第99話 短編その2 羽衣さんの住まい探し
バレンタインから程なくして、俺の通っている学校、つまりはローラと羽衣が先日受験した学校という事になるのだが、その合格発表がホームページ上で掲載された。
部屋のノートパソコンを起動させて、学校のホームページの合格発表を開く。ローラとねーさんも一緒になって、後ろでその画面をジッと見詰めている。
「まずは……、中学の方な」
ごくっと唾を飲み込み、ページの端から端まで確認しながら画面をスクロールしていく。すると――
「あー! あったー!!」
すぐ後ろのローラが自分の名前を見つけて歓喜の声を上げていた。
「おー! やったねー! 今夜はお祝いだ! 羽衣の方は?」
「ちょっと待ってろ」
今度は高校の合格発表のページを開く。うちの学校は中高一貫校なので、高校の受験者はそう多くはない。画面をスクロールするまでもなく、『神屋羽衣』の名前が画面に表示されている。
「二人共……受かった……」
思わず口に出してしまったその声とほぼ同時にスマホの着信音が鳴っている。やはりというか予想通り羽衣からだ。
『やりました! 合格しました!!』
『こっちでも確認した。おめでとう』
などなどのやり取りをしたのだが、後日、羽衣がこちらを訪れることとなる。その理由とは――
「アパート探しか……。てっきり師匠と一緒に住むもんだとばかり……」
「お父様の部屋は一人暮らし用です。2,3日ならともかく三年間となると、手狭になってしまいますから」
その辺、高校受験と一緒に目星をつけてるもんだとばかり思っていた。うちの学校は寮がないから。
とはいえ、住む場所も無ければ学校に通うどころではないので、一緒に不動産屋を周ることにした。未成年だけだと流石にマズいので偽ロリも一緒だ。
その結果は散々なものだった。
「……高いです。何ですか!? アパートでこんなに必要なのですか!?」
「東京は家賃も高いからの。社会人ならばともかく、学生にはきついと思うのじゃ」
そこは確かにそうだ。基本的に都内には父親がいるとはいえ、こうして物件探しをしているくらいだから、一人暮らしの許可は出ているのだろう。
「んー……。ちょいとマッチポンプな方法にはなるが……、格安物件をどうにかする手ならある」
「本当ですか!?」
羽衣の表情が明るくなる。その方法を実践すべく、次の不動産屋さんへ足を踏み入れた。
「高校生の一人暮らしで……、できるだけ安い物件ですか……」
「できればセキュリティもしっかりしているところがあれば、なお良いですが……。なにせ女の子ですし」
かなり無茶な注文をしているのは、俺としても承知の上だ。だが、その無茶を言わなければ出ない情報もある。
「でしたら……、こちらはどうでしょうか? お伺いした高校からも近いですし、ご希望の通りセキュリティもしっかりしています」
「これ!? ワンルームマンションですけど……、月2万円!?」
羽衣は信じられないといった表情を浮かべていたが、俺の隣にいる偽ロリは、どういったことなのかを察したらしい。
「のう? とりあえず案内してもらおうかの。行ってみなければ話にならんからの」
「ですね! 早くいきましょう!」
うっきうっきになってしまっている羽衣さんが俺の手を引き、早く早くとせがんでいた。
そうして、そのワンルームマンションの該当する部屋に入った瞬間、羽衣もどういった事情で格安になっているかを知ることになる。
「兄様? これって……」
羽衣が小声で耳打ちをしてきた。彼女も《《視える》》人間なので、その部屋の惨状で理解したらしい。
「やはり……、思いっきり事故物件じゃった……。最初にこの部屋で死んだ者が後に住んだ者まで引きずり込んどる」
「羽衣……、ここの霊を説得してあの世に行ってもらうか、説得が無理なら祓えば格安で部屋に住めるぞ」
その説明をすると、少しばかり引き気味になってしまった羽衣さんであった。
「マッチポンプってこういう事ですか!?」
「自分でもどうかなーとは思うよ? けどな、高い家賃の物件借りて……、バイトしながらだと勉強も疎かになるし……」
普通の人間には視えない存在に対処できる俺らだからこその方法でもあるのだが、法で規制されていないとはいえ、不動産屋さんからしたら損害を被ってしまうかもしれないのだ。
だって、俺らが霊を祓えば通常の家賃で貸し出せるのだ。そもそも霊がどうなっているかとかは不動産屋さんは分からないけどね。
「では……どうするかの? 賃貸業者と別れてからやるか?」
「だな。俺が交渉するか」
その日の夜、部屋に巣食っていた幽霊達に関しては、俺の誠心誠意の説得により無事にあの世へと旅立つこととなった。
「……小僧、番に酷い事されて捨てられて世を儚んで自決した男の霊に……、自分の生い立ちを話した挙句、俺の方が不幸だとか言いながら頬を叩くのはどうかと思うヘビ。あれだと霊の立つ瀬がないヘビ」
「だってー。今、思うと割りときついぞ。どっかに出かける話されて楽しみにしてついて行ったら、知らないおばさんから、今日からここに住むのよ……とか言われたし……。施設の人達だって俺をどう扱えば良いかも分からずに、敬遠されちゃったし……。ついでに霊に危険な場所に引きづりこまれて怪我が多いもんだから、勝手に出歩けないように檻みたいな部屋に入れられたり……」
「もうやめるヘビ。聞いてるだけで痛くなってきたヘビ」
部屋の霊を祓うために、念のため連れて来た駄蛇が俺の幼少期の思い出を聞いてしまい、ドン引きしてしまっている。
「蛇に手があったら、耳を塞いでるヘビ」
「まあ。これで羽衣が住むにも問題はないはずだから……。羽衣? どした?」
春からこの部屋の住人になる予定の少女は、先ほどの俺と霊達の話を聞いてどうリアクションするべきか困っているようだった。
「いえ……その……、兄様の幼少期は知ってはいましたけど……、本人の口から直接聞くと、かなり辛いものがあるといいますか……」
「あー……。気分悪くしたのなら済まん。できれば力づくじゃなくて話し合いでいきたかっただけでな? 他意はないぞ」
「そうではなくてですね……。自分がかなり恵まれてるのを自覚させられたのが……ですね……」
問題解決したのに暗い雰囲気になられても俺だって困る。なので、どっかの喫茶店でお茶でもして気分を切り替えてもらおうと考えていたら、スマホの着信が鳴りだしていた。
「あれ? 師匠だ」
師匠には前もって今回の件をメールで説明してはいたのだが、何か不都合でもできたのだろうか。そんな想像をしながら電話に出る。
「坂城です。どうしました?」
「功、もしかして……、もうその部屋の霊とやらは祓ったのか? 今日は忙しくてな。今メールを確認して連絡したところだ」
「え? ええ。もう終わりましたけど……」
「そうか……。もう遅い時間で済まないが、こちらに顔を出してもらってもいいか?」
今回の件で何か問題があったのだろうかと、一抹の不安を抱えながら対策室まで赴いた。
師匠の要件とは――
「羽衣の住まいがもう決まってた!?」
「そうだ。宿舎の私の部屋の隣が空いてな。丁度良いのでそこに住んでもらおうと思っていた」
そう、師匠はもう彼女の高校進学に際して、色々と準備をしてくれていたらしい。
「早く言ってくださいよ~。これじゃあ依頼も無いのに、お祓いしただけになっちゃいますって」
「だから済まなかったと言っているだろう。そこの部屋が空いたのも、つい先日でな。伝えるのが遅くなってしまった」
なら今回の件はこれで終了だ。師匠としても、一人娘が近くに住んでいた方が安心だろう。
「それで……だ。丁度良いから功はここに残ってくれ。話がある」
もしかして急な案件が入ったのかと、俺と駄蛇だけ室長室に残ったのだが、師匠は席から立ち上がり、ゆっくりと俺の目の前まで歩を進める。
「何か緊急の案件でしたら、すぐに動けますが……?」
「いや、そうではなくてだな」
師匠にしては珍しく歯切れの悪いもの言いだ。その師匠が一回だけコホンと咳払いする。
「まずは……、受験で娘が世話になった。礼を言わせてくれ。ありがとう」
「あ……、いえ。ちゃんと月謝は貰ってましたから」
「立ち話もなんだから、少し座って話すか」
師匠はそう言いながら、ソファの方へと向かって行った。それに俺も続く。
「それで……だ。羽衣が進学してからなのだが、さっき言った宿舎へ住む条件が対策室の職員であることなんだ」
確かに一応、公務員扱いな人間の住む場所なので、そういった条件があってもおかしくはない。
「じゃあ羽衣にも仕事を?」
「ああ。そうなる予定だ。それで……だ。娘が仕事をする際は、お前についてもらおうと思っている」
おそらく彼女は見習いとなるので、正規の職員または、それに準ずる者が指導をするという意味合いだろう。
「それは構いませんが……、最初は勝手が分からないから必要でしょうけど、羽衣ならすぐに一人で仕事をできるようになると思いますよ」
実際、あの娘の実力は忍や美里さんと比べて頭一つ抜けている。先日の正月での戦闘の際でも、一応は俺の援護ありとはいえ持ち場の怪異をほぼ全てを一人で倒しているのだ。
「そうかもしれんが、今のところ、この場で『風薙斎祓』を使えるのは私とお前だけだからな。指導できる者も限られる」
「俺は基礎しかできませんけどね!」
「だが、その基礎については羽衣より、お前の方が上だろ。お前が近くにいるだけでも羽衣にとってはいい刺激になる」
「まあ、そういうことでしたら」
羽衣の仕事の件は了承するとして、話しはこれで終わりだろうかと考えていたところ、師匠が深刻な様子で口を開いた。
「本当に……、お前の様な兄がいたら羽衣も家で寂しい思いをしなくて済んだかもしれないが……」
「そうですか~? 昔は対抗心が凄かったですよ」
「喧嘩ができるくらいには気に入られてたってことでもあるだろ。興味ないなら、それ相応の態度になる……はず」
いやほんと、昔の羽衣は、男の子と接しているみたいな感じだった。
「うちの養子にしようと連れて行ったのだがな。……ぶっちゃけ息子も欲しかった!」
「そうしなかったじゃないですか!」
「だってお前、親って存在が苦手だろ。だから師弟の関係で妥協したんだが……」
一応、気は使ってくれていたらしい。
「それと……、これは純粋な頼みなのだが……」
師匠が言い淀むとは珍しい。
「羽衣が凄まじい押しで迫るだろうが……、耐えてくれ! いや最悪、耐えられなくても構わないのだが……」
「良いんですか!?」
「羽衣とそんな関係になっても、孫の顔を見せるのは、せめて娘が高校卒業した後で頼む!」
「何の心配してるんですか!?」
思わず大声をあげてしまったのだが、当の師匠はどこか遠い眼をしていた。
「お前達を見ていると……。昔の自分と妻を見ているみたいでな……」
「……その言い方だと……奥様って……」
「そ……そうだ。若い頃はかなーり押しが強くてな……。羽衣もその辺は似てしまったようだ」
師匠、当時の事を思い出して遠い眼をしていたのが、更に遥か遠方を眺める視線となってしまっている。
「……一つ聞きたいのですが、その話をするってことは、ご自分はどうだったんですか?」
その一言で、師匠は俺から目を逸らしてしまう。
「……負けたんですか!?」
「いや違う! 負けてはいない! 卒業した後で妊娠が分かっただけだ!」
確か羽衣の誕生日は十一月。そして奥様の年齢を加味して逆算すると……。
「思いっきり在学中に出来ちゃってるじゃないですか!?」
「だがセーフだ! ちゃんと責任取っているしな」
「師匠……、もっと硬い人だと思ってました」
「私だってお前と同じくらいの頃は、もっと砕けていたよ。この立場になると相応の振る舞いが必要になるだけだ」
たまーに素を見せる時、少し抜けてるなーとは思ってはいたが今の話は知らない方が俺の師匠へのイメージ崩壊がなくて良かったかもしれない。
(コイツラ……似た者師弟かもしれんヘビ)
何か駄蛇が凄まじくツッコみを入れたそうな顔してる。
「はあ……。とりあえず、羽衣の件は了解しました。師匠が自分の隣の部屋にあの娘を住まわせようとしたのって……」
「借家で一人暮らしさせると……、お前を連れ込みそうだからな。そうなると、仕事にも学業にも支障をきたすかもしれん。お前に何かあると、私としても組織としても困るんだ」
なんか……めっちゃ気を使われてる……。
「その辺は娘にも一応は言い聞かせておく。……効果があるかは分からんが」
「お……お願いします……」
少しばかり引きながら、席を立ち室長室から立ち去る。その俺の後ろ姿を眺めがら、師匠は物思いに耽っているようだった。
(対外的な評価を上げるためとはいえ、功は私達の科した課題をほぼ身に着けた。本人の資質もあるだろうが、根底にはやれなければ、また周りの大人に捨てられる……という疑念もあったはずだ。そして、そのせいで極限の状況においては、自分の命を軽んじてしまう傾向もある。あの子の心の傷痕は自分で思っているよりも深い。だからこそ、同年代の子達との交流で良い方向に向かってく欲しいものだ……)
その視線を感じながら俺は室長室をあとにした。




