第60話 お祭りの打ち合わせ
神社から歩くこと十数分。木々の葉は色褪せ、時折心地よい風が吹き、秋の気配を感じさせる。そんな季節の移り変わりを感じる一方で、俺の左腕からは暖かな感触が伝わってくる。
「ええと? 羽衣さん? そんなにがっちりと腕組まなくても……」
「兄様はこの街に来るのは久しぶりなのですから、迷子にならないようにです」
思わず、『さん』付けで羽衣を読んでしまう。どうしても子供の頃のイメージが先行してしまって、今の彼女と腕を組んで歩いていると緊張してしまっている自分がいた。
当の羽衣は、凄まじくご機嫌でニコニコしながら俺の横を歩いてた。
「さ、商店街の会長さんのお宅です。行きましょう」
そこは年季の入った昔からこの地に根付いていたのが一目で分かる精肉店だった。精肉だけでなく定番のコロッケやトンカツ、から揚げ等のお惣菜も販売しているらしく、精肉コーナーの他に総菜用の陳列棚も確認できた。
入店してすぐに店主と思しき方が顔を出してくれた。
「お! 羽衣ちゃん、いらっしゃい」
「おじさま、おはようございます」
羽衣がペコリと頭を下げながら挨拶をする。そうして店主が俺の方を向く。おそらく見ない顔なので、気になってしまったのだろう。
「はじめまして。私は――」
「ああ、そうか! アキの教え子ってのはお前さんか!」
「アキ?」
おそらくは師匠の名前――明澄のあだ名だろうが、あの人がそんな風に呼ばれているのは意外だと感じてしまう。
「おじさまは、お父様の幼馴染なんですよ」
成程。羽衣は勿論、神屋家にとっても家族ぐるみの付き合いがあるというわけか。
「神屋の爺様も腰をやっちまって、アキも仕事が忙しいって話だからどうなるかと心配してたんだがなあ。まさかこんな跡取りを育てていたなんてな」
凄まじく誤解されてるような発言は、気のせいだろうか?
「ええと……、私は今回だけの代理で――」
「兄様はわたしの一つ上ですけど、修業もちゃんとこなしてきた方ですから、お父様も安心してここに送り出したと思います」
俺が師匠の教え子なのは間違いない。何か別の意味で捉えられている気がする。
「うんうん。羽衣ちゃんとも仲良くな。商店街でも出店がいくつかあるから、時間が空いたら来てくれ。うちのコロッケと唐揚げは絶品だぜ」
「はい! その際はよろしくお願いします!」
元気よく返事して、次へと向かう。そして行く先々では――
「羽衣ちゃん、いいのを捕まえたな」
「浮いた話一つ聞かないと思っていたら、こういうことだったのね~」
などなど、どう考えても俺と羽衣が付き合っているとか下手すればそれ以上の関係だと思われている節があった。
「あ……、あのな? 羽衣さん? この町の人達は、俺達をどう見てるのかな?」
「もう! そんな……恥ずかしい!」
そこで顔を赤くしないでくださいよ!?
羽衣が俺の腕を組みながら町内商店街を一周して挨拶を終えた後、神社へと戻る。すると、ねーさん達が喜び勇んで俺達の目の前へと姿を現した。
「ほらほら! どう?」
「綺麗だけど、この服を着ちゃっていいのかな?」
「ローラよ、気にするでない。せっかくの機会じゃからな。楽しんだらええ」
その三人は巫女服に身を包み、ご機嫌であった。お祭りに来る参拝者へのお守り等の販売コーナーを手伝ってもらうらしい。
「おー! 二人共、良く似合ってるな」
「そうでしょ! もっと褒めて!」
「えへへ~。こんなのも着れるなんて来てよかった」
俺がねーさんとローラを誉めると、二人共ご満悦の様子であった。
「ワシは? ワシは?」
「アルバイトの巫女さんなら二世紀以上前に定年過ぎ去ってるんだから、詐欺ロリじゃないか」
「ワシだけ塩対応!?」
偽ロリもだが、多国籍な巫女さん軍団となってしまった。偽ロリのみ一般人からは老婆の姿に見えるだろうが、参拝者はお手伝いさんの指導役と認識するだろう。
「ところで……デートを楽しんで来てすぐで済まぬが、神屋の爺様のとこにも行っておけ。色々と確認することもあるじゃろ?」
「デートじゃないから。挨拶周りだから!」
「これ見よがしに腕を組んでおいて何を抜かす」
羽衣さん、未だに腕を組んで離れてくれない。
「羽衣? そろそろ離して欲しい。じっさまは自分の部屋だよな?」
「はあい……。わたしも準備があるから行きますね……」
ショボンとしながら自宅へと戻る羽衣を見送り、俺はその家の当主でもある神屋のじっさまの元へと向かう。
師匠の実の父親なのは言うに及ばす、彌永前室長も教えを受けたこともある実力の持ち主だったらしい。
じっさまの部屋へと向かい、ノックをしてから扉を開けると――
「蛇君や。これではどうかな? ほれ王手じゃな」
「ちょ!? ちょっと待つヘビ!? そんな手はありヘビ?」
「ふぉふぉふぉ。待つのは構わん。時間はたっぷりあるからね」
将棋の盤を挟んで、布団に寝込んでいる神屋のじっさまと置いた刀から実体化している駄蛇がそこにはいた。
駄蛇は駒を口に咥えて指しているらしい。
「……何してるんすか?」
「ジジイが暇そうにしているから相手してやってるヘビ。文句あるかヘビ?」
神社の敷地内とはいえ、俺も駄蛇が宿った駄蛇刀を持ち歩くわけにもいかないので、ここにいるのはいい。どうせ偽ロリ辺りが提案したのだろう。
見たところ将棋はじっさまが優位に立ち、駄蛇が次の一手を長考しているらしいので、話しかけても問題はないはずだ。
そして、じっさまのぎっくり腰も良くなってきているようだ。
「じっさま、挨拶が遅くなりました。お久しぶりです。今回の祭りについて色々と教えていただきたいのですが……」
「手順ならば、まとめておいてこれに書いてある。分からない部分は聞きに来なさい。準備ならば、ほどんど終わっておるしな」
さ、流石は毎年恒例だけあって、手慣れ過ぎている……。
「羽衣とも奉納演舞をするから、あの娘をよろしくな」
「……一人ずつやるんだとばっかり思ってました……」
「昔、一緒にやっとたろ? あれと同じじゃよ」
そういや、やってたなあ……。師匠曰く、演舞にもちゃんと術的な意味があるから覚えておいて損はないぞ……とか。
じっさまがまとめてくれた祭りの流れを確認していると、駄蛇がようやく将棋の駒を動かして、次の一手を指していた。
「こ、これでどうだヘビ!」
「うん。甘いねえ。これだとこうなるよ」
「へ、へびぃ!? ちょっと待ってくれヘビ!」
この駄蛇、爬虫類だけに頭は弱いのだろうか?
「いやいや。この蛇君はなかなかの腕じゃよ」
腕が無い蛇なのに、なかなかの腕とはこれ如何に。とも感じてしまうが、俺の思考を読んだかのように、じっさまが答える。また長考になるのだろうと思い部屋を後にしようとした時、駄蛇が質問をしていた。
「てめーもヘビが、あの偉そうな奴も着物娘もアイツに似た感じがするヘビ。てめーら須佐之男と関係あるヘビか!」
「確かに、この神社は須佐之男命を奉っておるよ。ただ……、それだけではなくてね」
前に駄蛇が師匠に対して敵意を剥き出しにしてはいたが、ここに所縁のある人物はほぼ該当していることになる。
――須佐之男命。神話の時代に八岐大蛇を退治したとされる暴風の神にして厄払いの神。
「いつから伝わってるのは定かではないが、うちに受け継がれている戦法は須佐之男命が源流とは言われておるよ」
「うん千年経っても蛇に関わってくるとか、ウザすぎるヘビ!」
「ほっほっほ。そう言うてくれるな。この時代に至るまでに、その戦法も徐々にではあるが弱まっている。蛇君の知る物とはかけ離れておるさ」
それでも師匠は、おそらく日本において最強の術者ではあるから、その先祖とかどんなだったのやら。
「少しならば、功君だって使えるはずじゃがの? 別に門外不出というわけではないしの」
「俺には……むず過ぎです。ここの一族に最適化されてませんか、あれ?」
「そういったこともあるかもしれんが……。どれ、ちょっと見せあげようか」
そう言うと、じっさまはスッと立ち上がる。そのじっさまは文字通りの瞬く間に俺の後ろへ何の気配も感じさせることなく佇んでいた。
「どうかの? この『颯迅足』は? 儂もまだまだいける――」
後ろに立っているじっさまの言葉が不意に止まる。そして、脂汗をだらだらと垂らし始めた。
「こ……腰が!?」
「じっさま!? ぎっくり腰が治りかけでそんなのするから!?」
「あーあ。ジジイは大人しくしてるヘビ……」
その後、歩くのも難儀となったじっさまを何とか布団へ運び、患部への応急処置を行うのであった。




