第87話 クリスマスの穏やかな過ごし方
※最後の部分は行間が空いているので、スクロールで下まで見てください。
本日はクリスマスイブ。明日はお誘い頂いたライブ当日だというのに、お昼前に自宅の最寄り駅に到着した羽衣のお出迎え最中なのだ。
「本日はお誘いありがとうございます。……レイチェルは?」
「ねーさんなら、午前中だけ仕事。午後は帰ってくるはず」
何もなければだが。
「ウイさん! お久しぶり!」
「ローラさんもお久しぶりです」
約二ヵ月ぶりとなる二人はにこやかに挨拶を交わし、きゃっきゃっと騒いでいる。羽衣は傍らにスーツケースを置いており、思っていたよりも大荷物となっていた。
「……羽衣さん? 何でこんなに大荷物で……?」
「レイチェルから聞いていませんでしたか? 冬休みですし、面と向かって勉強を教えてもらうのも良いよね……と。お正月もこちらで過ごす予定ですよ」
「…………この時期に……よく帰りの切符が予約できたな」
「帰りはお父様に送っていただきます」
それにしたって、師匠もよく了承したもんだ。
「ってことは、泊まるのは師匠のこっちの住まいか」
「いえ、レイチェルの部屋ですよ。一緒にお泊りしよー……とノリノリでした」
誰か教えて欲しい。何故、ライブに行くだけでこれだけの包囲網を形成されなければならないのか。
「だって……、兄様がおかしな事になっても困りますから」
「いや、普通にライブに行くだけだからな?」
そう釈明しても、ほっぺたを膨らませて拗ねている羽衣さんであった。
「ま、ねーさんとも合流したいし、荷物もあるからまずは家に行くか」
「はい。お世話になります」
羽衣を自宅に案内して、程なくしてレイチェルねーさんも帰宅。お昼ご飯をみんなで食べてから、ちょっとした買い物をしたいといった話になり、町に繰り出すこととなった。
「コウ? さっきから何してるの?」
「クリスマスプレゼント……って何が良いんだろうなぁ……って」
横で手を繋ぎながら歩いているローラが、ショーウインドウを見ながら歩いている俺を不思議に思ったらしく、首を傾げていた。
その少し後ろには、ねーさんと羽衣が並んで歩きながら、俺達の様子を観察している。
「ちょっと羨ましいです。仕方ないですけど」
「そうだねー。アレでちゃんとローラの事、近くで守ってるからね。そういうとこはしっかりしてるから」
何やら話しているらしいが、段々と不穏な視線を感じるようになってきていた。
「ただね……。ローラはともかく、やっぱり子供の頃から知ってるコウが……、あたし達にとっては、ぽっと出みたいな娘にあんなに夢中になられると……」
「「なんか……悔しい(です)」」
背後からの二人の視線がグサグサと刺さっているような気がする。
「コウ? どうしたの?」
「俺……、そんなに悪い事しちゃったのかなあ……って」
「うーん……。でも、まききさんにも会いたいし……」
「味方はローラだけだよ……」
この状況下で一人でも味方がいるというのは何と心強い事か。
「そういえば……、コウって何であの人を応援してるの?」
そういえば話す機会がなかった気がする。サマーライブは駄蛇刀のために駄目になったので、ローラからしたら不思議なのかもしれない。
「それな。あの――」
「きゃああああ!? ひったくりー!?」
口を開いた瞬間、前方から女性の叫び声が周囲に木霊していた。俺達の真正面にはバックをひったくりし、疾走してくるサングラスと帽子で顔を隠した男が近づいてきていた。
俺らが邪魔に感じたらしく、ローラを腕で払いのけようとした、その時に逆に奴の腕を取ったローラが、走っていた勢いそのままに相手を崩しながら足を引っ掛けると、そのまま半回転してアスファルトに叩きつけられていた。
何が起こったかが分からなくなっていた男だったが、我に返るとローラを睨みつけ拳を握って殴りかかってきていた。
「てめえ! なにし――」
「そこまでにしろよ?」
ローラに向かっていたその腕を掴み、今度は関節を極めながら組み伏せて地面に固定してやる。
「ねーさん、羽衣。警察に連絡頼む」
「もうしてるよ。コウはそのまま押さえつけておいて」
流石ねーさん、行動が早い。
その後、すぐに駆けつけてくれた警察に男を引き渡しす際、少しばかり事情を聞かれたりしたのだが、最初に男を投げたのが小学生の女児だった事には驚かれていた。
「しっかし……、あんな状態でよく咄嗟に投げたな……」
「えっ? だって……、コウとかミヤさんとか、師範のお爺さんに比べたら、体のバランスも崩れてたし……、こうポーンとできちゃった」
多分、身体の重心が崩れていたとかの話のはず。
「あれだね。最初っから強い人としか組手してないから……、パワーレベリングみたいになっちゃったんだねー」
「どうしたのですか? 兄様」
俺が微妙な表情をしていたのを見逃さなかった羽衣が不思議そうな雰囲気で尋ねていた。
「いや……、俺の周りの女性は強い人ばっかになってくなー……と」
「そこは喜ぶところでしょ。ローラだって、ちゃあんと成長してるって」
確かに、ねーさんの仰る通りではあるのだが、ローラもそのうち二人や偽ロリのようになってしまうのを想像すると、頼もしいやら寂しいやら複雑な感情を抱いてしまう。
「さて、とりあえず……、俺は……プレゼントどうしよう……!?」
月村さんから自分で悩み抜けともアドバイスを受けてはいたが、思わず口に出してしまった。
「だったら好きな買って貰お! それで良いでしょ? 羽衣とローラも」
ねーさんが二人に目配せをすると、両名ともうんうんと頷いてくれた。
「あまり……高額じゃない物でお願いします……」
三人はそれを聞くと、顔を見合わせてクスッと笑い、俺をショッピングセンター引っ張って行った。
俺のお財布は大ピンチとなってしまったが。
次の日、クリスマス当日。ライブ開演時間の少し前に会場へと辿り着いていた。会場の屋内に入ってすぐに、誰かが俺達を呼ぶ声が聞こえていた。
「君達は……来ていただけたんですね」
「マネージャーさん。今回はお招きありがとうございます。23日まで家にいなかったもので、郵便受けを見てびっくりしましたよ」
「そうでしたか……。お祖母さんは?」
「今日は友人と飲むので留守番するそうです。まあ、年ですし人ごみの中も遠慮したいとも言ってました」
マネージャーさんもその説明を聞いて納得したらしく、クスクスと愛想よい笑顔を浮かべている。
「まだ時間に余裕がありますから、控室に行ってみますか?」
その提案に横にいた羽衣が俺に対して注意を促そうとしていたようだが、それを察して先に口を出させてもらう。
「俺は遠慮するから、ねーさんとローラで行ってくれ。こっちに慣れてない羽衣が迷子になると困るから、一緒にいるよ」
「……良いの?」
ねーさんは意外そうな感じで、そう聞き返したが構わないと返答して二人には控室に行ってもらった。
「あの……兄様? 嬉しいですけど……、本当に良いのですか?」
「良いんだよ。控室に所属タレントでもない若い男が入ってるとか、おかしなファンに見られでもしたら厄介ごとになりかねない」
「そう……ですか……。でしたら……、迷子にならないように、その、手を繋いでもらっても?」
羽衣にとっても意外であったらしく、目を丸くしていた。その彼女の手を黙って握り、ねーさん達を待つことになった。
控室に通されたレイチェルねーさんとローラであったが、扉を開いた瞬間にまききちゃんがローラに抱き着いてしまったらしい。
「きゃー! ローラちゃんだー! 来てくれてほんとにありがとう!」
「あううう!? くる……くるし……!?」
悪意なく、いきなり抱き着かれたためローラも困惑している。それを見かねたメンバーからも注意をされている。
「こーら! ローラちゃん困ってるでしょ。あれ? お兄さんはいないの?」
「それがね……。あたしが羽衣、ほら……あの神社の娘を呼んじゃったもんだから、あの娘が拗ねないように一緒にいるつもりみたい」
「……やっぱり尻に敷かれてる?」
「そうだねー……。かなり高確率でそうなりそうだよね」
今度はねーさんと雑談をしていると、まだローラに抱き着いているまききちゃんが、またしても注意されていた。
「あんまり困らせると、ローラちゃんに投げられちゃうかもよ?」
「えっ……?」
その一言に、ねーさんとローラが固まってしまう。
「ほら、これ。結構話題になってるよ」
そうして見せられたのは彼女が持っていたSNSアプリを起動したスマホ画面だった。そこには――
『昨日、ひったくりを小学生くらいの女の子が投げ飛ばしてた。その後で、横のお兄さん? みたいのが、すぐに組み伏せてアクション映画みたいだった』……と、写真付きで投稿されていたのだ。
幸い、俺の顔は伏せている状態で、ローラの顔もほぼ見えずに頭部の一部だけが写されていたのだが、明らかに日本人ではない髪の色の子と高校生くらいの男子の組み合わせという事で、知り合いにはバレてしまったらしい。
「あうあう……。こんなの出てるなんて……」
「まあ、顔は見えないし……大丈夫だと思うけど。もうすぐステージだから楽しんでいってね」
開演時間も迫っているらしいので、ねーさん達は退室して俺達と合流して、クリスマスライブを満喫したのであった。
「ミツケタ。ミツケタ」
「トオイクニダ。ミンナデイコウ」
「アノコドモヲテニイレロ」
「アノムスメハ、ワレワレノモノダ」




