第72話 配信打ち合わせ
都内のオフィス街の表通りから少し外れた裏路地にあるある数階建てのビル。建築されてから相当の年数が経っていることが見て取れる。
そのビルの一室にアイドルグループ、キラ☆撫娘が所属している『スマイルプロダクション』の事務所が存在している。
「ねーさんから弱小とは聞いていたが……、ぱっと見、芸能事務所に見えないな……」
芸能界って……もっとこう、華やかなイメージがあったのだが裏はこんな感じなのだろうか。
「コウ、それ失礼だよ」
事務所のインターホンを鳴らす前に、そんな事を口にするとローラに注意されてしまった。この場にいるのは彼女だけでなく――
「ここにその……、あいどるとやらがいるのか。幽霊がいそうな場所に行くって? 儂も同行していいだろ?」
「アンタがこの場にいる時点で、移動型心霊スポットになってるようなもんだよ!」
面白がって俺達に付いてきたカズさんに、そんなツッコみを入れてしまう。
こうしていても仕方ないので事務所のインターホンを鳴らして、あちらの返事を待っていると、女性の声で返答があった。
「どちら様ですか?」
「すいません。坂城と申します。ルーシー・ウィザースとのコラボの件で参りました」
そう挨拶をしながら用件を言うと、鍵を開ける音と共に扉が開き事務員さんと思しき女性が笑顔で出迎えてくれた。
「お待ちしていました。どうぞ入ってください」
「お邪魔します。本来であれば、曾祖母も一緒に顔を出さなければいけないのですが、足腰も少し弱っていまして……」
「構いませんよ。社長からもそう伺っていますから」
事務員さんに案内され、事務所内へと足を踏み入れる。中には彼女の他に数人の社員がおり、各々がデスクで真剣な表情を浮かべて業務を行っていた。
来客用のソファとテーブルのある場所に案内され、待つこと数分。見知った人物が姿を現した。
「えっと……。お祭りの時に、キラ☆撫娘と一緒にいた――」
「彼女達のマネージャーを務めています。今回はご足労いただき、ありがとうございます」
一見、気弱そうな印象を受けるマネージャーさんではあるが、かなり年下であろう俺達への対応は真剣に仕事をこなす社会人そのものだ。
彼の差し出した企画の資料を確認すると、分かりやすくまとまっている。
「ほう……。こやつ、やりおるな。お前らを子供と侮ってもおらん。こういった奴は味方にしておくと後で心強いぞ」
カズさんも彼の仕事に太鼓判を押している。俺もその資料に目を通したのだが、根本的な疑問を彼にぶつけてみることにした。
「配信とのコラボの件については、曾祖母からの許可は出ています。しかし、お祓いができる人間で、若輩の私を指名する必要はないのでは? 他に依頼できそうな方に伝手が無いのですか?」
実際、俺の裏でやっている仕事について一般人は知りようがないはずだ。
「それについては、先日のお祭りでの件もありますが……、社長からの提案となります」
「関口社長の?」
「はい。そちらの配信との連携を取れる人間を……と」
つまるところ、本当にお祓いできるか否かではなく偽ロリの指示を汲み取って動ける人間が必要といったところだろう。
「顔出しについては、しないようにと先方からの要望ですので、よろしいですよね?」
「ですね。タレントではありませんし、あくまでサポートということでお願います」
あの社長、今回の企画といい、俺をここに来させたことといい、思っていたよりも曲者かもしれない。
「そんな顔をしないでください。社長の印象の通り、かなり頭が回る方の様ですね」
「……顔に出てました?」
「ほんの少しですね。その……ほんの少し気付かないと、タレント達の変化も無頓着になりかねませんから」
にっこりとしながら答えてはくれた。しかし、社長さんもだが、このマネージャーさんもただ者じゃないようだ。
そんな事が頭を過ったその時、事務所の入り口の方から誰かの声が聞こえて来た。
「知らない人の靴が……? あー! ローラちゃんだー!」
「どしたの? 何で事務所に?」
「お兄さんも一緒だね?」
キラ☆撫娘の面々も事務所に顔を出しに来たようだ。事務所にいる俺達を見て少しばかり騒いでいる。
「女三人寄ればやかましい……とは言うが、お前のとこの幼子……好かれとるな?」
周りに人がいなければ、カズさんに向かって受け答えするところだが、ここは聞き流しておくとする。そうしていると、まききちゃんがローラを引っ張って行ってしまった。
「ローラちゃん、あっちでおしゃべりしよ!」
「へっ!? は……はい……」
先日の祭りでローラの巫女服姿に魅了されていたらしい。ともあれ仲が良いようなのでなによりだ。
二人を眺めていると、横にいたカズさんが何やら呟いている。
「お前……? どうした?」
カズさん、俺に何か問い正したい事があるらしい。とはいえ、今この場で彼に話しかけるわけにもいかない。
といあえずマネージャーさんとの打ち合わせを終わらせるとする。現場へ同行する一員として、りりーさんもソファに腰掛けて参加してくれた。
「まきがごめんね。あれ以来、ローラちゃんに会いたがっていて」
「だと思ったので、今日連れてきました。俺だけだと警戒されそうですし」
「成程ね~。じゃ、手早く済ませよっか」
そうしてコラボ企画の詳細について打ち合わせを行った。実際に行くのは、そこまで曰く付きの場所ではないらしい。要は夜で、それなりのおどろおどろしい場所であれば問題ないようだ。
「……俺、狩衣着ないといけないんですか?」
「そこも演出の一環という事で」
ぶっちゃけ、これってやらせだよねえ。うちの偽ロリ配信の信憑性にうまく乗っかって、アイドル達が怖がったりすれば問題ないってところだな。
「曾祖母も、そちらの企画書には前もって目を通して大丈夫と言っていました。それで、撮影場所の候補地ってどこになりますか?」
「車で一時間ほどの廃墟ですね。土地の持ち主とも交渉済みです」
準備が良いなあ……。流石に不法侵入になるようなことはしないか。
「社長も面白い縁ができたって喜んでたんですよね」
「うちの婆さん紹介してこうなるとは思いませんでした……」
「まあまあ、社長の見る目は確かだよ。撫娘メンバーは社長がスカウトしてるしね」
物腰は柔らかいが、あの社長さんも相当なやり手なのだろう。なのに何で弱小プロダクションに甘んじているのやら。
「まだウチも設立して数年ですしね。これからが本格的な活動ですよ」
また心を読まれてしまったような返答をされてしまった。この人達、油断ならない。
「概要については承知しました。帰って曾祖母にも伝えますので、もし変更した方が良い部分があればご連絡します」
そう口にして、帰宅しようとローラが連れていかれた場所へと赴く。すると、俺を見つけたローラが助けを求める目で訴えかけてきていた。
「……ローラ……、帰るか……? それとももう少し――」
「うん、帰る! 今日はわたしもお夕飯の準備する日だから!」
そう、まききちゃんはソファに座りながらローラを膝に乗せて、抱きしめていた。そこからローラは質問攻めの刑にあっていたらしい。
「まき、その辺にしておきなさい。全く……気に入るとこれなんだから」
アイドルメンバーの一人、通称あゆさんから注意を受けていた。
「つまり! 俺がお気に入りになればハグしてもらえる!?」
「うん。それはアウトだから。やりませんよ?」
まききちゃんから真顔で否定されてしまった。ちょっとおっかない。そんな様子をカズさんは無言で見守っていた。
「ふうん……。まっ、帰っか。行くぞ」
「ローラ、そろそろお暇しようか」
カズさん、さっきから顔が真剣そのものだ。別に彼が何かすることは無いはずなのだが、嫌な予感がする。
事務所の方々に挨拶してからビルの外に出ると、カズさんが耳打ちをしてきたのだ。
「おい、儂もその撮影に同行して良いか? 良いだろ? 良いって言え!」
「何で!? 行く必要なんてないだろ!」
「面白そうだから!」
この人がこうなると絶対にいう事を聞かない。
当日、何かが起こらなければいい。そんな願いを抱えながら、家路についていたのであった。




