第82話 追憶
「非術者の重軽傷者多数。対応に当たった術者においては、全員が重傷。そして協力者一名が意識不明の重体。そのうえ、市街地の一区画を使用して対象を封印……か」
「まったく……、今のところ死者が出ていないだけが唯一の救いじゃあないか。各地から選りすぐられた精鋭が聞いてあきれる」
そこは豪華とはいかないまでも、一目で金が掛かっているのが分かる内装の広い部屋である。そこに設置されているソファに腰かけながら、苦言を呈している人間が数名。
それに対して、服の下にも包帯が巻かれ、立つのもやっとの壮年の男性が口を開く。
「お言葉ですが……、対応に当たった術者は全員が最善を尽くしました。それであの結果なら――」
「いいかね? 今回の件、被害総額が一体どれだけになると思う? その様な事態にならないよう秘密裏に処理するのが君達の仕事だろう。この科学が発達している時代で化け物にやられました……など発表できるわけがない」
壮年の男性の言い分を遮るように、怒りの籠った声で反論が飛び交っている。
「まあ、もし死者が出たとしても……、聞けば存在していないに等しい子供だそうじゃないか。なら、もし残念な結果となってしまっても死者ゼロとして通すことはできるか」
その言葉に壮年の男性と同じく、全身傷だらけの青年が今にも掴みかかりそうな勢いで捲し立てようとしている。
「いい加減にしてもらえませんか! あの時、彼が身を挺したからこそ、この結果です! それに対して出る言葉が……これか!!」
「止めろ。月村」
壮年の男性が彼を制止する。しかし、言葉を止めることは無かった。
「そもそも、通常の携行武器では効果は無いと何度も申し上げていたはずです! 開発のための予算も必要だと! 術にばかり頼るのではなく他の方法を模索しなければならなかった!」
「いつ起こるかも分からない化け物対策のために莫大な金を投じろと? それこそナンセンスというものだろう?」
ソファに腰かけている面々の多数は嘲笑にも似た批判を行っている。その中にあって、説明を行っていた壮年の男性が静かに口を開いていた。
「今回、重体となった……、今も生死の境を彷徨っている彼は……確かにまだ子供です。権力も財力も何もない子供だから体を張るしかありませんでした。しかし……、この場の我々は違います。二度と同じ轍を踏まないよう話し合う場であるはずです」
あまりにも真剣な眼差しであったのだが、おそらく彼らの大多数から帰ってくる言葉はまた同じようなものだろうと、月村と呼ばれた青年は予想していた。しかし、重鎮であろう人物が重苦しい雰囲気で言葉を紡いでいた。
「確認したい事があるのだが……、その少年は歴史ある術者の家系ではないと聞いています。突然、そういった子が生まれてくることは、よくあるのですか?」
説明を行っていた人間達には、その質問の意図が理解できなかった。とはいえ、それを無視する事はできずに回答を言う他なかった。
「彼に関しては先祖が強力な術者ではあります。しかし、彼の近しい血縁。家族には同じ様な能力は備わってはいません。彼だけは……先祖返りの様なものだと思われます」
「そうか……。なら、相当希少なケースではあるだろうが、同じ様な子がどこかで生まれてくる可能性もあるわけだね? それこそ一般的な家庭からでも」
「はい……。その通りです」
月村と呼ばれていた男性は、呆気に取られたような感じで質問へと答えている。
「この場の皆さんに問い正したい。もし自分の子や孫が彼と同じ立場となったら、どうされます?」
「どうもこうも、それは議論すべき事ですか? そもそもレアケースをいちいち気にしていても仕方ないでしょう」
「ふう……。質問が分かり難かったですか? もし自分の血縁が今も病床に伏している彼と同じなら、何の準備もなく戦場に駆り出すのか……と聞いています。それとも先程言っていた様に存在しない者として扱いますか?」
「そ……それは……」
先程まで苦言だけを呈していた人間達は、その老人に言葉を返すことができなくなってしまっていた。
「今回の件、もし彼が体を張ってくれなければ、被害はさらに拡大していました。まずは一個人として、それに対して礼を述べるべきでしょう」
静かに淡々と、しかし強い意思を以って言葉を発しているのは、この場の全員が理解していた。
「今回の件は本当に良くやってくれました。そして、この会合は同じ事を繰り返させないようにするためのものです。皆さん、違いますか?」
それに対して何も言えずに無言となってしまていた面々であった。
「反対する意見がないのでしたら、もしもの時の責任は私が取ります。彌永君、貴方達に今後の対策を一任しようと思いますが、構いませんね?」
ただ真っ直ぐに彌永の目を見て、そう口にする老人に対し彼は姿勢を正し、ただ一言。
「やってみせます! いえ、身命を賭してやり遂げてみせます!」
「ええ、よろしくお願いします」
数日後、重体であった彼が奇跡的に目を覚ます。その一ヶ月後、彼が歩行できるようになった辺りで、彌永は戦いに関わった全員を集めていた。
「さて……。功以外、傷は癒えたか。これから色々と忙しくなるぜ」
お調子者の様な口調ではあるが、力強くそう宣言している。
「月村……。予算は引っ張ってきてやっから、普通の人間でも対魔・対霊戦闘可能になる装備の開発を頼む」
「はい。全く……無理難題を押し付けますね」
「その言う割には楽しそうじゃねえか。頼んだぜ」
月村はそれこそ微笑を浮かべながら、これからのすべきことを頭の中で常人には理解できない思考速度で思案していた。
「神屋、凛堂は今まで通り各地の術者では対応不可能な案件をこなす。んでもって、いざって時には協力を取り付けられるように、貸しをいいだけ作っておこうや」
「室長……、こちらも無理難題の様な気が……」
「今に始まった事ではありませんからね。室長の無茶ぶりは」
神屋、凛堂と呼ばれた両名はやれやれといった雰囲気ではあるが、こちらも気合に満ち溢れているのが見て取れる。
「対策室のスタッフは多少心得のある奴が揃ってはいるが、可能なら素質の有りそうなのを見つけるのも忘れずにな」
そんな指示の中、今度は一人の少年に対して彌永は向き合う。
「功、お前は傷が癒えたら神屋についていって各地を回れ。そんでもって一丁前になったと判断したら単独で任務を行ってもらう」
「……分かりました」
彌永の指示に心ここに在らずといった少年であった。
「お前が目覚めてからすぐルーシーちゃんもレイチェルもいなくなったから、拗ねてんのは分かるがな。そんな顔すんな。それにな……」
「それに?」
「お前がある意味一番大変だぜ。なんせ|坂城功という人間の価値を証明し続けなければならねえ」
少年にはその意味をただ聞いただけでは理解できるわけではなかった。それを察して彌永が続ける。
「お前という人間を失うのは惜しいと……、上の連中やこれから会うであろう人間にもそう思わせるんだよ。そうすりゃあ、もしこれから先に、仮にルーシーちゃん、またはその血筋以外でも、お前と同じような人間がいた場合、そいつらを助ける口実が作れる。もしかしたら味方になってくれるかも……ってな」
「けど……」
「心配なのは分かるがな。道筋はオレ等が示してやる。やってみろ」
目線を合わせ、少年の方に手を置き、そう諭していた。
「まあ、入院中に月村の奴が勉強見てたのもその一環だ」
「あの……物凄い分厚い本持って来て……、あれって学校で習うやつなの?」
「学校では習うな。うん」
彌永も目を逸らしながらわざと説明を省いたが、小学校で習うとは一言も言っていなかったりする。
それを後で聞いた少年に激怒されたのはまた別のお話。
「あれから六年。あの時からの努力がどう身を結んだのか……。それを見極めなきゃな」
演習場を訪れていた彌永史郎は、これまでを思い出してそう呟いていた。




