第92話 戦う意味
封鎖区域での作戦行動の最中、室長室にて現場と本部での情報処理等を統括している室長――神屋明澄は、部屋の外に人間以外の気配を感じ取っていた。
敵意は感じられないものの、念のため室内でローラと共にいる月村美弥に対処を命じた。
「美弥君、済まないが……」
同じく気配を感じ取っていた美弥も即座に戦闘を開始できるように準備をして、扉を開けながら、相手を組み伏せる。
「ちょっと待て! 黙ってここまで来たことは謝っから、離せって!」
何やら言葉を発しているらしい霊に見覚えのあるローラは近づき、 その顔をまじまじと見つめている。
「カズさん?」
「おお! 異人の幼子。離すように説得してくれい!」
霊の言葉が聞こえないローラにとっては、なにやら必死に訴えかけている様にしか見えていなので、身振り手振りで頑張るしかなかった。
儂、敵、違う。幼子、話したい、実体化、頼む!
なんとなくその意味を理解したローラが、カズさんの実体化を行う。
「痛てえから離せって! 敵じゃねえよ。ってか何があったんだ!?」
「美弥君、離して大丈夫ですよ。それと部屋の外の方も入ってください」
もう一人の霊も室長の言に従い、部屋へと入る。カズさんと同時代の霊なのは見て取れる。
「お館様……、さぷらいずで驚かそうなどとするのはどうかと……」
「考えていたより……、深刻な状況のようだな。いきなり組み伏せられるとは思わなんだ。何があった? 幼子は儂を掴んだままでな。会話できなくなる」
実体化をして彼の言葉が伝わるようになり、これまでの経緯を説明する。
「成程な……。訳ありなのは知っとったが……、外国の化け物が大挙して押しかけていたとは……」
そう言いながら、ローラの方に視線を向けると、彼女は不安と恐怖が入り混じった表情を浮かべている。
「して? 布陣はどうなっている?」
神屋はモニターに現在の状況を映し出し、その説明を行っていた。
「ババアは中央で結界維持。……一人でこの範囲すっぽり覆えるっておかしくねえ? そこはまあいい。あとは罠の設置と抜けた奴は各個撃破……か。マズいな」
「えっ……?」
「こっからでも感じるが……、あのガキも全力でやってやがんな? 幼子の件もあろうが……、そうしなけりゃ鎮圧できねえからだ。違うか?」
その一言で痛いところを突かれたとばかりに苦い顔をする大人達であった。
「万が一、伏兵でもあった場合、そこから瓦解しかねん。増援は結界に遮られるだろうがな」
現在の状況に対する問題を分析して更に言葉を続ける。
「本来なら、てめえらのどちらか一方が出張る必要もありそうだが……、そうできねえ理由があるな?」
「……カズさん……と、お呼びして良いのか迷ってしまいますが、どこまで見えているのですか? 正直、驚嘆の念を抱いてしまいます」
責任者である神屋も、その読みには冷や汗をかいている。
「ふっ。この儂だぞ? あんのガキは叩いたり縛ったりするが、この位は読めなけりゃ名なぞ残せん」
「コウ達……負けちゃうの……」
カズさんの言葉に更に不安がにじみ出てしまったローラに対して、カズさんはしゃがみ、目線を合わせる。
「これはな。個人の力だけの問題じゃねえ。自衛隊ってのも参加しちゃあいるが、まだ術者と対等とも言えん。最低、あと一手は必要となろう」
「どうすれば……良いの?」
その問いに数秒だけ目を閉じ、ローラの眼を真っ直ぐに見据え口を開いていた。
「儂はな……。死したのち、世界を周っていた。生前に見た地球儀の通りの広い世界がどうなってるのか……とな」
突然の自分語りを始めるカズさんであったが、あまりにも真剣な眼差しに、ただ耳を傾けるしかなかった。
「結果は散々であった。世界のどこに行っても人は戦い、奪い、その繰り返し。儂が夢見た世など、どこにもなかった」
その話はあまりにも子供のローラには理解するのには、あまりにも重すぎるものだった。
「だがな。その中にあって、力なくとも懸命に生きて来た者達もおる。むしろ、そのような者達が今日までその歴史を紡いできておるのだ」
「うん……」
「人が生きる以上、不条理や理不尽は誰にでも襲い掛かる。だがな……、それに立ち向かえるのも、また人の強さなのだ」
神屋と美弥には、カズさんがこれからしようとすることに予想はついていた。だが、その言葉を遮ることができなかった。
「幼子、お前はどうしたい? 自身のどんな未来を望む?」
「わたしは……、コウとレイチェルとルーシーとまた楽しく暮らしたい……。学校に行って、帰ったら一緒にご飯を食べて、ヘビさんとも遊んで……」
小さな、本当に小さな声だったがその答えを聞いたカズさんが、彼女の肩に手を置き、更に言葉を紡ぐ。
「ならばこの不条理に抗い、戦い、自身の望む未来を勝ち取れ! 守られるだけでも悪くはない……が、儂はその意志こそを尊ぶ」
「けど……、わたしには……」
「確かに意思があろうと力なくば犬死にだ。しかし! 幼子……、ローラといったな。此度はこの儂が貴様の力となろうぞ! 貴様の能力があれば、儂等にもここにある武具が扱えるのでな!」
そこままで、神屋からストップがかかる。
「護衛対象をわざわざ戦場へと連れて行くのは、賛成できませんね。でしたら自分で、でば――」
「てめえは万が一のためにここにいる必要があんだろうが。それにな……、この娘だけ守っても意味ねえんだよ。……さっきの望みを叶えるためにはな」
それを聞き、今度は美弥が室長へと進言をしていた。
「私が出撃しましょう。元々、この場での護衛は私ですからね」
「おっ。そうかそうか。ならば戦場では背中を任せる。んで――」
「不利になったと感じたら、真っ先にローラちゃんを連れて離脱しますから、ご心配なく」
にっこりとそう言い放つ美弥に対して、この女、マジでそうするな……と感じていたカズさんであった。
「一つだけ……。何故、貴方はそこまでするのですか? 本来ならそこまでの義理はないでしょう?」
神屋の質問に少しだけ振り向き、カズさんは視線を合わせながら面倒くさそうに答えている。
「理由はいくつかあるが……、一つはこないだ、けいくと珈琲を馳走になった」
「あれはカズさんが勝手に食べて逃げた」
「ローラよ。そこは内緒でな?」
シーっと口を閉じる動作を見せていたカズさんだったが、その言葉を続ける。
「二つ目は……、てめえの先祖には、あの寺で化け物に襲われた際、助けられてな」
「……!?」
その事実に意外とばかりに目を見開かざるを得なかった神屋であった。
「つっても、あの神風使いが駆けつけた時には、儂は致命傷を負っていてな。もう捨て置けと言っても聞かず、炎の中から外に運び出して、誰にも見つからない山中で丁寧に葬られたのよ」
「あの時は救援が間に合わず、本当に申し開きが――」
「あー。うっせえうっせえ。もう済んだことだろうが」
カズさんと一緒に来ていた幽霊が本当に申し訳なさそうに、ぺこぺこと何度も頭を下げている。
「最後は……、あのガキは霊になってから出来た友だからな。損得勘定を抜きにして付き合えるおもしれー奴だ。失うのは惜しい」
「そう……ですか……。功もいい友人に恵まれましたね」
神屋の一言に、人懐っこい笑顔でを見せるカズさんだった。
「おし! 行くぞキンカン! 武器庫から適当に借りてくからな! ぶっ放してみてえのもあったんだ! 思いっきり行くぞ!」
子供一名、幽霊二名、女性一名の四人は戦場へと向かう準備に取り掛かるために、部屋を後にする。
「最後に一つだけ。多分、功は凄まじく怒ると思いますので、覚悟しておいてください」
一瞬だけ、動きを止めたカズさんが脂汗ダラダラで振り返っていた。
「……そこは、お前から説明してくれん?」
そう懇願しながら、時間もないとカズさん一行は戦場へと向かって行った。




