第73話 現地到着
配信日当日、集合場所はあちらの事務所となっているので、もう少ししたら出発といった時間に偽ロリと話していた。
「じゃあ、そちらからの指示は頼む」
「そうは言うてもの。そこまで危険な場所に行くわけでなし、ワシはそれっぽくコメントするでな。あとは、お主のアドリブでどうにかせい」
「つーか、るーばあ的にこんな……いわば、やらせに加担するとは思わなかった」
「まあ……。気にするほどの事でもないのでな。要は視聴者さんが楽しめればオーケーなのじゃよ」
この偽ロリ、年寄りの割に対応が柔軟なので俺の方が頭が固いのでは……と考えてしまうことがままある。
「それよりもじゃが……」
のじゃロリが心配そうに見詰める先にいるのは――
「うっし! じゃあ行くかあ! 儂がいれば、それっぽくできるだろう?」
何故か自分も現場に付いてくと言ってきかないカズさんであった。
「アレ、大丈夫なんじゃろうな? 最悪の場合、お主が祓え」
「変な霊なだけで、悪い霊じゃないんだよ。……マジで」
目を輝かせ、はよ現地に行くぞと催促するカズさんに対して、ちょっとだけ注意をする。
「カズさんって物理干渉できるんだっけ?」
「めっちゃ頑張ればできるが。誰もいない場所で石をガタッと落としたりすれば良いのだろ?」
「今回はそういうの無しで。女の子を怖がらせて楽しい?」
「えんたぁていめんとに、はぷにんぐは付きものと聞いておる。違うのか」
どこでそんなの覚えたんだか、この戦国時代人。
「駄目ったら駄目」
「なんだ。怖がりでもおるのか。だったら先に言えい」
などと言いつつ、カズさんの発する気配が怪しい。俺の目を搔い潜り絶対に何をやる気だろう。マズい状態になったのなら、ぶん殴って止めることにする。
集合場所の事務所前に着くと18時となっていた。今回の企画で現場に赴くのは大体が未成年という事で、時間は21時までの制限付きだ。
本日は土曜日なので明日、学校はない。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ頼んだよ。うまく盛り上げて欲しい」
今日は社長さんも事務所に詰めていたらしく、気さくに挨拶をしてくれた。
「お兄さん、結構荷物多いですね?」
「神職用の衣服と、顔を隠す用のお面入ってます。それと道具一式も。現地に到着したら着替えますので」
あくまで、それっぽい雰囲気を出すための物ではあるのだが、同行する面々は中を見て興味津々の様だ。
「狐のお面……はともかくとして……。これってよくバサバサしてるやつ?」
「大麻ですね。あとは簡易的な祭壇になる奴とか……」
「お米、お酒、注連縄……。お兄さん、本当に神主さんみたい!」
「一応、こないだ代行してましたからね!?」
彼女たちは俺のことを性格が変わっている自分達のファンくらいの認識でしかないのだろうか。
「くっくっくっ。おめー程の術者でも、こいつらの前ではおもしれー奴でしかないのな」
カズさんにうっさいと口答えしたくはなったが、そこはグッと堪えて事務所が用意したバンに乗り込む。撮影機材や衣装等も積み込むことがあるそうなので、トランク部分はかなりのスペースだ。
そうして現地へと出発した。俺ら未成年組は運転等をするわけではないので、到着までの間は時間を持て余してしまう。なので持ってきていた荷物から、弁当を取り出して夕飯を取ることにした。
「良かったら皆さんもどうぞ。多めに作ってきましたから」
「いいの? やったー!」
「少しは食べておかないと、現場でお腹すきそうだしねー」
どうやら配信が終わってから遅い晩御飯にするつもりだったらしいので、車に乗り込んだアイドル達含む事務所メンバーが弁当にがっついていた。
「こないだもですけど、お兄さんって料理上手?」
「大したことじゃないです。ここ最近は居候が増えましたけど、それまでは一人暮らしだったから、これくらいできます」
「そうなんだ。外国語も堪能で料理もできるし……。そういえば何処の高校なの?」
弁当を口に入れながら、質問攻めにあってしまっている。高校くらい教えるのは問題ないだろう。
「彩星学園高等部ですけど……」
それを言った瞬間、アイドル達は固まり、社長さんは感心したような表情を浮かべていた。
「あそこは結構偏差値が高いだろう? そこの生徒だとは思わなかった」
「昔……、泣きながら勉強を叩き込まれたことがありまして……」
俺が月村さんから勉強を教わっていた時期を思い出しながらそんなのを言うと、おかしな様子だと感じ取ったらしく、社長さんもそこから先は追及しなかった。
「あー。だからローラちゃんにも受験勉強教えてるんだ」
「そういう事です。まあ、ローラに関しては挑戦させてみるかくらいですね」
その割に覚えが良いので、本気で狙ってみるのも悪くは無いと思ってはいるけど。
どうやら先日の打ち合わせの際、まききちゃんに引っ張られて行ったローラから色々と聞いていたらしい。
「……お兄さん、スペック高くない?」
「……世の中、笑ってしまうくらいおかしなスペックの人間がいるんですよ。俺なんてまだ常識の範囲内です」
俺が世話になってきた人達なんて、その最たるものだ。
「おめーの場合、生まれつきの感覚が常軌を逸してるけどなあ!」
出発してからというもの、車の屋根部分に胡坐で乗っかっていたカズさんが、その屋根をすり抜けて俺の言葉にツッコんでいた。
俺以外の誰にも見えないし、声も聞こえていからと好きにやっている。
「おーい。この中に幽霊が怖いってのいるかー? ここに幽霊がおるぞー」
当然、みんな無反応。それに乗じて行為がエスカレートしてきている。
「どっかの怪談みたく、窓に手形が浮き出るようにしてやろうか~? それともうめき声でもしてみるか~?」
ちょっと調子に乗り過ぎなので、一発食らわせてやろう。
自分の指をデコピンの形にして、カズさんに向かい人差し指を弾くと――
「いってえ!? 何しやがる!?」
これは、風薙斎祓の応用だ。指で弾いた空気に魔力を込めて即席の弾丸……といっても、輪ゴムで発射した消しゴムくらいの威力しかないが、それをカズさんの額へと目掛けて食らわせてやった。
カズさんも俺に文句があるらしく、顔を接近させてきた。しかし――
うるさいから大人しくしていろ。さもないと、さっきの連射して黙らせるぞ。
そう目で訴えると、カズさんも顔が引きつって恐怖を感じてしまったらしく、車の天井へと戻って行った。
「さて、そろそろ着くよ。準備しておいて」
いつの間にか一時間近く経っていたらしい。社長さんがそう言わなければ全く気が付かないところだった。
「俺は皆さんが全員降りてから、狩衣に着替えてから出ますので」
「じゃあ僕達は、君の家のお婆さんとの連絡とか諸々の準備をしておくよ」
「ならば儂は……カメラに写ってみるか。心霊映像になるかもしれんし」
最後のは余計だとカズさんを睨みつけると、明後日の方を向いて知らんふりをしてしまった。
俺以外の全員が車から降りて数分後、着替え終わった俺も車から出る。すると、事務所メンバー全員が俺の姿を見て呆けるような感じになっていた。
「……何か?」
「いや、先日の祭りの時もだけど……、随分と雰囲気が変わるなあ……と」
「うんうん。同じ人なのは分かってるのに、別人を見てるみたいな感じ」
自分だとそういった自覚は無いのだが……。
「服装は精神にも影響を与えるらしいですよ。例えば格闘家が道着を着ると稽古や試合用にスイッチが入るみたいに」
「分かるかも。私達も舞台衣装着るとステージに集中できたりするから」
そんな他愛のない会話をしていたのだが、社長さんは感心したような視線を向けていた。
「いやはや。神主の修業を受けている……とは聞いていたけど、かなり本格的なようだね。本当の心霊スポットでもない場所に来てよかったのかい?」
「今更それを聞くんですか? 曾祖母は視聴者さんが楽しければそれで良し、とも言ってましたから気にしないでください。どの道、顔は出しませんしね」
そう答えながら、持参した狐のお面も装着する。
「さて、じゃあ配信を始めようか」
社長さんの号令で、動画配信、『良い子の知らない世界』とキラ☆撫娘とのコラボが開始された。




