第2話「チーム、始動。現実は甘くない」
苺の香りに包まれたあの日の握手から、一週間が経った。
宮坂みのり、佐久間レナ、篠原ちさと——三人の若手女性農家が結成した「農ガールズ」。SNSでの発信や試食会の構想、農業イベントでの合同出展など、やりたいことは山ほどある。でも、現実は理想ほど甘くない。
「やっぱり、最初にやるべきは……販路の確保だよね」
みのりが持ってきたノートには、アイデアがびっしりと書かれていた。だが、それを見たレナは腕を組んで難しい顔をする。
「販路っていってもさ、私たち個人農家でいきなり東京の百貨店とか無理じゃない?」
「しかも、うちの『雪姫』は流通に弱い。日持ちしないし、ちょっとぶつかっただけで傷がついちゃうのよ」
ちさとも肩を落とす。
確かに、それぞれの苺は個性的で魅力的だ。でも“大量に安定供給できる”とは言えない。品質は高くても、市場はシビアだった。
「じゃあ、まずは近場から攻めようよ」
レナが提案する。
「このあたりのカフェとか、道の駅のスイーツコーナーとか。うちのブルーベリーで提携してる焼き菓子屋があるから、聞いてみる」
「それ、いいかも!」
みのりの目が輝いた。
スイーツ店と組んで、農ガールズの苺を使った限定メニューを出す。SNSで発信して、イベントも開ければ——
「まずは“知ってもらうこと”が大事だもんね」
その夜、三人はそれぞれの農園に戻ったが、LINEのグループチャットには活発にメッセージが飛び交った。
【農ガールズ企画案】
・スイーツコラボ第1弾:苺3種の食べ比べタルト
・地元マルシェで試食販売
・インスタライブで紹介(みのり担当)
・ロゴマーク考案中(ちさと案:三本の苺ツルが交差したもの)
次の土曜、レナの紹介で訪れたのは、小さな焼き菓子工房「ひとくちや」。カフェ併設のその店は、どこかほっとする雰囲気だった。
「苺の生産者さん? 面白そうね」
迎えてくれたのは、オーナーシェフの柴田さん。40代半ばの女性で、にこやかながらもプロの目つきをしている。
三人はそれぞれの苺を差し出し、特徴を説明した。
「紅の雫」は香りと甘みのバランス、「雪姫」は淡雪のような口どけ、レナの「サニー・ブルーム」は酸味とコクが自慢。
柴田さんは真剣に苺を味わい、数分沈黙したあと、静かにうなずいた。
「……いい苺ね。単体でもおいしいけど、組み合わせることで、より引き立つ味になる。うちのタルト生地と相性も良さそう」
「やったー!!」
レナがガッツポーズを決める。
だが——
「ただし、うちはあくまで小規模よ。大量には使えないし、価格も限られてる。それでもやる?」
三人は顔を見合わせた。お金にならないかもしれない。だけど、これは「第一歩」になる。
「もちろんです」
みのりが、はっきりと言った。
「今は売上じゃなく、信頼と実績を作りたい。やらせてください!」
柴田さんは微笑んだ。
「いい返事ね。じゃあ、来週試作してみましょう。期待してるわ、農ガールズ」
三人の目に、ふっと光が宿った。
ブランド苺を育てるのは、土だけじゃない。つながり、努力、そして信じ合う仲間の存在——それが、少しずつ花開こうとしていた。