第93話 vs人狼
封鎖区域某所。術者達が待機できなかった位置にて、機関銃の発砲音と、もうサイコーとばかりの笑い声が響き渡っていた。
「ふははははは!! なにこれスゲー! 見ろ、化け物どもが瞬く間に倒れてくぞ!」
月村真司製作の対魔大型機関銃『孔雀』。本来は魔力を使用できる人間用であり、弾に自身の魔力を流し込むことで、怪異に傷を負わせることができる武装のはずのだが――
「幼子、どんどん魔力を回せ! 儂等の実体化も忘れずにな!」
現在、ローラは自身で作り出している魔力糸を二人の霊に括り付けて、そこから実体化と弾に込める魔力を流している状態だ。
本来ならここまでの弾数に魔力を込めるのは、数年の修業が必要となるはずだが、ローラの才能によりそれを可能としている。
「お館様の読みが当たりましたな。やはり伏兵がおりましたか」
「あのガキじゃねえが、こういった悪い予測ってのは当たっちまう。それよりも……」
カズさんが目をやったのは、この場に赴いているもう一人の女性、月村美弥であった。
「ここから先に行きたかったら、私を倒すことね……。させないけど」
彼女はまるで重力など無視するかのような軌道で、怪異達を次から次へと投げ飛ばしては地面に叩きつけている。
「なあ……。あの女……おかしくね? 霊体が投げられたところで、だめぇじってないと思うのだが……。儂だって航空機から飛び降りたって痛くも痒くもなかったぞ……」
「んっと……。地面からの力を自分の物として利用する……とか? ミヤさんのお家は、そういうのを伝えてたって……」
「重力……というより地に満ちる魔力を利用する家柄か……。おっかねーのばっか揃ってんな、対策室は」
ローラの説明に冷や汗を垂らしながら、機関銃の引き金を引き、怪異達を一掃していったカズさん達の一方で――
対峙している人狼の姿が視界から消える。それに合わせるように、自身も足裏に『風』を敷き、地を滑るようにして奴の攻撃から、その身を躱す。
(兄様……、風の技は苦手って言ってましたけど……、今の『颯迅足』は、わたしより速い!? それにさっきまで戦いながら、わたしの援護まで……)
羽衣も、俺達の戦いを横目で見ながら怪異達と戦ってはいるが、そのレベルの高さに思わず固唾を飲み込んでしまう。
「やりますね……。魔力を扱えるとはいえ、人間があの速さについてきますか」
「あの程度でスピード自慢とか……、今まで戦ってきたのは、自分より弱い奴だけなんだろうな」
「いやいや、これはお恥ずかしい。しかし……、そう思われては心外ですね!」
人狼が更にスピードを上げて俺へと襲い掛かる。
喉元、脇腹、眼球、心臓。一撃一撃、喰らえばただでは済まない攻撃が絶え間なく続く。
それを捌き、奴の真後ろから駄蛇が首元へと噛みつこうとしているが、まるで察知させているかのように躱されてしまう。
……視線も躱し方も足運びも駆使して、奴の視界に映らないようにして駄蛇が襲いかかったはずなんだがな……。
「おや? 納得がいきませんか。先ほど、わんころと仰いましたが、これでも鼻は利くのです。特に危険な気配には……ね」
「野生の勘とか……ずれー」
棒読みでヤツを批判してやるが、こちらとしては決定打に掛ける。ふと羽衣の方に目をやると、彼女一人でほぼ倒してしまっていたらしい。
とはいえ、俺の相手している人狼は段違いであるらしく、助太刀しようにも自分では足手まといになる懸念があるようだ。
後はあいつ一人だけ……か。なら……。
「羽衣! ここは俺一人で良いから他に行ってくれ」
「えっ!? でも……」
「これからやるのはお前がいると、マズいから」
そこまで言うと羽衣は、こくんと頷き、魔力が激しくぶつかっている方向へと走って行った。
「ほう……。あの少女を狙うとでも思われましたか。健気なものだ」
馬鹿にしたような口調の人狼に、こちらも言葉を返す。
「なあ……。お前さ、ルーシーから……ローラを狙うの止めろって警告されなかったか?」
「ええ。ですが、あの調停者を気取った魔女の言う事を聞く必要はありません。あの子供の能力は我々のためにある様なものですよ。肉を持ち、影に隠れることなく、その力を振るうことができる……。あの能力は素晴らしい!」
「は……ははは……。馬鹿だろてめーは」
いきなり笑い出した俺に不愉快とばかりの貌となっていた人狼であった。
「まったく……、あのルーシーが何で日本に来たのかも分かってねーんだな」
「我々から逃げて来ただけでしょう?」
「それが馬鹿だってんだ。俺程度と互角な奴から逃げる必要なんてないんだよ。何で自分より圧倒的に弱い奴から逃げなきゃならないんだか」
その言葉に更に怒りで貌が歪んでいる人狼がそこにいた。
「あいつはな、馬鹿の上に更に大馬鹿が付くほどのお人よしなんだよ。お前らだってできれば傷つけたくない。人間とも関わって楽しくやりたいってスタンスだからな」
そう、あの面白いこと大好き魔女はそうやって今まで生きて来たのだ。ローラにもここで普通の暮らしをさせながら、術者としての力をつけようと連れて来たはずなのだ。
「そのアイツが手を出さないのを良いことに、好き勝手やったんだろ? ローラだけじゃなく、その親にもプレッシャーかけたんじゃないのか?」
「確かにその通りですよ。さっさと娘を差し出していれば――」
「大体な……、てめえ一人で敵わないのが分かってたから、大勢の仲間を引き連れてやって来たんだろうが! ルーシーに実力でも劣って、出し抜くことも出来ないからってな。この弱虫わんころ!」
「貴様……! その口を……永遠に閉じるのが望みの様ですね!」
俺の皮肉交じりの挑発に対して、怒りを隠さずに命を狙ってくる人狼の爪牙を受け止め、どてっ腹に蹴りをくれてやる。
「貴方……、何者です? さっきの攻撃は魔力なしで……?」
一度、放出していた神気を体の内に仕舞い、数秒程の収斂を行う。
半径30メートル。持続時間は10分ってとこか。
「異様な能力だ。そういえば、貴方もあの魔女の子孫でしたね……。その能力を使う前に死んでもらいましょうか!」
わずかに恐怖を感じたヤツが再度、俺へと疾走しようとしている。が、その前に俺の切り札が先に発動することとなる。
「『風薙斎祓・外式――』」




