第91話 前室長の参戦
俺が人狼との戦闘を開始したと同時に、散らばっていた対策室メンバーもそれを感じ取っていたらしい。
「先輩、これは参りました……。分かりますか?」
「俺は術者じゃねえから、そこまではっきりとは分からねえが、坂城のいる方向から威圧感みたいのが流れてきてんな」
月村さんと権田原さんの両名は、相手を見据えながらそんな軽口を叩いている。
「ええ……。功のやつ、全開でやってます。こんな気合いが入ったのを見せられたら……、先輩として、兄貴分として手を抜くわけにはいかなくなりましたよ!」
月村さんは自分用の武器が搭載されている巨大な箱の様な物から、ゴツイ拳銃を二丁取り出し、怪異に対して戦闘行動を開始していた。
一方、レイチェルねーさんと一緒にいた忍と美里さんも俺の神気を感じ取ったらしく、目を見開いていた。
「なんだこれ……!?」
「だってコウって魔力の出力が並の術者の5、6倍はあるからね。あたしが数時間かかる結界構築を一時間かかんないから。でも……、だからって」
ねーさんは自分専用の装備であるトンファ―を振り回しながら、トラップを抜けて来た怪異の一体へと激突させる。
「―――!?」
彼女らには怪異の声が届くことはないが、それでも消し飛ばされた自分の腕を目の当たりにして、恐怖で顔が歪んでいる。
「コウにばかり良いカッコはさせないよ!」
その気迫と特異な能力に対して、後ずさる怪異たちであったが、ねーさんは更に奴らに警告を発する。
「あたしはコウみたいに優しくはないから、消え去りたくなかったら投降して。そうじゃない場合は、ここで塵にしてあげる!」
その能力の全てを持って、この戦場を戦い抜くと高らかに宣言していた。
封鎖区域中心で区域全体を結界で隔離していたルーシーも各地で開始された戦闘の気配を感じ取っていたのだが――
「勘の良い奴もおるの……。真っ先にワシを潰しに来たことは感心するが……」
ルーシーの周りには自分達を閉じ込めている結界の主を葬らんと怪異たちが集結し始めていた。
「このまま動かずに相手するのは、ちと骨が折れるの。まあ仕方あるまい」
結界に自分の魔力の大半を割きながらの戦闘行為はできればやりたくはなかったのだが、増援が見込めない以上、そうも言っていられない。
自分の懐から道具を出そうとしていたその時、親しみのある声が聞こえてきていた。
「おい……。この人に手を出そうなんざ、オレが許さねえよ」
ルーシーに飛び掛かろうとしていた怪異の一体は、自分が斬られた認識すらなく一刀両断にされていた。
「彌永……?」
「神屋のヤツから連絡があってよ。多分、ここにも敵さんが来るだろうから、援護を頼むってな。まったく人使いの荒い野郎だぜ」
「お主がそれを言うかの? 前室長時代に、こき使われた意趣返しかもしれんぞ?」
年寄り同士が嫌味たっぷりな言葉を発している割に、二人の口元は少しばかり笑みが浮かんでいる。
「ルーシーちゃんは動くなよ。この連中はオレが片付ける」
魔女を背にして、彌永史郎は刀を構える。
そこには山羊の様な二本の角を生やし、闇色の毛並みの馬の様な怪異が敵意を剥き出しにして、疾走してきていた。
「バイコーンってやつか?」
「ビゴルヌの方が適切な呼び方かもしれんがな。気を付けるのじゃ。久々の実戦で殉職なんぞ洒落にならんぞ」
「引退した後での殉職ってのは成立するもんなのか?」
「そこは神屋と交渉じゃな」
そもそも殉職したら交渉どころではないのでは? と口に出しそうにはなったのだが、軽口を叩いている間にも結界の主に向かって、その体躯ごと体当たりを仕掛けようとしていた。
「だから、手ぇ出すなつってんだろ!」
その一言を言いきる前に、ビゴルヌの全身には数多の斬り傷が刻まれ、その突進を遮っていた。
何が起きたかも理解できない相手ではあったが、ここまで来て敗走はありえないとばかりに、その四肢へ更に力を籠めて障害を排除せんと牙を剥き出しにして突撃を繰り出す。
「……」
対して、刀を正眼に構え無言の彌永。ビゴルヌはその突進の勢いを利用して頭の角で彼の持っている刀を弾き飛ばす算段で自身の首を撥ね上げる。
――が、彼から返ってきたのは嘲笑にも似た批判であった。
「力任せなんざ、面白くもなんともねえな」
彼の刀は弾き飛ばされるどころか、ビゴルヌの角を斬り裂き、その頭部へと深い傷を刻んでいた。
「彌永を侮り過ぎじゃよ。数十年前から術でもなく、特殊な能力でもなく、剣技だけで貴様らと渡り合ってきた傑物じゃ。そやつの相手をするには、貴様では力不足でしかないわ」
ビゴルヌは恐怖を瞳に宿しながら、それでも退くことはなかった。後ろにはまだ仲間が控えている。一斉に攻撃すればまだ勝機はあると、その場の怪異達は彌永へと襲いかかる。
「……てめえら、オレを誰だと思ってやがる」
いつもの好々爺の雰囲気はなりを潜め、目を吊り上げ、刀を鞘に納めたまま音もなく怪異達の中へと進んでいった彌永が、そこを通り過ぎた後には――
「魔霊対策室前室長、彌永史郎。オレをやりたけりゃ、この十倍で来い」
怪異ですら全く視認不可能ほどの剣速を持つ幾度もの斬撃により、その場にいた全ての敵は物言わぬ霊体でできた肉の塊と化していた。
「さて。片付いたは良いが、まだ来そうだな」
「すまんの。引き続き護衛を頼むぞい」
その一言の後で、ルーシーに背を向けながら小声で何やら呟いていた彌永であった。
「なあ……。ルーシーちゃんよ。オレは、アンタの背中を守れるくらいにはなれたかい?」
かろうじて聞き取れたその問いに、彼女は普段とは違う本来の自分の口調でこう返した。
「あら、彌永は出会った頃から、いい男よ。私の夫の次くらいには……ね」
「たはー! 敵わねえな。じゃあ、あの世に行ったらその旦那さんに叱られねえように、この場はしっかり死守しねえとな」
彼女がいつもの老人口調ではなく、本来の口調で話す際は、本心での行動や気持ちを表す場合のみなのを彼もよく分かっている。
「じゃあ……、ガキどもに笑われないように気張るとすっか」
「ええ。功も本気で戦っているみたいだけど……、私が旅に出てからどれだけ鍛えたのよ? この神気、正直予想以上よ」
「頑張ってたぜ。オレらも無茶させてたのは承知だったが、それをほぼ全てクリアしやがった。……その分、生意気になったがな」
剣技、無手での戦い方、神道由来の術、神屋家に伝わる戦闘法。
「全員でいいだけ叩き込んだからな。ま、神屋んちのは基礎と自分で作ったのしかできねえが、それでも十分だろ」
「あの子……、風薙斎祓を自分で作ったの? あの訳分かんないのを?」
「アレが決まれば、大体の敵には遅れを取らねえよ。対魔・対術者なら無類の効果を発揮するからな」
心配無用とばかりの説明をされながら、またしても迫っていた敵と戦う彌永を見守るルーシーであった。
その戦いの最中、対策室本部のビルに足を踏み入れる二人の人物――否、二人の霊の姿があった。
「戦の気配がしやがんな……。ちょっと行って事情を聞いてくんぞ」
「お館様? 勝手に入ってよろしいので?」
「ダチの職場は儂の職場と変わらん。なーんも問題ない」
「問題しかないような気が……。そもそも我々は無職――」
「細かい事はいいんだよ!」
その二人は自分を認識できる人間がいるであろう室長室へと足を踏み入れていった。




