第56話 お祭りと神主不在とその代わり
10月に入り、学校生活を満喫している一方で今週の土日は近隣住民に迷惑をかけているという怪異の調査に赴き、忍と美里さんの協力もあり、どうにか休日で片をつけることができた。
「ご苦労だった。報告書は早めにな。ところで……、あの二人はどうだ?」
「忍達なら任務をこなすたびに慣れていってますよ。正直、成長が速くて驚いてます」
「そうか。まだ粗削りとはいえ、良い人材を確保できたのは僥倖だった。対魔組織なんてのは、どこでも人手不足だからな」
そんな雑談をしていると、室長室のドアをノックする音が聞こえてきていた。
「室長。失礼しまーす!」
入室してきたのは、レイチェルねーさんであった。彼女も詳細は聞いていないらしく、不思議そうな表情を浮かべている。
「来たか。……さて、二人が揃ったところで、お前たちに頼みたいことがある」
「任務ですか?」
師匠は一瞬だけ目を閉じて、真剣な表情で俺達へと視線を向ける。
「いや。今回は個人的な……、神屋明澄としての頼みだ」
これは一体どういったことなのか。個人的……とはいうものの、師匠の実力であれば大抵の案件は片が付く。それができないような厄介ごととなると……。
「失礼ですが……、師匠でも手こずる様な案件なら力にはなれないと思います」
「そうじゃない。今回、頼みたいのは戦闘になる様な事ではない」
室長の言葉に俺とねーさんは目を見合わせて、お互いに疑問を浮かべていた。
「……私の実家で今の時期に祭りをするのは知っているな?」
「師匠のご実家、神社ですもんね。もうそんな時期でしたか」
「それでな。例年なら私の父が取り仕切って、奉納演舞をやったりもするのだが……」
師匠の説明を聞いているうちに段々と内容が予想できてしまう。
「その父が祭り間近だというのに、ぎっくり腰で寝込んでしまってな」
「あー……。じっさまも年ですしねー……」
面倒ごとっぽいので、話半分で聞き、棒読みで返事をしてしまう。
「それでだ。私もその日だけ帰省も無理なので、父の代わりに――」
「すいませーん。俺、休日は朝からローラと道場に行かなきゃなので無理です」
何で俺が地方都市まで行かねばならないのか。
「大体、演舞なら羽衣にでもやらせれば良いですよ。できるでしょ多分」
神屋羽衣――俺の一つ年下の神屋師匠の一人娘だ。師匠に対魔戦闘を教わっていた時期、あちらで修行していたこともあるので見知った仲だ。
「だから個人的な頼みと言っているだろう。その他にも羽衣が来年から、こちらの高校へ。お前の通っている学校に進学したいとも言っていてな。学校の話を聞かせてやってくれないか?」
「……羽衣の頼み事には弱いですよね、師匠」
「……お前も将来、娘が産まれたら分かるようになる」
お互い真剣な眼差しなのに、何故か下らない話をしてしまっている気がする。羽衣は中学三年生なので、もう少ししたら受験を控えている身だ。
「まあ、そこまで渋るなら仕方ない。面白い話も耳に入ったのだが……」
「何ですか? そんなに勿体ぶって?」
「これは極秘だからな。二人共、少し耳を貸せ」
俺達が師匠のデスクへと接近し、耳を近づける。
「実はな――」
その極秘情報を聞いた瞬間、俺の心は決まっていた。
「師匠! その祭り、俺が全力で成功させます! お任せあれです!」
「済まないが頼んだ。健闘を祈る」
意気揚々と室長室を後にする俺ではあったが、室内に取り残された師匠とレイチェルねーさん、特にねーさんは少しばかり呆れ気味に文句を言っていた。
「せんせー……。どこからそんな情報仕入れたのかは知らないけど……職権乱用じゃないの?」
「あそこまで効くとはなあ……。あいつのああいった現金な部分は嫌いじゃないが」
「うん。あの様子だと心配だから、あたしが呼ばれたんだよね?」
「節度は守ると思うのだがな……。念のため……だ」
その会話には不安が入り混じっていたらしい。
帰宅後、全員揃ったところで師匠からの依頼についての説明を住人たちに行っていた。
「はい。そういうわけで、今度の連休は金曜日の放課後から現地に出発します!」
「神屋の実家の祭りとはの。まあワシは構わんが……」
「あの偉そうな人間の出身地ヘビ? 仕方ねーから蛇も行ってやるヘビ」
偽ロリと駄蛇は問題ないようだ。
「けど、良いの? 休日はわたしと道場に行ってるのに……」
「そこは大丈夫。あそこにも稽古場はある。あっちに行っている間は、俺やねーさんでも指導はできるから」
ローラは最近になって道場に通い始めたので、その辺が気になってしまったらしい。後で事情を師範へ説明しておくとする。
「じゃあ、どうやって行く? あたしが運転――」
「いや。電車とバスでも行ける。ねーさんの運転は危険だ!」
「失礼だぞ! 事故起こすような言い方!」
「こないだの運転、命がなくなるかと思ったわ!」
ねーさんは自分が運転して現地へ行くつもりだったらしいが、そこは断固反対をさせてもらう。本当に命がいくつあっても足りない。
「なんならワシが運転しようかの? レンタカーで良ければじゃが」
「運転免許を持っていた……だと!?」
偽ロリの一言に少しばかり固まってしまった俺であった。その偽ロリはゴールド免許を見せびらかしている。
「大丈夫じゃよ。安全運転で行くからの。レイチェルにはハンドル握らせんから」
「すまない。頼んだ」
さて、現地入りまでの段取りは問題なさそうなので、その他の師匠から頼まれていた事も準備しておくとしよう。
学校のパンフレットとか受験用の問題集などの羽衣が受験するための物になる。
それと師匠からも連絡は行っているはずだが、あちらに数日間お世話になるので、俺からも事前に連絡しておくべきだろう。
就寝前、スマホを取り出して神屋家というより、SNSで羽衣へとメッセージを送信する。
『知ってると思うけど、今度の連休はそっち行くからな~。ねーさんや偽ロリ、もう一人、羽衣が知らないのもいるけど、よろしく頼む。m(__)m』
いつ既読になるかも分からないし、そろそろ眠るか……と部屋の電灯のスイッチにをオフにしようとした正にその瞬間、スマホの着信音が鳴っていた。
「早っ!?」
少々驚愕しつつスマホの返信を確認してみる。
『はい! こちらでも準備をしておきますので、どうぞ気を付けてお越しください! お待ちしております!!』
……普通のメッセージのはずなのに、何故か無駄に力が入っているような気がする。
羽衣の返信に言い知れぬ不安を感じながら、部屋の電灯をオフにして目を閉じたのであった。




