第96話 戦い終わって……
『先日発生した〇〇地区への落雷を受けて、地中の不発弾誘爆の可能性があるとして、自衛隊の不発弾処理隊が出動していましたが、爆発する危険はないと正式に発表され――』
何かのニュースが耳に聞こえながら、目が覚める。
その目に映ったのは自分の部屋とは違う天井。何でここで眠っていたのかと考えてしまうが、すぐさま戦闘中であったことを思い出して起き上がってしまった。
「兇魔は!? いっ……つ……!?」
「まだ動くでない。重症には変わりないからの」
そう言われ、静かにベッドに横たわる。そのまま目だけを動かして、ここが病室であることは理解し、本を読みながら付き添いをしていたらしいルーシーへと問いかけてしまう。
「俺……、何で生きてんだ……?」
「蛇に感謝するのじゃな。雷に打たれる直前、お主の右手に巻き付きながら、刀身は地に刺さるようにしておった。それで落雷の何割かは地面に逃げたようじゃよ」
偶然か、あいつが狙ってやかったまでは分からないが、アースの役割をしてくれたって事か。
そして、かろうじて意識を保って、立っていられたのは、あいつがそうやって杖代わりになっていたからだそうだ。
「俺が相手してた兇魔は?」
「順を追って話そうかの」
読んでいた本をパタンと閉じ、俺が意識を失ってからの経緯を語りだしていた。
「功、よく頑張ったな。あとは任せろ」
俺が意識を失う直前に聞こえてきていたのは、前線へと赴いていた師匠だったらしい。
その師匠は、朦朧としていた俺を支えていた。
「――!」
兇魔が師匠へ……否、自分に傷を負わせた俺を許さないとばかりに、その命を奪うためにその爪を突き立てながら走り来る。が――
「薄汚ねえ手で、そいつに触れようとするんじゃねえよ!」
彌永さんの一刀から放たれる、常人では視認不可能な複数回の斬撃により、兇魔は両腕と翼が体から切り離される。
それだけではく、次は女性の声が聞こえてきていた。
「往生際が悪すぎるわね……。さっさと消えなさい!」
いつの間にか、兇魔の眼前に姿を現していた美弥さんが掌底を放ち、その手が触れる瞬間、掌をねじ込むような動作を行う。
「――!?」
兇魔はその攻撃を受け、血液の様な物を口から噴き出す。たまらず、数歩だけ後ずさったヤツを追撃するかのように、遠方から襲来した弾丸が額と胸部、両膝を穿つ。
「よくもまあ……。好き放題やってくれたものだ。報いは受けてもらう!」
近くのビルの屋上から、先日の演習で使用したライフルを構えていた月村さんの姿があった。
そして、俺を地面に横たえた師匠が一歩前に出る。
「風薙斎祓・極式。『神威ノ断』」
まるで巨大な鉄格子にも見紛うほどの無数に折り重なった風の切断刃が兇魔の眼前へと展開され、それが通り過ぎた後には、ヤツは細切れになり消滅していった。
「いやー。ワシも一撃くれてやろうと思ったのじゃが……、兇魔も落雷で虫の息だったとはいえ、見事なまでのオーバーキルっぷりで、その余裕もなかったわ! 全員ブチギレで、ドン引きしてしまったぞい! お主、愛されとるのぉ!」
「お……おう……。そうか……」
偽ロリはあっけらかんと喋ってくれているが、四人がかりとはいえ、あそこまで苦戦を強いられた相手を簡単に倒されてしまうと微妙な気分となってしまう。
「それとの。あまりうるさくするでないぞ」
そう言いながら偽ロリの指差した方向には、病室付き添い用の寝具で眠っているローラの姿があった。
「お主が目覚めるまで帰らないと、言って聞かなくての。一人で泊めるわけにもいかんし、ワシが付き添っていたというわけじゃ」
「心配かけちまったか……」
二人でローラの姿を見ながら、少しばかり無言となってしまう。
その後、思わず口を開いてしまった。
「るーばあ……。俺、まだまだだった……。相手がどれだけ強くても、負けた言い訳にはならないんだから……さ」
その一言を聞いた彼女は、一瞬だけ真剣な眼差しになるも、すぐにいつもの人を食ったような笑顔を見せる。
「そもそもじゃ。ワシという空前絶後の魔女を先祖に持つとはいえ、神屋や美弥の様に歴史ある家柄でもなく、彌永の様に数十年戦い続けたわけでなく、真司の様に天才的な頭脳を持つわけでもなく、レイチェルの様に戦闘向きな能力を生まれ持つわけでもなく、ローラ程の卓越した才に恵まれておるわけでもない、術者としてはぽっと出に近いお主が一度や二度ボロボロになった程度で、一丁前に落ち込むなんぞ十年早い」
「あのなあ……!」
あんまりな言い分に文句でも言ってやろうと、思わず上半身だけ起き上がる。その瞬間、懐かしい温もりに包まれていた。
「じゃが……。そのお主が……、本当によう頑張った。むしろ今回はワシの不手際でもある。封印を強化しておったが、一体だけとはいえ出してしもうたのだから。済まなかったの」
るーばあが俺を抱きしめて、優しく頭を撫でている。
「強くなったの。体も心も。消耗した状態でも、あそこまで戦い、皆を守ったのじゃ。胸を張れ」
その言葉に思わず涙を流しそうになってしまったが、そんなの見せたくなかった。
「子供扱いすんな」
「まったく……、昔はハグすれば一日にこにこで上機嫌だったというに」
「そういうとこが子供扱いだってんだ!」
そう言われ、俺を離したるーばあだったのだが、今度はからかう様な表情でおかしな提案をしてきていた。
「ならば動くのが辛ければ、家に戻ってからトイレでも風呂でも世話してやるぞい。どう成長したのか全身くまなく見てやるからの」
「やめろ。このセクハラロリ」
「風呂ならばワシだって見られるのじゃから、おあいこじゃろ」
「おめーの裸なんぞ見て何の得になるってんだ!」
いつものノリで言い合いをしてしまっていたが、そのせいでローラが目を覚ましてしまったらしい
「ん……? ううん……。コウ?」
寝ぼけ眼で俺を認識したローラが今度は大泣きしながら抱き着いてきていた。
「コウーー!! 起きたの!? よがっだーーーー!!」
「……!? ……っう!?」
あまりにも強く抱き締められたため、傷に響いてしまい全身に激痛が走る。
「これローラ! 意識は戻ったが絶対安静じゃからな! そんなことすると傷が開きかねん」
「ああっ!? ご、ごめんなさい!」
慌てながら俺を離すローラだった。その一方で病室の外で俺達から見えないようにしていた人間が何人いたようだったが、中に入れずに面会スペースに行ってしまっていた。
「……さっきのルーの言葉。……耳が痛い」
「わたしもです……。あの戦闘中でも兄様はわたしの援護をしながら戦っていました……。それがなければ、その後でももっと余裕があったのかもしれなかったのに……」
「それに……、最初に術で大量の罠を仕掛けたのもコウなんだよね……。もしかしたら、そういった消耗がなければ、あの兇魔とも互角以上に渡り合えていたかも」
ねーさんと羽衣が項垂れていた。自分達は俺よりも術者として恵まれているはずなのに……と。
「強くなろ……。今度はあんな無茶させないように」
「そうですね。わたしも兄様に頼りっきりになるわけにはいきません」
視線を合わせ、二人は同時に頷く。そこへ、更に二人の人間が加わっていた。
「俺達も加えてくれ。あの時……、逃げるだけしかできなかったからな」
「うん。その……、わたしにも色々と教えてください。これから先、絶対に必要になると思うから」
忍と美里さんも決意を新たにしていたようだ。
そして冬休みが終わり、新学期が始まってすぐに退院した俺ではあったのだが、程なくして、ローラが帰国することになった。




