第66話 開戦
現在、お祭り二日目の夕方。師匠の奥様が言うには、俺のお仕事はほぼ終わりらしい。なので――
「うし! これからは屋台お楽しみタイムだー!」
祭りといえば屋台の食べ歩きや射的、金魚すくい等などを楽しまずして何とするのか。そうしなければ祭りに対する冒涜となる。
「そういうわけだ。分かったか?」
「う……うん。大丈夫。頑張るから!」
俺の説明を聞いて日本のお祭り初参加のローラは気合を入れていた。
「ローラよ。話半分に聞いておけ。軽い気持ちで良いのじゃよ」
「好きだよねー。お祭りの屋台。楽しめばいいだけだからね?」
偽ロリとレイチェルねーさんが苦笑いしながら、ローラへと注意をする。
「ま、行くとするか。まずは――」
「では、わたしもご一緒します」
「羽衣? そんなに近寄らなくても……」
俺が一歩下がると、彼女は構わず腕を組んできたのだ。
「この二日間、少しだけ……本当に少しだけですよ? 不愉快なことがありましたので、その埋め合わせです」
神社の娘にあるまじき暗黒オーラを放出しているような雰囲気の羽衣さんであった。正直怖いです。
その羽衣に引っ張られる形で屋台を周ることとなった。
「商店街の会長さんの屋台か……」
「おう! アキと爺様の代理お疲れさん。ウチの総菜でもどうだ?」
そうして普段は精肉店を経営している町内会の会長さんから人数分のコロッケや唐揚げを購入する。
「揚げたてさいっこー!」
「ほいひいいー」
ねーさんとローラが買ったコロッケと唐揚げをその場で頬張っている。味はかなりよいらしく、ご満悦のようだ。
「他も回ってみな。もうすぐ帰るんだから楽しんでけよ」
「はい! ありがとうございます」
師匠の幼馴染とはいえ、俺達にも良くしてくれるのは本当にありがたい。
その後、屋台を出店している方々が解散する間際まで楽しんでいたのだが、不意にこちらに対して敵意を向ける気配を感じ取ってしまった。
「……ねーさん、羽衣。分かるか?」
「あーあ。せっかく楽しかったのに、最後でこれかあ……」
「まったく……空気の読めない方のようですね……」
俺とレイチェルねーさん、羽衣に緊張が走る。三人でその敵意を発している存在を探しながら、ローラへと注意を促す。
「ローラ、俺から離れるな。いいな?」
「う……うん」
少しばかり戸惑っているローラであったが、先日小学校で初めての対魔・対霊戦闘を経験したばかりである。まだ俺の近くで守る必要があるのだ。
どうやら相手は神社の周りにいる一般人には興味が無いようで、俺らをジッと観察している様にさえ感じてしまう。
「んー……? どーすっかな。裏山にでも誘ってみるか?」
「ですね。あそこなら人気はありませんし」
羽衣も俺の考えに賛同し、そのまま四人で神屋家から少し離れたところにある裏山へと向かう事になった。
できれば駄蛇刀も持っていきたいところだ。一度、神屋家に戻り竹刀袋に刀を入れて四人で裏山へと向かう。
「まーた変なのに目を付けられてるヘビ。せっかく将棋で良いところだったヘビが……」
「おーそうかそうか。お前のことだから、じっさまの次の一手でひっくり返されるぞ」
「そんなことはねーヘビ! あのジジイをギャフンと言わせるはずだったヘビ!」
急に家から引っ張り出されたことで、苦情を言っていた駄蛇であった。
「……さて、この辺でいいか」
裏山の少し奥。ここなら人が来ることは無いはず。なので、俺らを敵視している存在に対して、話し合いを持ち掛けてみる。
「済まないが……、俺らを監視してるやつ。ここなら誰も来ないから姿を見せてくれないか?」
俺に対して文句があるなら、ここで聞いてやろうじゃないか。
そんな考えで相手の出方を待つ。すると――
「……良い覚悟だ。人間にしてはなかなかの実力を持っているようだな」
俺らを監視していた存在が闇の中からスッと姿を現した。
「おー! 天狗だ! 天狗。この業界にいて、そこそこ長いけど初めて見た」
「テング?」
山伏姿で顔は赤く、鼻が異様に高いあの天狗である。人を魔道に落とす存在ともされているが、山の神として崇められる場合もある。
外国人のローラさんは分からない様だが、それは仕方ないだろう。
「はじめまして……のはずだよな? 何か怒らせる様な事はしてないはずなんだが」
「確かに貴様と出会ったことは無い……が」
目の前の天狗は静かに、しかし怒りの籠もった言葉を紡いでいる。
「アイツは『お前なんて、みんなから恨まれてる』と言ってるヘビ!」
「嘘八百まくしたてるな駄蛇」
目の前の天狗の言葉が聞こえない俺以外の人間に対して、ローラの力で実体化した駄蛇はデタラメ通訳をやっていた。
「我が娘に付けた印を握りつぶしたのは貴様だろう! その気配、間違えるはずはない!」
キラ☆撫娘のりりーさんに付いていた念は天狗の物だったらしい。
天狗の伝承の一つに『天狗攫い』というものがある。天狗が子供を攫い、数ヶ月から数年後に元の家に帰すという話だ。
攫われた子供は天狗と共に各地を周り、実際に行かなければ知らない事や天狗の知識や術を授けられたという記述もあるという。
こいつ……、りりーさんを攫う気だったのか?
「……あの人をどうする気だ?」
俺の声が少しばかり低くなっているのを察してか、天狗の声が聞こえないはずの羽衣とレイチェルねーさんも戦闘態勢に入っている。
目の前の天狗は怒りに震えながら俺を睨み叫んでいた。
「あの娘が歌い踊る様をいつでも見に行けるよう付けた印を! よくも消し去ってくれたなああああ!」
……はい?
「我は一目で娘に心を奪われた! 天女もかくやといった美貌と笑顔を見るための印を! 貴様こそ我に恨みでもあるというのか!」
この場で天狗氏の言葉が聞こえているのは俺と駄蛇のみ。俺の様子がおかしいと感じてたらしいレイチェルねーさんが、駄蛇に通訳を求めている。
「ねえ? あの天狗……何言ってるの?」
「小僧……、これ訳して良いヘビ?」
駄蛇ですら戸惑いながら俺に同意を求めている。
「好きにして……」
そうして駄蛇はかくかくしかじかと女性達に対して、天狗氏の言葉の通訳を行っていた。
「つまり天狗さんは、りりーさんのファン?」
「そうみたいだね……。印とか付けてるから……ストーカーに片足突っ込んでるかも?」
ねーさんとローラはさっきまでの緊張はどこへやら。困ったような雰囲気となっている。
羽衣のみ無言で凄まじくおっかない顔となってしまっている。
「この怒り、どうしてくれようか! 貴様を組み伏せて土下座させ、その頭を踏みつけてくれる!」
ぶっ殺すーとか言わないだけ、まだ優しいなあ天狗氏。普通に謝れば許してくれるんじゃないかな?
そんな考えが頭を過ぎり、とりあえず謝罪をしようとしたのだが、駄蛇が天狗氏の言葉を女性達に伝えていた。
「とりあえず小僧をフルボッコにして土下座させてから、頭が地面にめり込むくらい何度も踏みつけるとか言ってるヘビ」
おい、それかなり盛ってないか!?
「つまり……、敵対する……でよろしいですよね?」
「う……羽衣さん? ちょっと待ってもらえませんか? そんな剣呑な気をださないで」
「誰も彼もアイドルアイドル……。あの人達が来たせいで……、兄様はあっちに目移り。あまつさえ、こんな天狗まで呼び寄せて……」
「あ……あのー……。殺気立ってブツブツ言わないで!? おっかないから!」
なんとか羽衣を落ち着かせようと四苦八苦していると、彼女の殺気に反応してか天狗氏も臨戦態勢となっていた。
「ええい! そちらがその気であれば、我も容赦せん!」
天狗氏は身の丈ほどの棒を構え、その怒りをぶつけるべく俺達へと疾走してきた。




