第67話 お姉さんは強いぞ
「兄様……、少しだけお借りしますね」
羽衣は俺が持っていた駄蛇刀の鞘を半ば強引に引っ張っていった。
目の前には疾走しながら武器を突き立ててくる天狗。それを彼女は紙一重で躱す……が、攻撃がかすっていたらしく、頬が少しだけ赤くなっていた。
……霊体でありながら物理干渉が容易く可能……か。そういや、こないだの忍者も似たような術を使ってたな。元は天狗の術の可能性もあるのか。
「風薙斎祓、一式。『渓辰颪』」
『風薙斎祓』――神屋家に代々伝わる対魔戦闘法である。
その名の通り、周囲の空気に魔力を通し『風』として様々な形態を以って魔を祓ってきた戦闘法なのだ。
羽衣の持つ鞘には幾重にも折り重なった旋風が鞘の全長の数倍程まで伸びた状態で、天から真っすぐ振り下ろされ天狗氏へと襲い掛かっていた。
『風』の斬撃が通った後には、折れた枝や巻き上げられた葉が空中を乱舞している。
「人間にしてはやる。だがな……、古来より恐れられてきた我ら天狗を舐めないでもらおう!」
「ドルオタ天狗が何を言ってますか!」
羽衣と天狗氏の戦闘を少し離れたところで観察してた俺達はというと……。
「おー。須佐之男に比べたら小規模ヘビが、確かにヤツの色を感じるヘビ」
「八岐大蛇って……酔っぱらって寝てる間に退治されたんじゃないのか? まともに須佐之男命と戦ってないだろ?」
「動けない間にサクサク斬られた感じなのは覚えてるヘビ。あんな感じで風がうねってたヘビ」
神代を知る当事者からの貴重な証言である。そして戦っている両名の攻撃、特に羽衣が放った『風』の余波がこちらにまで襲いかかってくる。
「ローラ、俺の後ろにいろ」
「ついでにあたしも入れて~」
「はいはい」
流石におかしな影響を及ぼすといけないと思い、人間四人程度が入れるくらいの結界を構築して、ローラとねーさんを守護する。
「対風結界、凪ノ陣」
「小僧……、随分とぴんぽいんとで着物娘に対抗する結界を使えるヘビね?」
「俺の師匠は誰だと思ってんだ? あの人と模擬戦すると、この程度なら消し飛ばされるぞ?」
羽衣の『風』への防御ができたのは良いが、戦闘中のあちらは更にヒートアップしてしまっている。
「三式、『鎌鼬乱舞』っ!」
羽衣は、俗にいうカマイタチ――無数の真空の刃で天狗氏を切り刻もうとしている。
「なんの! 天狗の羽団扇凩舞ッ!」
天狗氏、天狗だけあって風の扱いは慣れているらしく、風の障壁を使って羽衣の攻撃を防いでいる。
「……ねえ? 止めないの? ってか羽衣の味方しないの?」
「とりあえず、双方攻撃できないように、結界で隔離する――」
俺的には天狗氏とは同好の士として仲良くなれそうだし、羽衣にも怪我をして欲しくない。
そんな考えで止めにかかろうとしたのだが、ねーさんから批判が飛び出ていた。
「羽衣もねー。そりゃあフラストレーション溜るでしょ。ねえローラ?」
「えっ!?」
突然、話を振られてしまったローラはポカンとして目を丸くしている。
「羽衣も……、久しぶりに会うコウのために着飾ってお出迎えして……、おいしいご飯作って、一緒にお祭り成功させようって張り切ってたのに、当のコウったら……」
なんか……、ねーさんの視線が痛いのですが……。
「もちろん、せんせーだって半分くらいは悪いよ? あの娘達がいるって餌をぶら下げて、ここに来させたし。けどもう半分は……、どう思うローラ?」
ローラさん、数秒ばかり目を瞑って、自分が羽衣の立場だったらと想像したらしい。そして出た結論は――
「うん。コウが悪い。いくらなんでも可哀想」
「うむ。小僧が諸悪の根源ヘビ!」
なぜか駄蛇まで便乗して俺を責めている。問題は駄蛇と一緒に責めている事ではなく、ローラさんが真顔で淡々と叱責してくるので、その言葉が言刃となり、俺へとグサグサと突き刺さってしまうのだ。
「そ……そうは言うけど……まずは二人を止めないと……」
「喧嘩両成敗なんかすると、羽衣……絶対に拗ねるよ?」
冷静にその後の展開を予想するレイチェルねーさんに対して、冷や汗を垂らしながら耳を傾けるしかない状態となっている。
「それを宥めるのに……、もしかしたら婚姻届けにサインとかさせられるかもね」
「いや、流石にそこまでは……ない……よな?」
「あんな分かりやすく好意を向けられておいて……。そんな事を言うとか……ちょっと引いちゃうよ?」
流し目で批判しつつ面白いものを観察するように、ねーさんが更に続ける。
「あの娘が18歳になった当日に、その婚姻届けを役所に提出しに行きそうだよね~。自分が学生でもなりふり構わずに」
「小僧がおもしれー事になってるヘビ! 蛇に睨まれた蛙みたいに固まって、脂汗をダラダラ垂らしてるヘビ!」
蛇のみ上機嫌となってしまっているのだが、俺の心中は穏やかではなかった。確かに羽衣の味方をすれば、天狗氏を倒すのは簡単だろう。
しかし、彼という同志を失うのはあまりにも惜しい。ならば、もう助力を乞うしかない。
「すいません。助けてください!」
「仕方ないか〜。羽衣には、こうして――」
などなど、ねーさんが羽衣さんの機嫌を直す方法を伝授してくれていた。
「ローラ、ちょっと手伝って!」
「う、うん!」
ねーさんはローラを背にして、天狗氏へと無造作に近づいている。
彼の術も周囲を飛び交っているはずだが、それを意に介さず、というより片っ端から腕で払いながら天狗の術そのものを霧散させている。
「レイチェルって……実はとっても強い?」
「あははー。日本に来てからは良いとこ無かったからね〜。侮られても仕方ないかー」
苦笑いしながら、理由の分からない方法で自分に接近する人間に、天狗氏も不快感を露わにする。
「貴様、一体――」
天狗氏が右手に握った棍棒を、ねーさんに突き立てようとしたその瞬間、その棍棒すら塵と化していた。
「ローラ、お願い!」
ねーさんの指示に従い、ローラが天狗氏に触れると、彼が『実体化』する。その刹那。
バンッ!
「ぐわっ!?」
天狗氏は、ねーさんに投げられて空中で一回転しながら地面に叩きつけられ、みぞおちを足で踏まれて動けない状態になってしまった。
「なんだ……!? 術が出せな……いや、構築した傍から破却させられている!?」
「ごめんね。あたしの能力は実体があるのには効きにくいけど、今は大人しくして。じゃないと天狗さんの『実体化』が解けた瞬間に消さなきゃいけなくなるから」
冷静に淡々と彼の現状を説明しているレイチェルねーさんであった。
(何だ!? この娘……、異様な気配と能力は!?)
天狗氏もねーさんの言う通りにした方が良いと判断したらしく、全く動かなくなってしまった。
そして……羽衣を任された俺はというと――
「に……にいさま……!? その……ですね……。戦いの最中ですし……、後で……」
そう言いながらも羽衣さんは力が抜けて、顔はにやけている。
ねーさんの助言通り、羽衣を後ろから無言で抱きしめている状態だ。
昔の彼女のイメージが先行してしまっていた部分があるものの、実際にこうしてみると想像以上に華奢な体なのだと驚いてしまう。
「その……な? 羽衣に怪我してほしくないし……もう止めないか?」
「ううっ……。にいさまズルいです……」
もう戦闘の意思なしとばかりにフニャフニャで脱力状態になってしまった羽衣であった。
「まあ……、あんなとこかー。ハグであそこまで効果があるなんてね~」
「レイチェルが初めてお姉さんっぽく見えた……」
「あたしだって、たまにはね。羽衣だって大好きな幼馴染だから」
天狗氏を踏みつけながら、ローラと雑談していたレイチェルねーさんだが、今度はその天狗氏へと語りかけている。
「あの娘も虫の居所が悪かっただけだから、今回の事は許してほしいの。多分、うちのコウと仲良くすると……、あのアイドル達の映像とか見せてもらえるから、それで手打ちにしない?」
「……本当か!?」
「うん。コウって、同じグループの人の大ファンだから、大丈夫だと思う」
天狗氏の問いかけに、しゃがみながら答えを返すローラであった。
「一応、これにて一件落着……かな? 明日には帰るし、温泉にゆっくり浸かろっか」
「うん! そうしよ!」
こうして今回の天狗襲来は幕を閉じたのであった。




