第97話 本当のはじめまして
ローラの帰国当日、事後処理を終えた師匠達や、俺を含む若手メンバー。そして、先日の騒動の際、ローラに力を貸してくれていたらしいカズさん達も空港まで見送りに来ていた。
駄蛇に関しては本体が刀のため、空港に持ち込むことは出来ずにお留守番となっている。
「幼子も……帰るのか……。一件落着だ。おめえとしても上々の結果だろ?」
「カズさん、一つ聞きたいことがあるんだが……」
俺の言葉に首を傾げているカズさんであったのだが、この場にいるもう一人の幽霊を指差しながら質問を飛ばす。
「戦闘中だったし、その後も入院していたから聞きそびれてたけど……、この霊って誰?」
俺の指が向いている方向には、カズさんと一緒に戦ってくれた霊が佇んでいる。
(功の知り合いじゃなったのか!?)
(コウの友達だとばっかり思ってた……)
(兄様の知人じゃなかったのですね……)
その様子を見ながら凄まじく意外だといった感じの忍たちであった。
「ふむ……。こいつは儂の知己でな。コレトーでもヒコさんでも、十兵衛……は他に有名人がいるからダメか。ま、好きに呼べや」
その呼び名で誰なのかを察してしまい、小声で耳打ちしてしまう。
「この人と一緒にいて、さぞかし苦労されたでしょう?」
「ははは……、まあそれなりにですな。それよりも碌にお力になれず申し訳ない」
「いえいえ。あの場に残っていただけただけで、どれだけ心強かったことか」
初対面の挨拶を終えて、ローラの方を向く。日本で彼女が出会った人達と別れの挨拶をしていた。
「ローラ。帰ったら連絡頂戴ね。時差があるからすぐには返信できないかもだけど」
「レイチェルも、あんまりコウを困らせないようにね?」
ねーさんの生活態度には未だに思うところがあるらしく、やんわりと注意をしている。
「ローラさん、またいらしてください。その時は、わたしも都内にいますから」
「うん! ウイさんも元気でね」
俺やねーさんより年の近い羽衣とは、短い付き合いではあるが結構気が合っていたようだ。
「あっちに帰ったら、好きなだけ親御さんに甘えてこいよ。今まで大変だったんだからな」
「そうそう。今頃、首をながーくして待ってるよ」
「シノブもミサトもありがとう。夜の小学校、今思い出すと結構楽しかったよね」
ローラが体験した小学校の調査を思い出しながら笑い合っていた。
そうして最後に俺が彼女の近くに行く。
「達者でな。また困ったことがあったら連絡くれ。すっ飛んでく」
「コウもあんまり無茶しちゃ駄目だからね! すっごく心配したんだから!」
……俺だけお説教になってしまっている。あの様だったから仕方ないけど。
「その……。それでね? 少しだけ……しゃがんでもらっていい?」
ローラの言葉に従い、彼女と目線を合わせるように屈んでみる。すると、ローラは視線を後ろにいる羽衣とレイチェルねーさんの方へと一瞬だけ向けてから、俺の右頬へ顔を近づけて来た。
チュッ。
「えっ?」
頬に柔らかい触れる柔らかい感触に、少しばかり呆けてしまう。
(あー……。こうなっちゃったかー。まあねー。うん)
(兄様頑張りましたし、でも……、ううう……)
後ろのねーさんと羽衣は、それぞれ困ったような表情だったそうだ。
「ローラ? これ……」
「えっと……。そのね? カズさんが……、望む未来を歩みたければ、戦え、そして勝ち取れって……」
とりあえずローラが何やら説明したかったらしいのは理解したが、カズさんの方へ接近して威圧的な態度を取ってしまう。
「ローラに何吹き込んだ!?」
「待て! 誤解だ。濡れ衣だ! 儂、すっごく良い事しか言ってねーから!」
幽霊なのに脂汗ダラダラなカズさんであった。その後すぐに、偽ロリがめっちゃ真剣な表情で俺へと近づく。
「まあ、落ち着くのじゃ。あそこまで身を粉にしたお主がモテるのは仕方あるまい。ただの……」
俺の予想ではからかわれると思っていたのだが、偽ロリはその真剣な態度を崩すことは無かった。
「ちゃんと一人を選んで他を振るのならば、まあワシが慰めてやる。ただし、女心を弄んだりしおったら、薔薇な兄貴達にアッーーーー! される呪いかけてやるからの」
「その一言だけで色々と台無しだよ!」
思わずツッコみを入れてしまったのだが、俺達の後ろにいた大人達も何やら話している。
「やはり、私としては自分の娘には頑張って欲しいが……」
「僕は子供の頃から知っているレイチェルかな?」
「じゃあオレは嬢ちゃんとくっつく方にするか」
「三人とも、悪趣味ですからね」
美弥さんに注意されながらも、師匠と月村さん、彌永さんは俺の行く末を話しながら、こちらを見てニヤニヤしていた。
「じゃあね! みんな本当にありがとう!」
元気に手を振りながら、偽ロリ同伴で空港内の搭乗ロビーへと向かって行った。
ローラが帰国して十日ほど経ち、今まで四人と一駄蛇の住まいだったのに二人いなくなっただけで随分と広くなったと感じていた。
「あー……。娘っ子がいなくなったから、食べ物も食えねーし、酒飲めねーヘビ。話し相手も小僧だけヘビ。つまらんヘビ」
駄蛇はローラが帰国してしまったので、実体化をする手段が失われ、たらたらと文句を言いっぱなしだ。
俺はというと、まだ完調ではないと判断され、任務については免除されている状態だ。なので普通に学校に通い、家に帰ってからは仕事をしているねーさんの帰宅に合わせて晩御飯の準備等の家事をするのが日課となっていた。
「あのなあ……。ローラがいる方が特殊な状況だったんだから、これで良いんだよ。つーか贅沢を覚え過ぎだ」
「そこをどうにかするのが持ち主の役目ヘビ。でねーと夜な夜なヘビそんぐを歌って安眠妨害するヘビ」
なんつー俺迷惑な駄蛇だろうか。
そんな他愛のない会話をしていると、玄関の扉が開く音が聞こえ、ねーさんが帰宅する。
「たっだいまー。今日のご飯はなーにかなー」
「今日のおかずはハンバーグだぞ」
「やったー!」
大喜びのねーさんが食卓につくと、頬杖をつきながら雑談を始めていた。
「ねえ……。蛇が色々と訴えかけてきてるけど? あたしには何言ってるか聞こえないよ」
「俺が飯も酒も与えねーヘビ。姉としてきっちり躾けるヘビ。だそうだ」
「ローラがいないと不便だよねー。今までは当たり前に実体化させてたから」
駄蛇に関しては、ローラの持つ霊体実体化能力の練習台といった存在でもあったのだ。当の本人がいなくなってしまったので、もうそれも叶わない。
「ま。ほっとけばそのうち慣れるだろ。それと――」
ピンポーン。
インターホンの音が居間へと鳴り響く。ねーさんが帰宅したので鍵をかけている状態だし宅配便でも来たのかと、ドアスコープから外を確認する。
来客の姿を見てすぐさまドアを開けてしまった。
「るーばあもローラも……何で!?」
「うむ。出迎えご苦労。とりあえず入れてくれんか? 真冬じゃから寒くてかなわん」
確かに外にそのままというわけにはいかないので、家の中に入れて居間まで通し、ソファに座らせると、偽ロリが開口一番にこう言い放った。
「ローラ、日本で暮らすことになったからの。今まで通りよろしく頼むぞい」
「「何で!?」」
俺とねーさんの声がハモってしまう。大体、ローラのが日本へ来ることになった元凶は取り除いたはずだ。
「そこは……、霊体実体化についてはコントロールできるようになったものの、修行もまだ途中であったし、何より……本人の希望なのじゃよ」
その言葉を聞いてローラの方を見ると、少しばかり俯いてしまっていた。
「いやー。凄かったぞい。自分の両親を説得するため熱弁するローラはの」
「ルーシー……。やめてえ……」
「わたしは絶対に日本へ行って、ちゃんと怪異への対処法を学ばないと、ここにいても迷惑になる……とか。心配な人がいるから絶対に行かなきゃ……とか!」
その様子を実際に見て来た偽ロリは、もう面白いものを見たとばかりに嬉々として説明を行っていた。
「それとこれ、お主宛ての手紙じゃから読んでみい」
偽ロリの差し出した手紙を開き、みんなにも聞こえるように読んでみる。どうやらローラの両親が俺に宛てたらしい。
「この度は、私達の娘が大変お世話になりました。感謝の言葉もございません。つきましては、彼女の希望通りにしますので日本に滞在する間、娘のことをお願いいたします。また、我々も折を見て日本へと伺いますので、その際は娘との関係についてじっくり話し合いたいと考えております」
「……なあ、最後……。とっても不安になる文章が羅列されているんだが?」
その問いにうんうんと頷きながら、経緯の説明を始めていた。
「ローラの両親からすればの。一応、許婚の約束はしたとはいえ、ここまで必死になるのは、まだ十二歳の自分達の娘が、顔も知らない遠い国の男に誑かされたのではないかと思ってしまったじゃろう」
凄まじく嫌な予感がする偽ロリの説明に、思わずヤツの両肩をガシッと掴み、グラグラと揺らしながら迫ってしまう。
「ちゃんと説明したんだよな!? その場に同席してたんだよな!?」
「勿論じゃよ。なのでワシも言葉だけでなく、ちゃんとした証拠を以って説明をしたのじゃ」
そう言いながら、偽ロリが取り出したのはヤツのスマホであった。それを操作すると、映像と共に俺自身の声が聞こえてきていた。
『突然、日本に来ることになって、あんな連中と戦う術を教わることになったんだ。ローラみたい普通に暮らしていた子が親元から引き離されて……な』
『今まで本当に頑張ってただろ。帰りたいと思ったことだってあっただろ? だったら、アイツらを説得して諦めてもらうか、二度とローラに手を出す気にならないようにボコれば、それで元通りだ。後は俺らに任せろ』
それはローラを追って来た怪異共を迎撃すべく集まった際に、あの娘へと言っていたセリフだ。
「あの時のイケメン全開シーン動画に、ちゃんと感動的なBGMとフランス語字幕を編集で追加して、ワシの臨場感溢れるナレーションで、お主がどれだけ必死にローラを守っていたかを熱く語ったのじゃ!」
偽ロリはサムズアップして、いい仕事したとばかりに、爽やかな笑顔を見せている。
(ルー……。あのシリアスな場面で動画撮影してたの!?)
普段は細かい事を気にしないレイチェルねーさんですら、呆れたような表情となっている。
「その結果、まあ……確かに若い男のいる家に、娘を一人で送るわけにもいかないといった話になり、ワシもしばらくはローラの保護者として、この家に住むこととなった。異論はないな?」
「だったら事前に連絡くれたっていいだろ。こっちだって準備ってものがだな……」
「サプライズの方が面白いじゃろう?」
偽ロリなら、この程度は絶対にやるといった謎の信頼感のせいで、もう何も言えなくなっていた。
俺も少しばかり呆れていると、さっきまで俯いていたローラが少しだけ顔を赤くしながら、俺とねーさんの方を向いて立ち上がる。
「その……。改めて……になるのかな? わたしはローラ・ソフィー・ロベールっていいます。またこのお家に住むので、よろしくお願いします」
前に来日した時には怪異からの追跡を避ける為に、名前のみの紹介で本名を名乗れなかった目の前の少女は、自分のフルネームを口にして俺達へと可愛らしい笑顔を向けていたのだった。
これで第一部終了となります。
第二部はおいおい投稿していこうと考えています。




