第77話 憑いて来た者への対処
ローラ、まききちゃんと共に彼女のお勧めという喫茶店へ入店する。今時のおしゃれな感じというわけでなく、アンティーク調の落ち着いた雰囲気のお店である。
「わたし、このお店いいかも……」
「ローラちゃんも気に入ってくれた! よかったー!」
「やめてー! 抱き着かないでー!」
抱き癖があるのだろうか?
まだ他にお客さんがいないから良いものの、あまり騒ぐのも店の迷惑になる。とりあえず客席に着くとする。
「何が良いですか? ここ、店長の淹れるコーヒーも美味しんですよ」
どうやらこの店の常連であるらしい娘は色々と教えてくれている。
「珈琲か……。儂も飲んだことねえんだよな……。あーあ、てめえの師匠に禁止されてなけりゃ幼子の能力で飲めたかもしんねえのになあ……」
先日から俺につきっきりのカズさんが俺らの様子を見ながら愚痴を零している。
「わたし……、苦いの駄目だからキャラメルマキアートと……モンブランで」
「俺、店長お勧めブレンドをブラック。それとチーズケーキ。それと、これは別払いで適当に五個くらいお持ち帰りで」
「レイチェルとルーシーに?」
ローラの問いに、こくんと頷き肯定を示す。俺らだけが食べたとか聞いたら絶対に二人は拗ねる。ついでに駄蛇もだ。
注文を終えると、まききちゃんが心配そうに俺の額をマジマジと見詰めている。
「こないだの怪我なら大丈夫ですよ。一応、お医者さんにも診てもらいましたから」
「だったら安心ですけど……。どこの誰ですかね! あんなの! 社長もあの後、すんごく怒ってたんですよ!」
「なーんか俺が近づいたら逃げましたよ。ちょっとした悪戯のつもりだったのが当たってしまって怖くなったんじゃないかな?」
なーんてそれっぽく説明をすることになった。まききさんはそれでもほっぺたを膨らませて、ぷんすかお怒りだ。
「おめえも大変だなあ……。儂の時代でも術者は日陰者だったが、現代は輪をかけて忍んでんなあ……。おめーら忍びかよ」
カズさん、俺の嘘の説明に対して憐れむような感想を言い放っていた。
そうこうしているうちに、注文した品がテーブルに運ばれてきたので三人でケーキを口に運ぶ。
「うまい……!」
「おいしー! このお店、また来ようよ!」
「安心したー! ローラちゃんの口にも合って」
モンブラン一口で目がキラキラしているローラを見て、満足そうにしている目の前のアイドルであった。
やっぱりローラを連れてきて正解だったようだ。
「でもさ。わたしも最初は誰だか分からなかったよ。雰囲気が全然違うんだもん」
確かにローラの言うことは分かる。俺だって、まききさんだとは気づかなかったのだから。
「その……、わたし普段は地味目にしてるんです。昔から……自分では意識してないけど注目されるみたいで……」
「へぇー。そうなんだ……」
「うん。でもね、社長がわたしを一目見ただけで事務所に誘ってくれたの。君には光るものを感じるって。その時だって今と同じような服装だったんですよ」
あの社長さん、実際見る目はありそうだ。自分で弱小とは評していたが、彼自身がスカウトしたキラ☆撫娘は売れている。
そして先日訪問した限り事務所の雰囲気もとても好感が持てた。ひとえにあの社長さんの手腕と人徳によるものだろう。
「そういや俺とねーさんも誘われたな。その場でお断りしたけど」
「それも社長が言ってました。悩む素振りも無かった~って」
実際、裏とはいえ俺もねーさんも仕事している身なので、悩む必要すらなかったってのが正しい。
他愛のない雑談を20分くらいしたところで、俺は夕飯の準備、あちらはレッスンがあるという事で解散になったのだが、会計をしようとしたところでちょっとした口論が起こってしまった。
「今日はわたしが誘ったので、わたしの会計です!」
「いやいや、ローラを連れて来たのは俺だから。俺が払うって」
「この間のお礼ですから、わたしですって」
「お礼なら昨日、社長さんが高級そうな菓子折り持って来てくれたから」
などなど、俺とまききさんの間でどっちが会計をするかで揉めてしまっていた。二人共これでは埒が明かないと、ローラの方を向いてこう尋ねてしまった。
「「どう思う? ローラ(ちゃん)!」」
「えっ!? ええっ!?」
いきなり話を振られたローラは一歩下がって困惑していた。最初は面白がって観察していたカズさんだったが、流石にみかねたらしく助言が耳に入ってきた。
「二人共、言い分は理解できる。ならば払ってもらい、貴様は土産でも持たせてやれ」
なるほど……。意外と気遣いができるぞ、この霊。
カズさんの助言に従い、俺の自宅とまききさんの家用のお持ち帰り用で、それぞれケーキを詰めて貰うことにした。
あちらとしては少しだけ渋々ではあったが、受け取ってくれたのでよしとしよう。
俺達三人が喫茶店を出たタイミングで、その近くにいた車からクラクションの音が響いていた。
「あっ……。お母さん」
「これからレッスンでしょ? 近くにいたから迎えに来ちゃった。そっちの娘は?」
「ローラちゃんとさかき……? あれ? 坂城さんは?」
ローラを残して忽然と俺の姿が消えていたので、周りをキョロキョロと探している、まききさんだった。
「コウなら、スーパーのタイムセールに間に合わなくなる……って言いながら走り去って行っちゃいました……」
「ケーキのお礼……ちゃんとしたかったのに……」
彼女はちょっと残念そうにしていたらしい。
「あーあ。嫌だ……。こういった悪い方の勘だけはよく当たる」
「そう言うなや。『備えあれば憂いなし』、『治に居て乱を忘れず』、『石橋を叩いて渡る』。戦いを常とする者なら、その心構えは忘れちゃいけねえ」
「カズさんを狙ってくれた方が楽だっての」
「儂の気迫に慄てしまったかもな。ま、だからって女子供や無関係なのを狙うのはいただけねえなあ……!」
誰の目にもつかない裏路地で俺とカズさんに押さえつけられていたのは、先日の現場にいた霊の一人だ。
予想の通り、芸能事務所の面々を追ってきたらしい。
「なんだ……この……!? 動けん……」
「こいつの縛魔を甘く見ん方がいい。『縛』なんて言っちゃあいるが、その気になれば、てめえの胴を絞めながら千切るくらい容易いからな。誰だよ、こんな凶悪なの教えた奴は」
教わったのは師匠だけどな。
「なー。もう何もしないなら、お仲間含めて良い就職先を紹介できるぞ。そこで大人しくしてれば友人もできるし、面白おかしく過ごせるはず」
「おめえ、何する気だ?」
「小学校の七不思議に加わってもらって……、落ち武者戦隊やってもらうとか?」
「意味わかんねーわ」
縛られながら俺達のしょうもない会話を聞いていた落ち武者さん霊は、こちら……というよりカズさんを睨みつけていた。
「そうそう、お前の連れだけど……今頃、俺の仲間が対処してるはずだぞ」
そんな説明をしていると、丁度メールの着信音が鳴っていた。
『コウ、こっちは一人ボコったよー』
『功、とりあえず一人のして、お前のくれたお札で動きを止めたぞ』
『こっちも同じ。このお札凄いねー』
忍と美里さんに当たった霊はまあいいが……、ねーさんと対峙することになった霊には同情する。ぜってー恐怖で震えてるはず。
一安心していると、今度はローラから狼狽えた様子のメールが受信されていた。
『コウ!? わたしの篭手に何したのー!!』
無事、作動していたらしい。月村さんから篭手の遠隔操作の方法を教わっていたのだが、半分機械なのでこんなのも可能なのだそうだ。
とりあえず、ローラ達のところに戻ってどうなっているかを確認する。
「うわー。こわーい」
棒読みでローラ達の方にいた落ち武者霊を目の当たりにする。
そこには蜘蛛の巣の様に張り巡らされた魔力の糸に絡めとられ、身動き一つできなくなっていた敵さんの姿があった。
「やったのは、てめえだろ。二人いたうちの一人だけ引き離して何かと思ったら、もう一人には、きっちり罠仕掛けてるとか性格悪っ!」
「結界術師は搦手ができてなんぼなんだよ!」
カズさんのからかうような批判に少しばかり感情的になりながら答えを返す。
とりあえず一件落着かと安心していると、後方から俺を呼ぶ声が聞こえてきていた。




