15.『呪印』
「どうだよ、サギリ」
壮馬の声に、背後でサギリは何処からともなく真上から降り立った。
暗く、陽が沈み辺りが見えずなった廃ビルの中。
「はい。魔力痕があったのは確かですが、すでに消えかかっているものでした」
「そうか」
サギリの報告に、壮馬は舌打ちをする。
(すでに、ここは用なき場所か。もう、人は居ないらしいな……………………)
「次は、どうしましょう」
サギリの質問に、壮馬は腕を組んでゆっくりと歩く。
廃ビル内の通路を歩き、窓が割れたオフィスから外を見渡す。
「そうだな。まだ、いくつか建物がある訳だし、試してみてもいいかもな」
「確かここは、テロ事件から時が経ってそのままの場所でしたよね」
「あぁ、そうらしいな。ま、俺には関係ない事だ。このまま、続けるぞ」
「御意に」
サギリは、跳躍して穴の空いた天井へと飛んで姿を消す。
壮馬は、避難用階段を降りて行き一階を目指す中で、数かな魔力が肌を掠る感覚を覚える。
その感覚が足を止めた。
「ん?サギリのか?」
疑問を浮かべるも、深くは考えず再度足を動かした。
刹那。
「壮馬様!早く、その場からお離れを!!!」
「なんだと?」
真上から聞こえるサギリの声に、壮馬は見上げた。
直後、階段の手すりから足を踏み込んで真下に飛び込む影が見えた。
ぎらついた刃が、両手に風を切る音と共に壮馬の周囲の階段を斬り刻んだ。
「ぅおぁぁ!!??」
(なんだってんだよ!!)
下へ沈み、切れれた段差はそのまま一階まで落下した。
衝撃で振動が建物を伝いヒビ割れが広がる。
視界は煙によって巻かれて見えなくなる。
咄嗟に、壮馬はロビーへと駆け込んで何とか非常階段から脱出するが、追撃をするように空を切る斬撃と共に黒く長い髪の男が飛び込む。
それらの斬撃を間一髪で飛び躱す。残りの斬撃は、式神による召喚で何とか食い止めるのだった。
「くそぉ、、、、、、枯木家に手を出すなんて、どこの命知らずの魔術師だぁ!!それとも、雇われか!!!」
静寂になりゆくロビーの中央。
ゆっくりと男は、歩いて壮馬の目の前で長い髪の間から瞳を見せて睨みつける。
その鋭い瞳は、壮馬の背筋を鳥肌を立たせる。
「アビスを覗く者。貴様は、深淵の奥を覗くのか」
「は、ははッ、何が覗くだよ。覗くのは、お前の屍だけで良いんだよ!」
壮馬は、紙をまき散らす。
すると、紙から半透明の靄が姿を現す。
其々の姿が、男の元へと迫り行くのだった。
一つ一つを、刃で斬り裂くも消えることなく、すぐに形を戻し始める。
「ちぃ!まだまだだよ!やっちまえサギリぃ!!!!」
呼びかけのタイミングを見計らったかのように、天上からサギリは崩して男目掛けて短刀を投げかける。
即座に、男は空の斬撃を放つとサギリも同様に、鎖を揺らして空の斬撃を風で吹き返した。
相殺するかのように、衝撃が一体を駆け巡り劣化している柱には重い衝撃だった。
亀裂が入り、上下に走って砕ける音が聞こえた。
壮馬は、走って外に出て距離を取る。
暫くすると、先ほど居たビルは一気に下から崩れていくのだ。
風圧に両手で構えると、横にサギリが現れて壮馬を担ぎ上げて一気に距離をとる。
「やったのかよ!」
「いえ、ただ相手をその場に留めたので、しばらくは出られないでしょう」
「くそが。殺しておけよ―――――ッ!」
空を切る音。
壮馬の耳元に届いた瞬間、頬に浅く亀裂が入った。
一瞬の痛みに、壮馬は手で傷口を抑える。
「ひぃ!!??なんだよ!?なんだってんだよぉ!!」
「魔術の射程範囲が広い、、、、、距離を十分に取ります」
「逃げる先は深淵だぞ」
声が遠くから聞こえたような気がした。
けれど、攻撃は直近で迫っていたのだった。
壮馬の鼻先を掠るかギリギリで、サギリは引っ張り上げて避ける。
高く飛び立ったはずの軌道は、徐々に低くなっていき他の廃ビルの壁が近づいてくる。
ぶつかりそうになるのを、サギリは手を翳して風を起こした。すると、加速していた軌道が緩くなっていく。
(このままじゃ、壮馬様共々衝撃で――――――)
手を翳していた影から、女性の顔が何の変哲もなく飛び出た。
「誰――――――ッ!?」
「んなぁ!?な、なんだコイツ!!!!!」
サギリと壮馬が驚きを隠せない状況下、女性はそのまま肩から腰から足先へと廃ビルの壁が地面の様に立つのだった。
此方をジッと見つめる生気のない瞳。
虚ろな瞳の奥に移った、サギリの姿。
ただ、棒立ちの女性は、前触れもなく突如として腕を上げたかと思えば、そのままサギリの脇腹へと拳を入れ込んだ。
「ぁが―――――――ッ!!!!」
軌道を緩めるために風を起こしたのがあだとなったのか、殴られた衝撃も相まって反対の廃ビルの壁を突き破り中へと転がり込んだ。
壮馬を抱きかかえて、サギリの身体で衝撃を庇い無事を確認すると壮馬を下ろした。
しかし、脇を強く抑え込むサギリには汗が滲み出ている。
「げっほ!げほぉ!!、、、、ッな、何が起きてんだよ!あの男は?あの女は何なんだよ!!!」
慌てて起き上がった壮馬は、サギリへ怒鳴る。
そこへ、音もなく月明かりに照らされて伸びた影が見える。
視線を移すと、先ほどの女性が立っていた。
それも、制服を着た姿で。
一件普通の一般人の様にも思えるが、魔術の類を使用したようにも思えない。
そこで、サギリはぼそりと小さく呟く。
「呪印……………………」
その言葉に壮馬は振り返る。
「呪印?まさか、アイツは呪いにかかっているってのかよ?」
「はい。魔術量は感じられない。しかし、頬にある黒い血管の様に広がった模様。呪いの一種としか考えられません」
「てことは、一般人。ただの人間かよ。しかも―――――」
(同じ高校の生徒……………………)
周囲を見渡すも、女性以外誰も姿は無かった。
あの襲って来た男の姿も無かった。
「はッ、女一人なら俺で十分だな。ははッ」
サギリを下がらせる。
そのまま壮馬は前に出て、ポケットにしまい込んでいた杖を取り出した。
「見てろよ。守られるだけじゃないんだよ俺はァ……………………」
「呪印は複雑です。お気を付けて」
「誰に言ってんだよサギリ。俺は、枯木家次期当主になる男だぞ!」
壮馬は杖を振り上げる。
その瞬間に、女性は走り出す。
「踏みしめる勇敢な生命が走る!行け!大樹の……………………ッ!!!」
木が軋む音がした。
音がしたというか、鳴った。
目の前で。
その光景に、壮馬は詠唱を止めて唖然と見開いた瞳で口を開けて頬ける始末。
「ぅそ、、、だろ?」
何故なら、
女性は走ってすぐに、杖の先を握りしめて力づくで折ったからだ。
そのまま、杖の先を握って下へと引き裂く様に振り下ろすと、壮馬の手元に残るのは小枝だけ。
残りの残骸を地面に放り投げられて、再度顔を見上げる女性の虚ろな瞳。
闇の奥に闇が潜む予感。
そんな表情にゾッと悪寒をさせて立ち尽くす壮馬の肩を瞬時に掴み、後方へと投げ飛ばしたのはサギリだ。
女性の拳が間一髪、壮馬の前髪を掠っていた。
煙が出るほどの素早い攻撃にサギリは、短刀で女性の首目掛けて投げかけた。
しかし、入ることもせず横から何処からともなくスーツを着た男性に、私服を着た女性に主婦が様々にサギリへと覆い被さろうとする。
「はぎゃぁ!!」
ブサイクな声を上げて転がった壮馬。
身動きが取れなくなったサギリは、足元に風圧をぶつけて周囲に飛散させる。すると、他の人々は影が飛び散るように周囲へと離れた。
その隙を狙ってサギリは、壮馬を担ぎ上げて今度は、反対の窓から突き破って脱出するのだった。
その状況を、白い着物を着た式神が煙に巻かれて姿を消す。
情報を、桐野へと差し出すのだった。
テーブルの前に現れると、黒園は頷いて桐野を見る。
「桐野君の考えが傾いたわ」
「あぁ、、、見つけたんだな」
「はい主様。ここから南西の方角にて一角の寂れた建物での戦闘がありました。魔術師計4人ほど」
式神の説明に黒園は地図を広げる。
南西の方角へと目線を移すと、先に桐野が見つけて指を向ける。
「ここじゃないか?確か、今は廃ビルしかないハズだけど、、、、」
「そうね。其処に行きましょう」
黒園と桐野は家を飛び出して、南西の廃ビルへと走り向かう。
暫く走っていると、遠目からでもビルの集まる様子が確認できる。
近くでは光が放っていても、その一角だけは暗く光が一切見えない。
「動いたのは誰なんだろうなッ」
「知らない。けれど、四人って事は、私達みたいに二人一組で考えるのが妥当ね、、、、、」
(スフィア?最近動かないとは思ったけど、ここで?それとも、枯木、、、、、、、もう!考えるのが面倒だわ。)
「手あたり次第ぶち抜いてやるんだから!!」
意気込む様に黒園は声高々に叫ぶ。
そして、ようやくたどり着いた廃ビルは、一つの場所が崩れて煙が浮かんでいるのを見つける。
「もう、ここに居ない?けどこの崩壊は、、、、、、どんな戦い方したのよ」
「まだ近くに居るかもしれないな」
「えぇ、用心するに越したことはないわ」
他の道を歩いて行くと、壁に大穴が開いたビルや、窓が割れ吹き飛び、他の建物が破壊されている様子も見られる。
「ここなら巻き込む必要も無いから、思う存分に戦えるのは確かよね~……………………」
崩れた瓦礫に黒園が触れる。
そこに残った微かな魔力因子。
「この魔力……………………」
(近くに枯木壮馬がいる?という事は、二人は枯木家だとすれば、、、、残り二人は、、、、、、)
考え込む黒園は、しばらくするとその場に立ち上がる。
そのまま、後方で痕跡を探している桐野へと振り返る。
「ねぇ、桐野君―――――」
「なんだ黒園、、、、、って、おい!後ろ!!!」
一気に焦り大声を出す桐野。
その言葉に、黒園は「え?」と小さく返し後ろを振り返った。
其処には、黒い血管のようなヒビが入った人間。
ゾンビの様に口を開いて手を伸ばす男の姿があった。
黒ずんだ血の気の引いた肌。
指先から溢れる黒い魔力が黒園へと零れそうになった。
「な、何よコレぇ―――――――!!??」
「ぐぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッッッ!!!!!!!」
「ほんっと不意打ち好きよね!『真なる理ことわりよ、常世とこよに恵智えいちを齎もたらせ、祝福よ!収束する噴火』!!!!!」
一歩下がった黒園。
後方にのけぞった時、右手を下から男の腹部目掛けて炎魔術を放ったのだった。
集まり収束した赤々しい球体は爆ぜて男を奥へと吹き飛ばす。
飛び散る魔力因子が頬を掠り、すぐさま手でぬぐい取った。
「危ないわね」
「黒園!大丈夫か!?」
「えぇ、問題ないわ。けれど、、、、、、最悪」
「最悪?」
黒園の一言に、桐野は相手がそれほどに脅威なのだと実感する。
「アイツ、呪印持ちだわ」
「呪印、、、、って呪いか?」
「えぇ。それも、繁殖持ちのね。アイツが流す黒い魔力因子に触れたら神経諸共浸食されかねないわよ。触れたらアウト。まぁ、枯木の従者みたいに風加護があれば、触れずに受けられるでしょうけど、、、、、、」
瓦礫が崩れる音。
目線を向けると、呪印した男が仰け反りながら立ち上がり姿勢を戻す。
そこで、周囲の瓦礫の影から泥が噴水の様に身長同様の大きさまで吹き上げると人の形を成していく。
「この人達全員が、呪印されているというのかよ」
「そうらしいわね。まったく、、、、、、面倒な魔術!」