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第6話 夜闇の中へ

「……ねむい……ねむい……さいわい……い……まは、えい……ご。な……らねて……」


「良いわけあるか!!」


 深く深く深淵より深く眠りにつこうとしていたその瞬間、俺の頭頂部に衝撃が走る。その見事な一撃で完全に目を覚まし、衝撃を放ったぬしの方向を見る。


「坂城、英語が得意とはいえ、授業中に堂々と居眠りは感心しないな? しかも担任の目の前で」


「先生。これには深いわけがありまして」


 俺は努めて真剣な表情で先生の目を真っすぐに見て、その理由を説明する。


「ほう。言ってみるといい」


「昨日、自宅に帰った後、なぜか折り鶴作成大会が始まりまして、気づいた時には山盛りの折り鶴と共に朝日が昇っていたんです!」


 その言い訳で教室に大爆笑が響き渡る。


「お前な~……」


 俺の事情を話すと、先生は力が抜けたようになってしまった。


「それで? その折り鶴はどうした?」


「同居している娘が小学校に一部持っていきました。まだ半分以上ありますから、明日、先生に全部進呈します。それで許してください!」


「いらんわ! もういい。この授業が終われば昼休みだから、それまでは我慢しろ!」


「サー! イエッサー!!」


 俺と先生のやり取りで、さらなる爆笑の渦がクラス中に巻き起こる。


「さーかーきー! ひー! 腹痛てえ!」


「坂城君、なにやってるの!?」


「はははははは! 折り鶴!? 何でだよ!」


 その後、先生が静かにするように注意すると、皆がピタッと沈黙する。このクラス、というか先生は結構慕われているので、言うことを聞いているようだ。

 そして俺は閉じようとするまぶたを意志の力でどうにか授業終了まで開き切り、無事に昼休みを迎えた。

 弁当箱を開け、5分で平らげ、すぐに目を閉じて3秒後に眠りにつこうとしていた矢先、藤田さんに声を掛けられてしまった。


「坂城君!? さっきね妹からSNSで連絡があって、ほら!」

「……ぐう」


「いや、寝ないで! ね?」


 俺と藤田さんのやり取りで、クラスメイト数人が藤田さんのスマホを覗き込んでいる。


「……すっごーい! ほんとに折り鶴作ってたの!?」


「何、この繋がってるやつ!? 千羽鶴とは違うんでしょ!?」


「この外国人の娘、かっわいい!」


 特に女子がきゃーきゃーと騒いでいる。ぼけまなこで、そのスマホ画面に目をやると、ローラと千佳ちゃんが一緒に写り、机の上には相当数の折り鶴が飾られていた。

 その他には俺が昨日教えたハートマーク模様の鶴も気に入ってくれたようで、千佳ちゃんが家に持って帰ると言っているらしい。


「そうか、よかった……。俺の昨晩の頑張り(ぎせい)は無駄じゃなかった……。バタッ!」


「坂城君、寝ちゃったね」


「っていうか擬音をわざわざ口で言うなよ!」


 などというツッコみを他所に、午後の授業が始まる1秒前までふかーく眠っていたのだった。









 昼休みに少しだけでも寝たおかげか、午後は通常通りに授業を受け、帰路につこうとしていた。というか、まだ眠い。この後のことを考えると家に帰ってソッコー寝たい。というわけですぐに帰ってベッドに潜ろう。


「坂城君。ねえ! 坂城君ってば!」


 この完璧なる論理の前では、俺を呼び止めようとする藤田さんの声など耳には届かな――


「さー! かー!! きー!!! くーーーーーーん!!」


 届いてしまった。困ったもんだ。


「すまない。おうちの寝具ベッドは俺がいないと寂しがるので、また今度な!」

「少しだけだから! お願い!」


 結構押しの強い娘だなあ……。


「あんなに沢山の折り鶴、ありがとうね。千佳も本当に喜んでたよ!」


「千佳ちゃんにあげた分は、ほとんどローラが折った分だから気にしないでくれ」


「でも坂城君も徹夜で手伝ってたんでしょ?」


「ま……まあな……。ははは……」


 実はローラは先に寝てしまって、その後ルーシーと折り鶴対決やって朝になっていたとか白状できる雰囲気じゃない。


「あの仔も生きていたら……、千佳があの鶴を見せてあげていたんだろうなあ……」


 少しばかり寂しげな表情を浮かべていたが、おそらく藤田さんは先日亡くなった、自分の飼い犬の事を思い出してしまったのだろう。そんな言葉が出てくるのだから、可愛がっていたのが良くわかる。


「……なあ、そのワンコの事、忘れないであげてほしい」


「忘れるわけないでしょ! もう!」


「だよな。ごめん。失言だったかな」


 本当にごめん。多分、あのワンコが二人の近くにいられるのは、今日で最後になると思う。だからせめて、心の中でだけでも謝らせてくれ。












 自宅へと帰り、ひと眠りする前にスマホの連絡先から、電話を掛ける。何回かのコールの後に、相手の声が耳元へと聞こえてくる。


「ああ……。どうした? 忙しいから手短に頼む」


「ご無沙汰しています、師匠せんせい。実はこちらで対処したい案件が発生しまして」


「堅苦しい話し方はいい。お前の事だから、この連絡する時点で準備はできているんだろ? なら事後報告で構わないから、解決を急でくれ」


「はい。ありがとうございます」


 電話を終え、ベッドに寝転がる。

 静かに目を閉じて、体を休めるとともに、真っ暗な視界にあって遥か遠くを眺めるイメージで集中する。これから自分がすべきこと、必要なことを頭の中で反芻はんすうしていく。




 ――深夜、午前二時前。

 考えていた通りの時間に目を覚まし、竹刀袋を片手に夜闇の中へと歩を進めていく。

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