12.『 主となった日 』
「それで、さっきのどういう意味なのよ?桐野君を先に出しておけば、戦わずに済んだって?」
不機嫌そうにしかめっ面で黒園は腕を組んで、ぶっきらぼうに桜外に尋ねる。
あの後、境内での戦闘に圧倒的な余裕な姿で終わった桜外。
桐野と黒園を連れて寺奥の奥座敷に導かれるのだった。
しかし、黒園の質問に答えずお茶をすする桜外。
その態度に、ますまう歯ぎしりして睨みつける黒園。
「ぐぬぬぬぅ……………………なんか言ったらどうなのよ!?」
「ふふっ」
下から覗き込む様に桜外は、笑みを浮かべる。
それを見た瞬間に、黒園は拳を強く握りしめて感情を抑え込もうとしたのだろうが、無理の様だ。
桐野の横で叫び散らす。
「あぁ~~~ったま来たわ!!!!もう無理ぃ!!!何なのよこの女ぁ!!!!!」
「まぁまぁ、黒園。俺達を上げてくれたんだし、こうしておもてなしもしてくれてるんだから良いじゃないか。ここは、落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないでしょ!?コイツ、私達を馬鹿にしてるのよ!!??」
指を向けられるもあっけらかんとする桜外。
そこで、小さく呟いた。
「馬鹿にしてるのは、お主じゃ。馬鹿女子」
「な、なんですってぇ!!!!????」
「ははッ、何が『私を、誰だと思ってるのよ!』『私に任せて』と抜かしておるのかのぉ~お~ほっほっほっほっほぉ~~~」
右手甲を左口元まで持って行くと、高笑いする桜外。
反応するかのように黒園は、ムシャクシャする気持ちをやり場のなくどうしようもなく横でただただ苦しんでいるだけだ。
こんな二人を、横でただ眺めるしかない桐野は、思わずため息が漏れる。
そこで、桜外の言葉に桐野は思い当たる節があった。
「あれ、そういえば。桜外さんって」
「桜外で良い。『さん』は不要じゃ」
「桜外って、なんで黒園のその台詞を言える?門の外だと、俺達二人しか居なかったし他の気配もしなかったぞ?どうしてなんだ?」
桜外は、優しく笑みを浮かべて何度も頷き桐野を見る。
「ほうほう、知りたいか~。お主に、このお姉さんが教えてしんぜようかのぉ~」
「あ、ありがと、、、、」
「桐野君。騙されないでね?『彩雲寺』の住職当主ってい言ったら、軽く70は超えてるわよ」
「な、ななじゅッ!!??」
小声で黒園に教えてもらうも、その聞かされた年齢に思わず驚き桐野は桜外を見る。
「さすがに、、、、、」
「有り得ない話じゃないわ。魔術師だって、不老不死の魔術を研究するために、擬態して100年以上も生きている者もいるくらいだから、それ以上でも可笑しくないわよ」
「す、すごいんだな、、、、、、魔術師って、、、、、」
「なんじゃ。年齢なんて関係ない。わしはいつでもピッチピチの16歳で~す」
「なにが16歳よ!ただの行かれおばさんじゃないのよ!」
また睨み合う二人の状況に戻ってしまう。
そこを何としても止めようと桐野は中を割り込む。
「まず、話を聞きたいんだけど!」
黒園の身体を戻して、元の位置に座らせる。
テーブル向かいの桜外は、変わらず落ち着いた姿勢でお茶をすすっていた。
「ま、さっきの話じゃけど。わしには、生まれ持っての千里眼がある」
「千里眼……………………それって、遠くを見渡せるヤツか?」
「そうじゃよ。ただ遠くを見渡すんではなくてな。ホレ」
桜外が指を向けると、軒の外から飛んで廊下に止まった雀が居た。
「あ奴も、わしの千里眼の為の仲間みたいなものじゃ」
「つまり、貴女の千里眼は他の動物をも経由して見渡せるって事?」
「そうじゃよ」
「……………………なによそれチートじゃない。それなら、誰かに魔力を感じさせずに行動も全て見放題。こっちで、備えられるってわけ?」
黒園は、千里眼の言葉を聞いて腕を組み下を向きながら独り言のように話始めた。
「てことは、俺達を前から見ていたのか?」
「そう言うことになるな。かといって、わしが誰かの為にすること等無いが」
「ちょっと待ってよ!」
黒園はテーブルを軽く手で叩く。
桜外の視線も、黒園にいくのだった。
「おかしいわ。枯木には式神を渡しておいて、誰かの為にすることがないですって?」
「そうじゃ。枯木の小僧に関しては、ちゃんと伝えたのだぞ?ただ、情けで数枚渡してやったにすぎん。ま、自身の力を注いで生み出すのを、まさか死体を利用して動かすとは、思っても居なかったがの。なんとも残念な光景じゃった」
残念そうに、肩を落として話す桜外。
「渡した相手が間違ってるのよ。それに、この戦いアンタも入ってるんじゃないでしょうね?」
「何を言うとる。わしが?まさか、入ってるわけがなかろう。この街の『彩雲寺』を残しては先には行けぬからな」
「あら、そう……………………」
不服そうに黒園は、肘をついて顎を手に乗せてそっぽを向く。
その間、桜外はジッと桐野を見ているのだ。
僅かに微笑む表情に、桐野は自分で自分に指をさした。すると、満面の笑みを浮かべるのだ。
「なんですか、、、俺に、何か?」
「いいや。なんでも無いよ。ただただ良いわし好みの青年じゃなぁと思うてなぁ」
「止めときなさい。私が横に居るんだから、そんな年増なんて」
「ほぉ~?お主が?わしの方が断然美少女じゃが?」
「はぁ?アンタより私が更けてるって言いたいわけ?言っとくけど、私はピッチピチの高校生ですからね!!」
また始まった。桐野は諦めが付き始めていた。
「お主はまだ、毛も生えとらんガキめが」
「も、もっかい言ってみなさいよ!!!!」
「あぁ、何度でも言ってやるわい~」
火花が散り、二人がいがみ合いながらエスカレートする。
桐野は立ち上がって、軒の方に出て庭を眺めていると
「お客様。どのような要件で」
「え?っと、、、、」
右から声を掛けられて振り向くと、軒下の廊下の先で黒髪のおかっぱ頭の少女が桜外と同じような巫女服を纏い、両手を前に置いてこちらを見ていたのだった。
最初は広い屋敷なのに、人の気配がしないと思っていたのだが、流石に家事も大変だろう。一人や二人他に居てもおかしくない。
「いや、庭が気になって見に来たんだけど、まずかったかな、、、、、」
「……………………いえ。構いません」
「そうか、、、、、、えっと、君は桜外の、、、、、家族?」
「いえ、式神です」
桐野の言葉を終えてすぐに発した。
「私共は、桜外様から作らされた式神です」
「そ、そうなのか……………………」
知っている式神は、枯木のでしか見た事も無かった。
本当の式神というのは人間と同じと思わせるほどに繊細に細かく具現化されている。
その姿に驚いて桐野は、思わずジッと見つめる。
すると、式神は無表情で首を少し傾ける。
「どうしたのです、ジッと見られて。私の何処か可笑しな場所がありましょうか」
「ぁ、あぁ、いや大丈夫だよ。変じゃないし、君は何処にでもいる可愛い女の子だ」
「何処にでもいる、、、可愛い、、、、、」
桐野の言葉を繰り返し復唱する。
「え、、そ、そうだぞ。可愛いし何処にでもって言うのはな、、、、」
思わず地雷を踏んでしまったかと思い焦り他の言葉が無いか必死に探す桐野。
その間に、すかさず駆け寄る式神。
「その言葉は、本当ですか?」
「えぇ?あぁ、、勿論だけど」
無表情のはず。
けれど、瞳が語っている。
奥でキラキラと嬉しそうに。
すぐに振り返ると、左手を上げるのだ。
その行動に、何事かと桐野は式神の方向に目を向ける。
その視線の先から、まさかの庭の草林から二人の式神、池の中から鯉を両手いっぱいに持ち上げる一人の式神、柱の陰から顔を覗かせる一人の式神、軒廊下の下から顔を覗く二人の式神、奥座敷の障子から顔を覗かせる三人の式神、天上から逆さまで覗く二人の式神、トイレから出て扉を閉めた一人の式神、と、多数の同じ顔、髪型、服装の式神たちが一斉に駆け寄るのだ。
その光景に、思わず唖然として声が出なくなる桐野。
皆が手を上げた式神の元に集まると、桐野を見る。
「この方が、私達を平凡で可愛い少女だと、宣言なされた」
その一言に、皆が「おぉー」と声をだして一同に拍手をする。
「そして、今宵。我らの主が決まった瞬間である」
「おい、ちょっと待て待て!!」
思わぬ言葉に流石の桐野も止めに入る。
「もう何よ?騒がしいわね~」
呆れ声で軒廊下にでた黒園。
その瞬間、目を疑う光景だ。
桐野が、巫女服を纏った黒髪おかっぱ頭の少女たちに囲まれているのだから。
「なによ!?どういう状況なのかしらぁ!!??」
「ほぉ、あ奴らがまさか、小僧を主に見初めるとなぁ」
「はぁ~!?主ってどういう事よぉ!?」
「言葉の通りじゃ」
「説明になってない!!!」
その間にも、桐野の身体に手を触れて式神達が一気に頭上に持ち上げる。
「「「「「「よいしょ~」」」」」
「ちょ!待て!!!」
「「「「「「よいしょ~」」」」」
胴上げされて、戸惑う桐野。
しかし彼女たちは止めず、しばらくの間、桐野を胴上げし続けたのだとか。