第46話 夜の学校情報収集
本日の演劇稽古についてはどういった動きをするかの打ち合わせ程度となった。最初は俺の事を敵意のある目で見ていた一部の男子達も好意的になってくれたのは幸いだった。千佳ちゃん曰く――
「ほら、男子って単純だから」
だそうだ。俺も数年前まではその男子と同じ時代もあったのだが、そこはあえて言わないでおいた。
「今日はありがとうな。もうすぐ下校時刻だから、お前らも帰れよ」
「はい。先生もお疲れさまでした」
にこやかに先生へと挨拶し、玄関へと向かう素振りをしながら忍と美里さん、ローラにはこっそりと耳打ちをしていた。
「……とりあえず、こっちに行くぞ」
三人はそれに頷くと黙って俺についてきていた。向かったのは普段人気がなく誰も近寄らない使っていない教室だ。
夜になるのを待って、校内探索と情報収集を行う算段である。
「ここで夜になるまで待ってるか。基本的に誰も来ないから、暇なら少し寝てもいい」
「……お前……、何でそんなの知ってるんだ?」
「そりゃあ……、夜の学校とか散歩コースと変わらないからな。よくここで時間を潰してたもんだ」
その答えに微妙な表情を浮かべる三人であった。
「……実は結構悪ガキだったのか、コイツは」
「夜の学校に慣れっことか普通はないねー」
「コウ、夜の学校は散歩するとこじゃないよ」
とてもとても辛辣な御三方である。俺的にはそこまで悪い事していたわけではないのだが不評らしい。
「まあ、調査するにもタイミングってのがあるから、今は待ってようか」
そうして数時間後、夜も更けた頃に調査を開始した。
「夜の学校ってなんでこんなに不気味なんだろうね?」
「……コウ……どこ行くの?」
女子二人、特にローラは歩く動作がガチガチ、顔は引きつって怖いと言うのを我慢してる感じだ。
「ローラ? 手、繋ぐか?」
「……うん」
少しばかり緊張しているローラの手を握り、そのまま歩いていると後ろの二人がヒソヒソと何かを話していた。
「かーわいー」
「ああしてるとほんとに兄妹みたいだな」
そうして歩くこと数分。ある人物に会うために目的地へ向かっていたその時だった。
「ねえ? コウ……、足音が聞こえない?」
ローラの言葉に耳を澄ますとドタドタと廊下を疾走してくる音が響いてきていた。
「何か来る!?」
その音に臨戦態勢を取りながら後ろを振り向く忍と美里さんだったのだが、彼らの目に映ったのは――
「ランナー真っ青な綺麗なフォームで人体模型が走ってきてる!?」
「こいつが小学校を騒がせてる怪異か!」
真っすぐこちらへと向かってきている人体模型を迎撃すべく、二人は一歩踏み出そうとするが、その間に俺が割って入った。
ちなみにローラは固まって微動だにしていない、否できない。
「はい、ちょっと待った。もっさんも何やってるのさ?」
二人を止めて、人体模型の方を向くと彼は身振り手振りで何かを訴えようとしている。
「功!? 何やってんだよ!?」
忍が敵意剥き出しで人体模型を睨みつけているが、彼を破壊させるわけにはいかない。
「まあ待てって。この人は学校の七不思議の一つ、『徘徊する人体模型』のもっさん。小学生の頃の昔馴染みだぞ」
「「「……は?」」」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔になってしまったローラ達であったが、もっさんはさっきから必死に体全体を使ってジェスチャーを続けている。
「……そうだ。これがあった!」
久々で忘れていたが、彼とコミュニケーションを取る際に便利なものがあったのだ。
スマホを取り出し、あるアプリを起動させてスピーカーモードへ設定すると、そこから音声が聞こえてきていた。
『功、久しぶりだ。誰かいると思って急いで来てみたら君だったとは。卒業したのにどうした?』
「アプリの調子も良いな……。久々だったから、どうかと思ったけど問題なさそうだ」
その様子を怪訝な表情で見ていた俺以外の三人であったのだが、怪しまれてもマズいので説明を行うことにした。
「実はさ。昔、月村さんにもっさんと会話できないかなーとか話して。それで月村さんが作ったのが、模型の声帯部分に埋め込む機械とこのアプリでさ。おかげで普通に会話できるようになったんだよね」
『実体があると便利だよね。改造とかできるから』
「もっさん、そういうのは月村さんの前で言ったら駄目だ。目からビーム発射したりドリルとか装着させられる」
『それはそれで格好いいかもしれないねえ。ははは!』
スマホから流れてくるもっさんの言葉にどうリアクションしたらいいのか判断に迷っていた三人であった。しかし、いち早く我に返ったローラが俺の後ろに隠れながら口を開いた。
「この人? は、味方でいいの?」
「だな。学校の七不思議は友達。怖くない」
「怖いから! 人体模型が動いて喋ってるのはおかしいから!」
ローラが少しばかり震えながら文句を言っているが、ここで話し込んでも仕方ないと感じたのか、もっさんが質問をしてきていた。
『ところで、どこに向かうつもりだったんだい? できれば今はこの学校、夜に近寄っちゃだめだよ』
「花ちゃんとこ。俺がいるのも、この学校で起きてるおかしな現象の調査でね。情報通の花ちゃんなら何か知ってるかもと思って」
俺ともっさんが話し込んでいると、ようやく正気に戻ったらしい忍と美里さんが疑問を口にした。
「花ちゃんって誰?」
「学校の七不思議で一番の有名人。トイレの花子さんだけど……」
「何でそんなに親しげなの!?」
「いやー。ほら! 小学生の頃だと外見年齢近いし!」
なんか頭を抱え始めてしまった女子二人であった。
「……功くんって、こうなの?」
「はい……。霊視を覚えた時に分かってたつもりでしたけど……予想以上でした」
ドン引きされてしまった。ちょっとショックだ。
『花子さんなら今はトイレにいないよ。というか七不思議のみんなは違う場所にいる』
「マジで!?」
『功がいるなら問題ないだろう。案内するからついてくるんだ』
もっさんの指示に従い、彼の後ろについていく。夜闇の学校に四人と一模型の足音がカツカツと聞こえていた。数分後、連れてこられたのは三階にある階段であった。
『四人ともちゃんと階段の数が十三段になっているのを数えてね』
「……これって七不思議の十二段の階段が十三段になっていたら、異界に連れ去られるとかってやつじゃ……」
もっさんの説明を聞いて、心当たりがあった美里さんが解説すると、俺以外の全員が硬直してしまう。
「大丈夫だって。なにせ異界とか言われる幻の四階の常連はこの俺だ!」
「常連になれるもんなのかそれは!?」
「大丈夫。帰ろうと思えば帰れる。レッツゴー」
その説明をすると忍と美里さんは本当に嫌々な雰囲気と表情で一歩を踏み出していたのだが、ローラのみ足を止めてしまっていた。
「置いて行くわけにもいかないしな。仕方ない」
ひょいっとローラを脇に抱えて階段を昇ったのだが、彼女から文句が飛び出している。
「ちょ!? 降ろして! 恥ずかしいから!」
「だーめ。下手すれば一人だけ怪異がいるかもしれない学校に残されるだろ」
俺の脇でじたばたするローラを尻目に段数を数えながら進んでいく。
「……功くん、そこはおんぶかお姫様抱っこでもすれば好感度アップしそうなのに……」
「そうなのか? 別に良いんじゃねえの?」
「忍……、あんたも少し勉強が必要だわ……」
美里さん達がそんなことを小声で話しているうちに十三段目の階段を踏み越える。すると目の前にはクラスのナンバーもない教室が現れていた。
「はーい。こちら、あるはずのない四階にある教室でーす。みんな準備は良いかなー?」
旅行ガイド風に極めて明るい雰囲気で解説をしたのだが、俺以外の表情は固まったままだ。
『功以外の人間がこの場を訪れるのは何年ぶりだろうねえ。歓迎するよ』
もっさんがその言葉と共に教室の扉を開け、俺達はその場へと足を踏み入れたのだった。




