第70話 対策室での一幕
カズさんが家に居候することになった翌日。相変わらず『ババア』と呼ばれた偽ロリの機嫌は悪い。どうしたものかと苦心していたのだが、ねーさんが宥めてくれていた。
「ルー? コウには『偽ロリ』とか『のじゃロリ』なんて呼ばれているし、配信してる動画の視聴者からも似たような呼ばれ方してるでしょ? 気にし過ぎだって」
「全く違うわい! 功のは『偽ロリ♡』、『のじゃロリ♡』で、視聴者さん達は『ロリババア(愛称)』じゃ! あやつのは『ババア(笑)』くらいの差があるぞい!」
……ハートマーク付けるイメージで呼んでいた覚えはないのだが?
幸い、今日は土曜日で偽ロリとカズさんが二人っきりになることはない。そこだけは救いだが、この二人が喧嘩しないように手を打っておく必要がある。
「そういえば……カズさんはどうやって日本に来たの?」
「異人の幼子、この儂のこと学校で習わんの?」
実体化した駄蛇がカズさんの通訳をしていはいるのだが、会話のキャッチボールではなく、会話のドッジボールとなってしまっている。大体はカズさんが話を聞いていないせいである。
「おい、アメリカ大陸寄りの太平洋からどうやって日本まで来たんだって聞いてるだろ?」
「痛ってーわ!? 儂を叩くとか世が世なら処刑もんだぞ、おい!」
「人の質問に答えないアンタが悪い」
俺がカズさんを叩きながら返答するように促すと、渋々とした表情で説明を始めていた。
「そんなん、飛行機に乗れば良いだけだろうが。それでこの辺の上空で機内から出て落下すりゃあ……、それで終わりだ」
「つまり金も払わずに航空機に搭乗した挙句、幽霊だからって日本上空で機内の壁をすり抜けてスカイダイビング来日したと?」
「幽霊のあどばんてーじ? を最大限生かした合理的かつ合法的手段だろう?」
幽霊はお金を払わなくていいからって普通はそんなことはしない。当のカズさんはドヤ顔で同意を求めていたりする。
「小僧……。この人間霊、頭おかしいヘビ?」
「うん。俺もそう思う。こんなんだから現代でフリー素材にされるんだろうなあ」
駄蛇と俺が可哀そうな者を見る目でカズさんを眺めてしまっている。
そんな会話をしていると、スマホの着信が鳴り響いていた。
「はい。坂城です。あっ……、師匠。……はい」
スマホでひとしきりの連絡を終えると、みんなが俺に注目している。
「仕事?」
「ああ。何でも、ひき逃げ事件があったとかで目撃者もいないから幽霊達に聞き込みしてほしいとか」
「コウって……平時はすっごく使われるよね~。やっぱり便利だ」
ねーさんとそんなやりとりをしながら外へ出ようとすると、カズさんが後ろから肩をガシッと掴み、一言。
「儂も行く。町をゆっくり見るもの良いだろうしな。つーか家にいても暇だ」
「旅の疲れを癒すとかの考えはないのか?」
「幽霊に疲労ってものはねえぞ」
ほう、つまりは二十四時間ノンストップで働けるということか。
「くだらない事を考えてる顔だな。おい、そこの幼子も一緒に来い。野郎だけだとつまらん」
そう言って半ば無理矢理にローラまで付いていくことになった。
家を出て30分程度歩いたところで、件のひき逃げ事故があったという現場まで到着。
幸い被害者は軽傷で済んだという事ではあるらしいが、その人の証言では蛇行運転をしていたらしく逃げた運転手が事故を再発させるおそれもあり、調査となったのだそうだ。
「ええと……あそこの霊に聞いてみるか」
その周辺に佇んでいた幽霊さんに声を掛けてみる。
「すんませーん。昨日の事故、なんか知りません?」
「ああ……、君、視える人? 事故の車なら、ナンバーは――」
幽霊さんからナンバーを聞き、ついでに車両側面に電柱を擦った際の傷があるはずという証言を貰えたので、それを師匠へと伝えようとスマホを取り出した、その時にカズさんからストップが入った。
「おい、久しぶりにあの酒好き爺さんにも会いてえから、あの対策室だかがある……、びるでぃんぐに連れてけ」
「彌永さんなら引退してんぞ。自宅行くか?」
「そうなんか……。いや、ヤツの後釜っての見せろ。面白そうだ」
そういえばカズさんは師匠に会ったことは無かった気がする。本人が興味を持ったようだし、断るとうるさそうだから行くとしよう。
そこから30分ほど歩きながら対策室があるビルへ向かい、足を踏み入れる。
「あ、ローラちゃん。いらっしゃい。坂城君もお仕事お疲れ様」
「ども。室長は在室中ですか?」
「ええ。執務室にいるはずよ」
事務のお姉さんに一声かけて室長室まで向かい、ドアをノックすると中から返事があったので入室する。
そこには師匠だけでなく、忍と美里さんもおり報告と雑談をしていたのだ。
「よーっす、功も報告か? ……隣の霊、……誰?」
「……江戸時代って感じじゃないかな。もっと古い人?」
美里さん、一目でカズさんがどの時代に生きた人なのかを予想していた。もしかしてかなり勉強ができるのかもしれない。
そんなのを考えていると、カズさんが俺の肩に指をちょいちょいと触れて耳打ちしてきた。
「自分の声で自己紹介してえから、幼子に、あの蛇と同じ事しろって言え」
「……おう」
その願いに通りにローラへと説明し、カズさんへと触れてもらう。
「うお!? いきなり出てきやがった!?」
忍は実体化したカズさんを見て驚いていたのだが、俺には真面目に違いが分からない。何がどう違うのかもさっぱりなのだ。
一方カズさんは、顎に手を当てて胸を張り、二人を真っすぐに見据えながら口を開く。
「かつての栄光も今は昔。今はその名を胸に秘め世界を翔ける……とらべらあ。カズさんと呼ぶがいい」
「「は……はあ……」」
二人の反応がイマイチだったのか、カズさんは更に続ける。
「サブさんでキッちゃんでも良い。第六天は……仰々しいから愛称としては不適格だな」
そこまで聞いたところで、美里さんの顔が引きつっていた。それを見たカズさんは、してやったりといった感じでにやけている。
「えっ? ちょ……!?」
「美里……? どうした?」
「あんた……分かんないの!?」
美里さん、忍へと耳打ちをしている。その直後、忍が大声で叫んでいた。
「おだの――」
忍がカズさんの本名を叫ぶ前に、そのカズさんが静かな口調で忍を止めにかかっていた。
「チッチッチッ。今の儂はカズさん。あまり大声で騒いでくれるな。だが娘、その反応が見たかったのだ! こいつの家の連中なんぞ異人ばっかで――」
そこまで話したところで、カズさんの実体化が解除され普通の幽霊に戻ってしまう。
「蛇さんだともっと長いんだけど……、人間だと難しいのかな?」
俺には実体化しているのと霊体の違いが分からない。しかし駄蛇は確かにローラやレイチェルねーさんともよく会話しているので、確かに持続時間は長いはずだ。
「あえて『カズさん』と呼ばせてはもらいますが、ローラちゃんの能力をみだりに使わせないようにしてください。どこで誰が見ているかは分かりませんからね」
「なんだあ? 訳ありかよ。なら最初からそう言え。神風の一族の末裔よお」
それを聞いた途端、師匠の目の色が変わる。
「生前には分からなかったが、霊になった今なら分かる。てめえの周りの空気は明らかに異質だからな」
カズさんは師匠の先祖と知り合いなのか?
そんな推測が頭を過っていたのだが、不意に忍が小声で話しかけてきていた。
「なあ……、室長も霊と会話できるのか?」
「いや、あの人は読唇術で唇の動きから話してる内容が分かるってだけだ」
「それはそれで凄いだろ……」
若者がそんなヒソヒソ話をしている一方、カズさんと師匠は相手の出方を伺う様に無言となっていたものの、先に口を開いたのはカズさんの方であった。
「まあいい。あの酒好きジジイの後任を見たかっただけだし、お前の先祖にゃ昔……、世話になったからな。この辺で仕舞いにすっか」
師匠に背を向け、俺へと期待に満ちた目で語りかけて来た。
「よし、面白そうな物があるとこ連れてけ。どこでもいい」
俺はこの霊専属のガイドではないはずなのだが、そんな扱いになってしまっている気がする。
「じゃあ……、こっちかな?」
「あ、わたし達も一緒にいく!」
そう答えながらカズさん、そして忍と美里さんを連れ立って別の部屋へと向かって行った。




