第78話 とりあえずの一件落着
その後ろのからの声で、そちらを振り向く。
「さーかーきーさーん!」
そこには、まききちゃんと背後には、まだ残っていた落ち武者の霊。奴はまききちゃんに憑りつこうとしていた。
強い恨みを持つ霊に憑かれてしまえば、体調不良のみならず、奴が四六時中近くにいる感覚に襲われて精神が病んでしまう可能性すらある。
しかもこの娘に関しては、霊に対する感応力が高いため、普通の人間より影響が出やすい。
だが、その霊は彼女に憑りつくことはできなかった。なぜなら――
「がっ!? 何だ!? 何が飛んできた!?」
まききちゃんの後ろにいた霊の額に見えない何かが激突している。それを喰らったヤツは自分が理解できない攻撃に対して、ただただ狼狽えて数歩後退するしかなかった。
そして、その更に後ろには、どこか冷ややかに相手を見据えるカズさんの姿があったのだ。
「おい……。忠告はしたはずだろう……。言いたいことがあるなら直接来いと。にも拘らず、これか」
「ひっ!?」
「……言っとくが、この威圧感は儂のじゃあねえぞ。あーあ。ヤバいの怒らせたな、てめえ」
二人の霊が顔を向けている方向の数十メートル先。左手で右腕の肘を支えるように掴みながら右腕を真っすぐ伸ばし、人差し指をコインやおはじきを弾く様な形にしている人間の姿がある。
俺が人差し指を弾く。その弾かれた空気に魔力を込めて、弾丸のように連続で射出する。
「がっ!? うっっ……!?」
連続で放たれた空気弾に敵さんは何もできずに、うめき声をあげてしまっている。
(本来の神風の技に比べたら大した事ぁねえ……。儂の時代の種子島と比べても、威力、射程共に劣る……が、速射性は高い。牽制程度なら十分な効果だ。つーか、儂の時は一応加減はしてたのか……)
カズさん、難しい顔をして何やら唸っているような感じだが、敵さんに向かって再度警告をしているようだった。
「おい。これ以上、あの娘に手を出すのは止めておけ。でねーとお前……完全に祓われるぜ? それが嫌ならさっさと去ね」
「ひっ……ひぃぃぃぃ!?」
悲鳴をあげながら敗走する落ち武者霊に対して一言。
「お仲間は後で元の場所に送り届けるからなー!」
「届けるんかい!」
俺の隣に来ていたカズさんが、ぺしっと手の甲を当ててツッコミを入れていた。その他にはローラともう一人。
「坂城さん! もう! 突然いなくなっちゃうんだから……」
ちょっとだけ機嫌が悪くなってしまっていた……、まききちゃんが俺の元に近づいてきていた。
「うちの母がお宅まで送っても良いって言っ――」
「ローラ! タイムセールの卵がお一人様1パックまでになってたんだ。二つゲットするから協力頼む!」
まききちゃんが全てを言いきる前にローラを脇に抱えて、その場から疾走して立ち去る。
「コ、コウ!? おーろーしーてー!?」
「駄目だ! 早くいかないとなくなる!」
目にも止まらぬ速さで姿が小さくなっていく俺達に、ぽかんとしていたその場の母娘であった。
「なんか……賑やかな子ね?」
「うん……。何ていうか……変わった人?」
そんなやり取りの後で、二人は自家用車でその場を立ち去ったらしい。
その夜、ふと月明かりに照らされながら一献と屋根の上がって、お猪口を持つルーシーの姿があった。
「よお、ババア。儂も混ぜろ」
「何じゃ? このジジイ」
「まーだ根に持ってんのかよ。いい加減に機嫌直せや」
はあ……と、ため息をつきながらルーシーの隣に座ったカズさんが昔話を始めていた。
「儂があのガキと初めて会ったのは、奴がまだ小学生の頃だ。ふと立ち寄ったこの町の学校でアイツの教室の窓が開いていたんで、ふざけて『ぱんとまいむ』をしてみたのだ」
「何故!? おかしいじゃろ、それ!」
「どうせ誰も見えんし良いかなーと。そしたら窓際の席にいたアイツに思いっきりぶん殴られてな」
俺と出会った頃を淡々と語るカズさんが更に続ける。
「それで興味が沸いてヤツに付きまとったわけだ。この家まで付いて来てなあ。聞けば産みの親には捨てられ、育ての親もどっか行っちまったと。面倒見てくれる人間はいるが……、また自分の近くから親しい人がいなくなったってな」
「ぐっ!? 嫌味かの?」
「まさか。まあ、あの時のヤツを知っていたから、初めて会った時のテメエにきつく接したのはあるが。ムカつくんなら悪口の一つでも言ってやれとも教えたな」
それに思い当たる節があったルーシーも口を開く。
「……もしかせんでも、久々に会ったワシを偽ロリとか、のじゃロリだの呼ぶようになったのは……」
「儂のせいだろうなあ! はっはっはっ!」
「うちの子に変な言葉を教えるでない!」
思わず文句を言ってしまったルーシーであったが、カズさんが何かを言いたげなので、それを無言で待っていた。
「アレは……完全に生まれた時代を間違ってしまったな。千年前の京にでも生まれていれば、名のある術者になっていただろう。そこまでいかんでも、せめて儂の生きた時代であれば、まだ良かったかもしれん」
「……」
「あそこまでの感応力で現代を生きるには、嘘と演技で自分を塗り固めんとやっていられん。それこそ素の自分を出せるのは、他の術者か仲の良い幽霊や怪異になっちまう」
「そうじゃな……。どうにかしてやりたくても、どうにもできなんだ。レイチェルやローラの様に自分の能力をどうやってもコントロールできなかったのじゃ」
「ありゃあ能力じゃあねえだろ。当り前に備わってしまっているもんだ。それをどうにかするなら、目を潰し、鼓膜を破き、舌を抜くような事をするしかねえ」
カズさんの言葉はあまりにも的を射ていた。
「アレが生きるためには術者になるしかない。あの異人の娘どもには、まだそれ以外の選択肢があるが、アレにはそれすらなかっただろう? それが少しばかり不憫に思ってしまって、あの頃はそれなりの期間この地に留まっていたのだ」
静かに、だが言い聞かせるようにカズさんは淡々と語りかけていた。それに対してルーシーは深々と頭を下げていた。
「そこまで功を気にかけてくれて、本当に感謝する。ありがとう」
「儂はこう見えても気遣いの達人だぜ。アレは不憫だとは思うが、まだ不幸じゃねえ。お前がいる間は見守ってやれ」
「済まぬ。酒を注ぐ器をもう一つ持ってくれば良かったの。飲めずとも雰囲気くらいは味わいたかったじゃろ?」
「構わねえよ。どうせ飲めねえからな」
そうして、その夜は更けていった。
落ち武者霊襲撃から一夜明け、起床してから居間に行くとカズさんがにっこりと笑ってこう言い放った。
「儂、今日でこの家から立ち去るからな」
「そっか、じゃーなー」
「おい、少しくらい名残惜しそうにしろや」
不機嫌そうな顔でそんな文句を言ってきていたのだが、この霊にしたって根無し草の旅霊なので、いちいち気にしても仕方ない。
「ほう。ちょんまげがいなくなるヘビか」
「その珍妙な呼び方もやめろ。珍蛇」
「何で誰も八岐大蛇って呼ばないヘビ!?」
だって駄蛇は頭が八つあるわけでなし、駄蛇だしな。
「カズさん、またどこか旅にでるの?」
ローラが彼を見上げながら、そんな質問を投げかけている。
「うむ。風の吹くまま気の向くまま。と、言いたいところだが京にでもゆっくり行ってみようと思っておる」
京都ねえ……。京都で変な怪現象の噂が立たない事を祈ろう。
「昨日のあの場を走り去ったお前みたく、ウジウジしていそうな奴に喝でも入れてやろうと思ってな」
「誰がウジウジしてたって?」
「はあー? どう接すればいいかも分からず逃げたもんが何抜かす?」
俺とカズさんがお互いの顔を至近距離まで接近させ、威嚇し合っている。一触触発みたいな雰囲気になってしまっていた俺達をレイチェルねーさんが引き離すと、カズさんが何やらお願いをしていた。
「それでな……。昨日のお前ら見ていて羨ましかったから、珈琲とけいくを供えてくれん?」
その程度ならまあ良いかと、カズさんが近くにいるテーブルに、昨日お持ち帰り用で買ったケーキとコーヒー淹れてをお供えする。
「幼子、すまん! 少しだけ力を貸してくれい!」
そう言いながら、駄蛇実体化をしようとしたローラの隙をついて、カズさんが彼女へと触れると、カズさんも実体が出来上がる。
その刹那、カズさんは大口を開けてお供えのケーキとコーヒーを流し込んでいた。
「おおー……。甘露……。現代人は羨ましいわー。こんな旨いもん食えるとか」
「後で食おうと思ってた俺のケーキ!?」
「別に良いだろうが。この飽食の時代にケチケチすんな!」
ケーキとコーヒーを初めて食したカズさんは、その味にご満悦の様だ。そして俺が文句を言い終わる前に実体化も解けてすぐに外へ走り去っていった。
「ふはははは! では、さらばだー! また会おうぞ!」
「カズさんを家の結界の対象から除外していたのが仇になったか!? もう見えなくなりやがった!」
そのやりとりを女性陣や駄蛇は呆れたように見守っていたらしい。




