しかし、どこに行けば安全なのか?
隠れたとしても、物質をいとも容易く両断してしまうなんて、無意味だ。
走る手前、次々と街灯が切断されて視界の明るさが失われていく。
まるで誘い込まれているかのように。
「誰か、人の居る所に……………………」
(って、その後どうする?もし、俺のせいで他の人も斬られてしまえば?)
焦る気持ちに合わせて、他の人への問題も脳内で考え始める。
それでも結果など出るはずがないのだ。
何故って、こんな状況に陥ったことなんて生まれて此の方合ったことなど無いのだから。
足を躓かせて前に倒れそうになる。
その刹那、体が前傾姿勢になった頭上を、また空を切って壁面を削り取る。
上で電車が通る地下広場。
大きな四角柱が立ち並ぶ落書きの壁面で、転がる鉄パイプを手に取る。
多少なりとも、みすぼらしい見た目で先がへしゃげて居たとしても、今は唯一の信頼できる武器だ。
前に構えて振り返るが、やはり暗がりの中では多少の光があっても見えない。
見える白い肌と口元は人とかけ離れているようで不気味。
じわじわと向かってくる、揺らぐ体に髪。
細く長い爪の指を向けるのが合図なのだろうか。そのまま静止した途端、一気に鞭を振るう様に指を動かす。
すると、指の動作につられて鞭の様に湾曲して壁面を削ったのちに柱の一本を削って、その手前の柱を両断した。
煙が舞い破片が飛んできて視界が見えなくなった。
「しま―――――ッ!?」
油断だ。
目の前に煙をどかして男が迫り込んできたのだ。
咄嗟に、鉄パイプで横に構える。しかし、目の前の鉄パイプは鉄とは思えない程柔く曲がる。
腹部が蹴られるような衝撃に押されて、後方に吹き飛ぶ。
「ぐぁ――――ッ!!」
手元から離れた武器は、一瞬で鉄屑の域。
力が抜け、起き上がる手足の力が入らない。
腹の底から込み上げる胃酸が喉を通って、地面に吐き出される。
涙目な喉が熱く、必死に逃げる為の生きるための手段が無いかを探す。けど、浮かび上がらないのだ。
ただ、頭を上に挙げたタイミングが絶望だ。
頬を裂かれて、横に蹴とばされる。
体が転がり、痛みに手で押さえて近づく相手を見つめるしかできないのだ。
(本気で……………………死ぬッ!)
死を悟る気配に乗じて、目の前の事象を信じられないもう一つが現れる。
「『真なる理よ、常世に恵智を齎せ、祝福』よ!」
「何者か」
相手は振り返る。
その煙の奥から聞こえる女性の声。
「『収束する噴火』―――――ッッ!!!!」
声の終わりと共に、煙を弾いて穴ができる。
穴を造ったのは紛れもなく濃く温度を上げる炎の弾だった。
ソレは、見事に男へと命中させた。
男は、すぐさま離れて羽織っていた黒く穴だらけのマントで振るう。
「何?避けてるだけなのかしら?けど、避けてるだけじゃ、私の魔法は止められないわよ!」
晴れそうな煙の中から飛び出して来たのは、まさかの黒園沙耶だった。
この光景に驚いていたが、更に黒園がこんな場所に来ていること自体驚いた。
「切るだけじゃ、私の魔法は止められないんだから!インストラーロ……………………ッ!!!」
「『注意深い者』……………………ノトス」
「『エクスハティオ』ッッ!!!!!」
黒園が伸ばした右腕の手首から注がれる炎の残影。
指先へ収束していくと塊となって、男へと放たれた。
周囲から集まって行く風は、男の前で空を切る音がした。
それと同時に、目の前で爆風が起きる。
「な、何が起きてるんだ!?」
「何ボーっとしてるのよ!さっさと起き上がって走る!!!」
「え?あ、あぁ!!」
黒園に急かされて俺は立ち上がり後を追うように走って行く。
後を追って必死に走った先は、コンビニで買った袋が破れ落ちている所だった。
後ろを見ても、誰も追っては来ていない。
「はぁ―――はぁ――――――」
「ここまで来れば、、、問題、、、、無いわねぇ、、、、はぁ、、はぁ、、、、、ッ」
お互い、息が切れるまで走ったのだ。
肺へ空気を送り込まなければ倒れてしまうほどに、息苦しかった。
膝に手を置いて息を整えていると、袋から零れた青白い宝石片を目に留める。
そこで、手を伸ばし取ろうとした時、黒園が先に掴んだ。
黒園に目を送ると、あまり良い顔をしていなかった。
「黒園……………………なんで、お前g――――」
「なんでアンタがコレを持ってるわけ!!??」
大きな声で目の前に青白い宝石片を見せつける。
その威圧に思わず、目が点だ。
「い、いや、、袋に入ってたぞ!?というか、お前がぶつかったときに入っちゃったんじゃないのか?」
「……………………ぐぬぬぅ――――――ま、まぁ良いわ!ふん!!」
顔をそっぽ向かせて頬を膨らませる。
意外だ。
学校では、冷静沈着の美少女と謳われていた黒園が、まさかこうも、言葉使いと言い何というか。
「今、私の事で何か言ったでしょ?」
「いぃや、言ってないぞ!本当だ!!」
「ふぅ~ん、、、、ま、此処じゃ何だし、貴方の家にでも上がらせてもらおうかしら?」
「ちょっと待て!何でだ!?それに、今夜遅いんだし、流石に、、、、、」
「あっそ。なら、私が出迎えてやるわ」
そう言って黒園が歩き始める。
しかも、アパートの方向に行くのだ。
「だから待てって!!」
止めるも、黒園が歩くのをやめない。
声を掛けながら歩き続けて、遂にアパートまで到着してしまった。
思わず目元に手を置き、深い溜息をついた。
「三階?それとも、二階?それとも一階?」
「三階だ」
「あっそ、贅沢なのね貴方」
「まぁ、元々所有してた土地らしいからな」
「ふぅん」
黒園を先頭に階段を上って自身の部屋へと向かい中に躊躇なく入り込む。
平然とした顔立ちで、屋内を目でジッと見渡しながら黒園は入って行くと、ソファに腰を掛ける。
まるで自分の部屋のようにだ。
そして、俺は床に正座するようにして収まるのだが。
黒園は、片目を開けてこちらを見ると、
「御客人に紅茶なんてのは無いのかしらね?」
「お茶だな、わかったよ………」
こうまでして傲慢な態度を取られると、怒りの沸点を通り越して落ち着けるモノだ。
コレがいわゆる、呆れたという感情なのだろう。
言われるまま茶を淹れたカップをテーブルに置くと、黒園は「何?コレ?」と言った表情を浮かべる。
「言っておくが、お前みたいな高級なのは置いてないんだぞ?」
「そう……………」
淹れた茶を口にすると、すぐにカップを基に置きこちらを見る。
「所で『桐野 翔也』君。貴方、何で今まで隠してきたのかしら?」
「隠してって何をだ?」
急に言われて、全く分からない。
そんな顔をしていると黒園は、目を細める。
「いや、本当だ!全く知らないんだって!それに、アイツ何なんだよ!!って、それよりアイツもお前も何した!?俺は……………………」
「うっさい!黙って!!」
「ぅぐ、、、、、り、理不尽だ」
すると、黒園は溜息をついて手を頬に置いてお茶を飲み始めた。
「無自覚って訳……………………まぁ、今まで同じ学校に居たってのに何にも感じなかったんだからそうなのかしらね。それに、隠してたって可能性も、、、、、いや、無いわね。今まさに、突拍子も無く魔力を感じさせてるんだもの」
「なぁ、さっきから何を言ってるんだ?俺はただ―――――」
「桐野君さ」
改まって名前を呼ばれる。
それに、言葉を止めると再度聞く。
「なんだよ」
直には返答が返ってこなかった。
返ってきたのは、黒園が桐野をジッと見つめて間もないころだ。
「貴方、危ないわよ」
そう言いつけられて、俺は何をどう反応すれば良いのか分からなかったのだ。