第79話 新装備の試験依頼
12月下旬、もうすぐクリスマスに差し掛かる時期である。しかし俺にとってはそれだけではない。というより、学生にとってはクリスマス以上の重要な時期なのだ。
「もーいーくつねーるーと冬休み~♬」
「お前、冬休みに入ったら新装備の試験運用に参加だからな」
対策室廊下で歌いながら歩いていると、ばったりと出くわした師匠から慈悲の欠片もなく、そう宣言されてしまった。
「学生に何させるんですか!? ローラだっているんですから、ゆっくりと冬休み満喫させてください!」
「それでな。急で済まないが、その試験に参加する方がいらしている。お前も知っている方だから挨拶してきなさい」
……俺の抗議を耳の左から右へスル~っと流してる。絶対に参加しなきゃいけないやつだ。
「……分かりました。学校の制服のままですが構いませんね?」
「ああ。月村達も集合しているはずだ」
装備関連の話だと、月村さんが絡むのは当然だろう。
師匠から指定された部屋に行き、ノックをする。すると中から月村さんの返事が聞こえてきていたので、そのまま入室。部屋を一目すると、いつもの面々以外に久々に見る顔があった。
「あっ……。権田原さん!? お久しぶりです!」
180cmはゆうに超える体格を持ち、服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉。修羅場を潜ってきたであろう厳しい顔の左目部分には消えない傷が刻まれている。
権田原源三郎。現役の自衛官にして、対策室との連携を任されている人物だ。
「よう。突然で済まねえな。月村の奴が良いのができたから来いって急かしてよ」
「先輩、人聞きの悪い事を言わないでください。そちらの希望したのが形になったと連絡したら、すぐにいらしたのは貴方でしょう?」
普段は俺達には、からかう様な態度を取ることが多い月村さんだが、権田原さんに対しては丁寧な言葉を崩すことはまずない。
その様子を目の当たりにして、同室していた忍が耳打ちをしてきた。
「あの人って……、月村さんとどんな関係なんだ?」
「高校の頃の先輩後輩だってさ」
その答えに違和感を感じた美里さんが追加で質問する。
「月村さんって……今のわたし達より若い頃には飛び級で大学院まで卒業したんじゃなかったっけ? しかも外国の」
「うん、そう。けどな……。本人が言うには、『高校通ったことなかったから経験したかった』って理由で、一時的に日本に帰ってきて通ったらしい」
「また突拍子もない話だね……」
美里さんの言いたいことは分かる。しかし、これが月村さんなのだ。
「さっき凛堂……じゃねえや、月村夫人にも会ったぜ。相変わらずの美人だったな。ってか凛堂を『月村』って呼ぶの未だに慣れねえよ」
聞いた話によると、美弥さんも高校の頃の部活での後輩にあたるのだそうだ。
「僕もですが、先輩も一度だって美弥に勝てた事ありませんでしたよね」
「だってのによ。凛堂がお前とくっついた時には、ショックで部活に来なくなった奴が何人もいたんだよな。あの頃、凛堂から一本取れた奴から告白するとかいう謎のルールがあったからなあ」
美弥さん、高校生の頃は柔道部とか言ってたはず。その部活で男子相手でも無双していたらしい。
当然と言えば当然だが。だって、俺も勝てないし。
「さて。雑談もこの辺にして、本題に入ろうか」
権田原さんがさっきまでの柔和な表情から一変、俺達と月村さんを見据える目が真剣なものへと変わっていた。
「で……だ。月村の開発した装備をウチの部隊で試験を行うんだが、それにお前らも参加してほしい」
「自衛隊との共同演習ですか?」
「ま、極秘だがそうなる。お前ら……、特に坂城と月村はアドバイザーとしての役を頼みたい。他の若いのも経験しておいて損はねえだろ?」
確かにそうだ。今までの小間使いもとい、平時でのトラブル解決ならいざ知らず六年前の様な事態が起こった際には、彼らとの連携は必須となる。
師匠が強制参加を匂わせたのは当然だろう。
「功、もうすぐ冬休みだし、ローラちゃんの件でも色々と忙しいのは承知しているが、参加してもらえるな?」
「了解しました!」
月村さんへ淀みなくそう返答すると、権田原さんもニカっと愛想のいい表情を浮かべていた。
「おう、頼むぜ。それとな、あの人達にも声を掛けておいてくれ。当日、現地集合でってな」
あの人達も呼ぶのか……。かなり本格的な試験演習になりそうだ。
対策室でのやり取りの後、自宅に戻った俺ではあったのだが、試験演習についての説明を家の皆に行っていた。
「ほう……。自衛隊との演習とはの」
偽ロリが何やら面白そうな物を見つけたような目をしている。絶対についてくるとか言い出すやつだ。
「言っとくが、付いてくるのはお勧めしないぞ? 日本人以外だと文句が出そうだからな」
「そうなの? コウがそんなの言うなんて珍しいね?」
ローラさんがそう疑問に思うのも最もなのだが、おそらく同じ理由で対策室所属のレイチェルねーさんにも声が掛からなかったはずだ。
「申し訳ないんだが、呼ばれたのは俺と月村さん、忍と美里さんだから、今回は留守番で頼む」
「蛇も行かなくていいヘビね。娘っ子と遊び倒すヘビ!」
「所有物の分際で拒否権あるわけないだろ、この駄蛇」
「それ、蛇差別じゃないかヘビ!?」
この駄蛇にしたって、俺の戦闘スタイルの一部なわけで、それ無しで演習に参加するわけにはいかないのだ。
「そうか……、ならば仕方ないの。ワシらはワシらで休みを楽しむとするかの」
……意外と聞き分けが良いぞ? まあ、ローラの訓練は順調とはいえ、まだ一人にしておくわけにもいかないから、納得してくれたのだろう。
「数日家を空けるけど、その間の事は頼んだ」
今にして思えば、面白そうなこと大好き偽ロリが簡単に引き下がったのに対して、違和感を覚えるべきだった。
そう、全ては後の祭りだった。
当日、対策室所有の車両に乗り込んで出発すること数時間。人里離れた山奥にある一般人には知られていない施設に到着したのであったのだが……。
「遅かったの。こちらはすでに到着しておったというに」
「何でいるんだ!? この偽ロリ一行!?」
「お主に言っても無駄そうだったからの。彌永に口きいてもらったんじゃよ」
何やってんだ!? あのご老体いいいいっ!? しかも自分ちゃっかり同行してる!?
「何だ? これが噂の坂城んちの居候か?」
「……今すぐ帰します。すいませんでした」
権田原さんに深々と頭を下げながらお家から追ってきた面々を帰宅させようとしていたが、当の権田原さんからストップがかかった。
「待てよ。彌永さんまでいるなら、そうもいかねえだろ。彌永さんもだが……、俺には老婆にしか見えねえ、噂の魔女にも検分してもらおうじゃねえか」
「ほう……。思っていたより話が分かるの。ワシの事情を知っておっても自然体を崩さぬ豪胆さ。気に入った!」
「せっかく来てもらったんだ。指摘やアドバイスをいいだけ貰っておこうぜ」
この状況を楽しんでるよ、権田原さん。相変わらずの器がデカいというかなんというか……。
「ただな……。この場所については秘密にしてくれよ。真面目に公開されていない場所なんでな」
「承知しておる。そう言われると思うて、運転の彌永以外は目隠ししてここまで来とる」
何でそこまで準備万端なのさ、このロリ婆。
「ワシとて、必要以上に迷惑かけるわけにはいかんから、この程度はの」
「あははー。ごめんね? ルーだけに行かせると、色々と大変そうだったから……」
「その……、ルーシーとレイチェルが一人で留守番はダメだからって……」
偽ロリの突然訪問のせいで、この場に付いてくる羽目になってしまったねーさんとローラも苦笑いしている。
その他には前室長さんもいるのだが、そちらへと足を進めると、彼も何やら言い分があったらしく、説明を始めていた。
「そのな? ルーシーちゃんにも、ちゃんとオレがやってた仕事を見て欲しくてな?」
「とりあえず、お宅の酒を売り払っていいですか?」
「それはいくらなんでも酷くないか!?」
この爺さん、これに関しては少しくらい懲りても良いと思う。
自宅の面々の予想外の行動にこれから何も起こりませんようにと、心の中で祈っていた俺であった。




