第9話「届いた、都会のバイヤーへ」
苺フェスは大盛況だった。子どもたちが苺の苗に触れ、大人たちはスイーツに舌鼓を打ち、地域の農家も交流の輪を広げた。
そしてイベント終了後、一枚の名刺が志帆の手に渡された。
「株式会社リーベ百貨店。バイヤーの水島です。よければ一度、お話を——」
東京の高級百貨店・リーベ。地方の逸品を取り扱うことで知られるこの店からの接触に、農ガールズの一同は騒然とした。
「え、うちの苺が……あのリーベに!?」
ちさとが叫ぶ。
「これ、テレビで見たことある! 予約だけで完売ってやつ……!」
レナも目を丸くした。
「でも……そんな都会の舞台にうちらが行っても、大丈夫かな?」
みのりがポツリと不安を口にすると、志帆が微笑む。
「大丈夫。“ブランド”は、想いと実績で育てるもの。今の私たちには、その両方があるよ」
後日、四人はスーツに身を包み、東京・銀座にあるリーベ本社へ向かった。
キラキラと輝くショーウィンドウに、自分たちが育てた苺が並ぶ未来を想像し、心が震える。
応接室に案内されると、バイヤーの水島が穏やかに迎えてくれた。
「先日のイベント、大変すばらしかったです。苺三姉妹タルト、あれは感動しました。味のバランス、ストーリー性、パッケージデザイン……どれも素晴らしい」
志帆が丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。ただ、うちはまだ法人化したばかりで、量産体制には不安が残っていて……」
水島は微笑みながら頷いた。
「だからこそ、今なんです。大量生産より“限定感”を活かした販売スタイルを考えています。特に母の日やホワイトデーなど、シーズンギフトとしての展開を考えておりまして」
「じゃあ、完全予約制ってことですか?」
みのりが身を乗り出すと、水島は頷いた。
「はい。その代わり、物語性と“作り手の顔”が見える商品にしたい。生産者の声、畑の風景、こだわりの育て方……そういう“背景”が、今の消費者には強く響きます」
志帆がそっとみのりの手を握った。
「ね、やってきたこと、間違ってなかったでしょ」
そして——
「農ガールズ株式会社様に、母の日ギフト用として苺タルトの取り扱いをお願いしたく思います。契約条件はこちらに」
提示された条件は、決して甘くはなかった。品質の安定、納期厳守、物流体制の整備。それでも、農ガールズは、しっかりとその名刺を受け取った。
帰りの電車の中、みのりが窓の外を眺めながら言った。
「夢って……こんな風に、静かに、現実に変わっていくんだね」
「うん。でも変わらないのは、あの土の匂いと、私たちの苺だよ」
ちさとが笑った。
「さあ、次は……百貨店の客を“うちらの味”で泣かせる番だね!」
レナの言葉に、車内は笑いに包まれた。
彼女たちは、都会の風に晒されながらも、決して自分たちのルーツを忘れなかった。
その味には、土と汗と夢が、詰まっている。