第5話「ネット通販、はじめます!」
新しく仲間に加わった吉岡志帆は、白いシャツにノートパソコンを抱えて現れた。
「まず、ターゲットを明確にしましょう。誰に、どんな風に届けたいのか——そこから逆算して販売戦略を組むんです」
元々理系の農家三人にとって、志帆のマーケティング用語はちんぷんかんぷんだったが、不思議と心地よかった。
「えっと……たとえば、『都会の30代女性で、SNSに敏感な層』とか?」
志帆が指を動かすと、ノートパソコンの画面に鮮やかなスライドが表示された。
そこには、「都市生活に疲れた女性たちに、“ごほうび時間”を届ける」というキャッチコピーと、苺三姉妹タルトの写真が大きく映し出されていた。
「これ……すごくいい!」
ちさとの声が弾む。
「甘さだけじゃなくて、“時間”を届けるっていう考え方、素敵だな」
志帆は頷きながら、次の提案を続けた。
「ただ、美味しいだけじゃ届かない時代なんです。だから、商品の“物語”を届ける必要がある。三人が苺にかける想い、農園での苦労、夢……そういう背景を“ブランドストーリー”として発信するのが大事です」
「ブランド……ストーリー……」
レナが小さく復唱した。
「だったら、うちらの失敗とか涙も、全部“資産”になるんだね」
翌日から、三人は忙しくなった。
まずは梱包の試作。ちさとは苺が潰れないように特注の緩衝材を試し、みのりは冷蔵配送の業者と交渉を重ねた。レナは地元の紙箱工場に頼み、オリジナルの化粧箱を作成。そこには、三人のサインと「ありがとう」の手書きメッセージも入れた。
「一箱に、三人分の物語を込めて」
そして、志帆が開設したオンラインショップ「農ガールズのごほうび苺便」が、ついにプレオープンを迎えた。
販売開始は金曜日の夜。SNSでカウントダウンを投稿し、フォロワーの期待を煽る。
「……売れるかな」
と、ちさとが不安そうに言った。
「絶対売れるよ。だって私たち、やれること全部やったもん」
と、みのり。
「うん、しかも楽しみながら!」
レナがニカッと笑った。
そして販売開始の夜——
「注文入りました!」
「3件目きた!東京、名古屋、大阪!」
スマホの通知が鳴るたび、歓声があがる。
一晩で限定50箱、完売。
三人と志帆は、顔を見合わせて言った。
「やった……!」
農ガールズの物語は、畑の外へと確かに広がり始めていた。