第98話 短編その1 バレンタインの立ち回り
新年早々、海外から怪異がローラを追ってきてひと悶着あったり、その後も彼女が 日本に住むことになったりと色々あった。
2月に入ってすぐにローラと羽衣が俺の通っている学校の入学試験を受験して、今はスケジュール的に落ち着いている状態である。
「ねえねえ。最近、いろんな所の『|La Saint Valentin』のコーナーでショコラ沢山売ってるけど、何で?」
晩御飯の後、俺の隣で一緒に食器を洗っているローラが、頭にはてなマークを浮かべているような雰囲気で問いかけていた。
「ラ・サン……? ああ、バレンタインか」
「日本だとねー。バレンタインは女の子が男の子にチョコをプレゼントするんだよー」
質問に答えようとしたところ、居間でテレビを視聴していたねーさんが、そう返答してくれた。
元々は製菓会社の販売戦略だったらしいが、現在ではお決まりのイベントとなっている。
「ついでに言うとね。女の子が好きな男の子にチョコあげるからね。ローラも頑張ってね~」
「ふぇ!? そうなの!?」
その一言で、声が裏返ってしまっていたローラさんだった。
「しかし……、この家は日本人が少ないからの……。ワシらの国のやり方に則っても良い気がするぞい」
「ちなみに、皆さんの国ではどういった?」
そういや、そこまで気にしてなかったので、参考までに聞いておくのもありだろう。
「基本的には男が花を贈ったり、ディナー予約して一緒に楽しむものじゃな」
「……それだと俺の負担が凄くない?」
「ワシは花もディナーもいらぬ。じゃが、そろそろ寒造りの良い日本酒が出回るのじゃ! 寒造りの良いやつがな!!」
偽ロリ、酒欲しいコール連呼。
「ウィスキーボンボンって普通に売ってるはずだよな?」
「うわー。華麗にスルーしおったー」
そんな他愛のない会話をしてから数日後、ローラが学校から帰宅すると、慌てた様子で俺に手紙を差し出していた。
「コウ!? これ……、わたしの机の中に入ってて……」
「何だ? この指の関節が固まってるような、おかしな字の手紙」
その異様な字の手紙を読んでみる。
『サカキコウサマ ショウガッコウノサンカイジョシトイレニテマツ ヨルノジュウイチジニコラレタシ』
「坂城功様。小学校の三階女子トイレにて待つ。夜の十一時に来られたし。……果し状か?」
一体、俺を呼び寄せようとする存在は何者なのか――
その謎を解明すべく、俺は差出人の指示に従い、夜の十一時に小学校の三階女子トイレへと足を踏み入れた。ローラも一緒に。
「誰も来ないな?」
「だね~。ふぁあ……」
「無理についてこなくて良かったんだぞ?」
現在、指定時刻の夜十一時。小学校の三階女子トイレの中だ。その後、二十分程の時間がたったのだが、相手が現れる気配は無い。
ローラはこの時間に起きているのはかなり辛いらしく、あくびをしていた。
「帰るか」
そうして女子トイレから立ち去ろうとした時、トイレ内の三番目の扉が勢いよく、バンっと音を立てて中で待っていたらしい人物が大声で捲し立ててきた。
学校の七不思議の一人、トイレの花子さんその人だ。
「ちょっと待ちなさいヨ! ここに呼んだんだかラ、アタシの用件って分かってるデショ!」
「花ちゃん……、俺が女子トイレの個室に入るってどうかと思うんだ……。ここですらかなりアウト寄りのアウトだし」
「夜だから別に問題ないデショ」
ぶっちゃけ不法侵入なので、問題ありありなのだが。そこから三番の目のドアをノックして、花子さんの所在確認をしている俺なんて、不審者以外の何者でもない。
俺を呼び出した用件に関して、念のため確認してみる。
「……なあ、花ちゃん? 一日中トイレにいる霊のチョコって衛生的な観点でどうかと思うんだ」
「何でアタシがあんたにチョコあげなきゃならないのヨ!」
「じゃあローラじゃなくて、何で俺を呼んだんだよ?」
「取材ヨ! 取材! ホラ! 四階に行くわヨ!」
じゃあ最初から幻の四階に呼び出せばいいものを。と考えてしまったが、聞くと『トイレの花子さん』としての儀礼的なものらしい。
小学校の七不思議、普段は十二段しかない階段が十三段になっている時に現れる幻の四階へと足を踏み入れる。
「さーテ。取材開始ヨ!」
意気揚々と花ちゃんがそう宣言する。
「ローラちゃん? 単刀直入に聞くワ! バレンタインのチョコは誰にあげるノ?」
「えっ!? わたし!?」
突然、話しを振られてしまったローラがしどろもどろになってしまっていた。
「っていうか……、ローラの取材だったら俺が呼び出される必要ないよな?」
「エっ? 何言ってるのヨ。 ローラちゃんはついで。いるとは思わなかったからネ」
高校生の俺に何の取材が必要なのかと、内心めんどいなーとか思いながら耳を傾ける。
「それでネ。ローラちゃんの様子はドウ?」
「どう? とは……?」
「例えば……、誰にチョコあげるか悩んでるとか……、そわそわしてるとか……」
「そもそもローラって、日本式のバレンタインについては、こないだ知ったばかりでどうするかとかどころじゃないと思うぞ」
それを聞いた花ちゃんは、がっかりしたような表情となっていた。しかしすぐに拳を握り、自身の理屈を熱く語っていた。
「イイ! バレンタインは言わば聖戦ヨ! 聖戦! 女子は誰に本命チョコをあげるかで思い悩ミ、やっぱりちょっと恥ずかしいかラ、友チョコを配りなが~ラさりげな~ク本命を渡しタリ、または誰もいないところで勇気を出して渡ス! 男子はどれだけ貰えるカでクラスのヒエラルキーがまざまざと示され、ある者は笑い、またある者は泣ク! それを花子新聞に載せるのが年一回の大仕事でもあるのヨ!」
「に……日本のバレンタインって……怖い……」
花ちゃんの熱弁を聞いたローラは、あまりの気迫に圧倒されプルプルと震えている。ちなみに花ちゃんの声は俺がちゃんと訳している。
「それでネ。功に聞きたいのは、ローラちゃんが誰かに本命チョコをあげたらどうするのかってことネ」
「どう……って?」
「例えバ、ローラのチョコを欲しくば俺を倒せ……トカ! 若造にローラのチョコは百年早い……トカ!」
「俺は何か? 男子に嫌がらせする小舅か?」
花ちゃんの言い分に少々困ってしまっていた。そんなことを聞くために呼ばれるとは思っていなかったからだ。
「ローラちゃんの男子人気知ってるでショ。クラスの男子達、ピリピリしてるって噂ヨ」
「だからって俺にどうしろってんだ」
「その子達が諍いを起こさないヨウ、ローラちゃんにうまい立ち回りを教えなさいナ」
そういうことね。花ちゃんなりに心配してくれていたらしい。
「オーソドックスだと……、男子全員に義理チョコかな?」
「悪くはないけどネ。アタシとしてハ、功に本命あげるって宣言してくれた方ガ面白い記事が書けて良いけどネ」
「それはうまい立ち回りって言うのか?」
「功が男子のヘイトを一手に引き受けるんだカラ、悪くない策でショ」
……下手すれば悪女ムーブになりかねない気もする。
そんな会話を花ちゃんとしていると、ローラが何かを聞きたいような雰囲気をだしていた。
「どした?」
「コウが小学生の時ってどうだったのかな……って」
「俺……? そういえば……、義理以外で貰ったことないな。つってもまともに小学校通ってたの五、六年生だけだしなあ」
「そうなんだ」
と、そこまで話したところで、花ちゃんがローラと人体模型のもっさんを連れて、教室の隅に行ってしまった。もっさんは通訳要員のはずだが、何を話すやら。
「実を言うとネ。功って結構モテたのヨ」
「え? ええっ!?」
なんかローラがめっちゃ驚いて声を上げてる。
「ホラ。あれ、小学生の時に演劇大会で大立ち回りしたって聞いたデショ? ついでに勉強もできたからネ。運動も勉強もできる男子とか女子からしたら、ほっとくわけもないしネ」
「ふええ……。でも義理? チョコ? しか貰ったことないって。義理って、お友達にあげるのでしょ?」
「そうなんだけど……ネ」
少しばかり怪訝な顔となっていた花ちゃんが詳細を語りだしていた。
「功って任務で学校も休みがちだったノ。あと子供の頃って、浮世離れした雰囲気でネ。周りからしたら不思議君みたいに見えてたはずヨ」
「あー……。なんか分かるかも。コウって常識人っぽいけど、常識から外れてるもん」
「そうソウ。だから当時のクラスメイトもチョコ渡すの迷ってた子も多くてネ。ついでに親がいないってのもあったカラ、親同士の交流が無かったのも一因ネ。ま、知らぬは本人ばかりなりってところヨ。アタシらからすれば、よくこの教室に来て……あんな事した、こんな事があったって教えに来るガキでしかなかったけド」
「そっかあ……。良かった……」
ローラが思わず呟いたセリフに花ちゃんが間髪入れずに反応してしまう。
「へえ……。忍者カラ聞いてはいたけド……、外国のが大挙して来た時ニ、功がすっごい王子様セリフ言ってたらしいじゃなイ。その辺の事を詳しく聞きたいワ」
「やめてー! わたし、あの時は大泣きしちゃったから恥ずかしいの!」
「所構わず嬉し泣きするほど感激してしまった……ということネ! その時の気持ちを一言で表すなラ?」
「だから止めてってー!」
なんかローラがわーわー騒いでる。新聞製作歴、数十年のキャリアを誇る花ちゃんの掌の上で誘導尋問を受けている状態に等しいはずだ。
「さあサア! 白状なさイ!」
「はい。そこまで」
ぺしっと花ちゃんの頭に軽ーく手刀を入れて取材を止める。少々不満そうだが、ぶっちゃけもう深夜なので、帰って眠った方が良いだろう。
とりあえずローラを連れて帰宅することとなった。
そしてバレンタイン当日――
「はい! これ、みんなにだよ!」
ローラはお昼休みに鞄一杯に詰めたチョコレートを《《クラス全員》》に渡していた。
「わたし達にも?」
クラスの女子の一人が不思議そうに尋ねる。
「うん! わたし、六年生の途中から転校してきたのに、みんな仲良くしてくれたから! もうすぐ卒業だけど、本当にありがとうって意味で……ね」
満面の笑顔でそう言っていたローラに対して、クラスの雰囲気が一気に緩んでしまっていた。
(ぼくには無いのかなあ?)
「これは先生のです」
にっこりしながらローラは担任の先生にもチョコを手渡していた。
「ありがとう。途中からの転入だったのに、春から一緒にいたみたいに感じるよ。坂城が小学生の頃は勉強はともかく、少し浮いてたからなあ……」
「コウって結構、破天荒ですから。ひいお祖母ちゃんにそう言ってますけど、自分もです。わたしも最近、分かってきました」
「ははは。しっかりした家族ができたみたいで安心だ」
そんなほんわかとした雰囲気でローラはバレンタインを過ごしたらしい。
そして、彼女の帰宅後、偽ロリが俺にチョコレートを何が何でも渡そうと押し付けてきていた。
「さあ! これを受け取るのじゃ! そしてホワイトデーには、寒造りの純米大吟醸をお返しにすることを約束せい!」
「受け取らない自由って保証されてるよな?」
「そんなのないぞよ」
「よし、ローラが受け取るんだ!」
ローラの腕を取り、彼女の掌に偽ロリチョコが乗るようにしてやる。
「くっ!? 卑怯じゃよ。ローラに酒が買えんの分かっておるじゃろ」
「俺だって買えねーわ!」
そんなやりとりをしていると、ローラが冷蔵庫からラッピングしたチョコを手渡してくれた。
「はい。これはコウに」
「おっ。ありがとう。後でいただくよ」
チョコレートを受け取ったのだが、今度は偽ロリがからかってきていた。
「ほう? 昨日はローラのチョコ作り手伝っとたのう?」
「口出しただけな。俺が作ったりすると、特にローラのクラスの男子が可哀そうだ」
そう、昨日の夜遅くまで、俺とローラとついでにレイチェルねーさんもでローラのクラス全員分のチョコ製造を頑張っていたのだ。
俺は図解付きで効率のよいレシピを作成したので、実際に作ったのは、ほぼローラだけだったりする。
「ところで蛇にはないヘビか?」
「……確かさ、犬猫ってチョコ食べさせたらダメだけど……、蛇ってどうなんだろう?」
「蛇はただの蛇ではないので、多分大丈夫ヘビ!」
そんな駄蛇の頼みを聞き入れ、昨日の余りのチョコレートを実体化したヤツの口に入れてみる。
「駄蛇……、死んだりしたら骨? 骨は無いから刀は拾ってやる」
「縁起でもないこと言うなヘビ! もぐもぐごっくんヘビ。おー! これは美味ヘビ! もっと欲しいヘビ!」
駄蛇にも好評の様である。なので、さっき貰ったチョコを俺も口に入れてみる。
「ん。うまい。後でおやつにいただくか」
「そっかあ。良かったあ!」
ぱあっと笑顔になったローラを見ていた偽ロリは、澄ましたような顔を浮かべて何やら満足そうにしていた。
(それ、功が寝てから頑張って作ったやつじゃからの。ちゃんと味わって食べるがよい)
おかしな視線を浮かべながら、俺を見る偽ロリに背を向けて部屋へと戻ってチョコレート堪能させてもらったのだった。




