第45話 ローラのクラスへ来訪
対策室から帰った後、夕食を取りながら今回の件について話し合っていた。
「小学校に現れる正体不明の怪異とはのお……」
「学校なら蛇は行けんヘビ。刀が本体の蛇が行ったら騒動になるヘビ」
夕飯のトンテキを食べながら現状の確認をしていたのだが、とりあえず現地に行ってみないとどうにもならないので、明日から放課後に小学校へと向かうということになった。
「ところで……、どんな劇やるんだ?」
「ええとね? 『旅の武士の珍道中~盗人から悪代官までバッサバッサ~』だって」
「良いのか!? そのタイトル!?」
どこからどうツッコんだらいいか分からなくなるタイトルだが、そこはまあ良いとしよう。
「功。お主……、小学校の頃に何やったんじゃ?」
「ああ……、いやー……。飛んだり跳ねたりをちょっと」
口籠る俺であったのだが、そこからはローラが嬉々として説明を行っていた。
「ええっと……。放り投げた刀をバク中しながら、蹴って相手の方に飛ばしたり……、二人同時に投げ飛ばしたり、目にも止まらぬ移動で数人を倒したりって聞いた!」
「……ちょっと電話してくるぞい」
そう言って席を立った偽ロリだったのだが、廊下から文句が響き渡ってきていた。
「神屋! 功が小学校の頃にやった演劇の動画残っとるか? ん? 残っとる? じゃあ帰宅した後でええからデータ送って寄越せ。ええか! ワシだって見たい!」
「やめんか! この迷惑ロリが! 師匠仕事中!」
「ええじゃろ! ワシがいない間になんて羨ましい……」
「テメエで旅に出といて何言ってる!」
廊下にて俺と偽ロリの口喧嘩が繰り広げられていると、玄関の扉が開き仕事帰りのレイチェルねーさんが顔を出した。
「ただいまー……。つっかれたー……。何やってるの?」
「聞かないでくれ。ややこしい事になりそうだから」
これ以上の面倒になるのは、はっきり言って御免なので無言でねーさんの晩飯を用意すべく台所まで行ったのだが、食卓ではその演劇の話題で持ちきりとなっている。
「ふーん。いいなあ……。あたしも見に行きたいなあ……(チラッ)」
「俺を見てもダメだろ。見たいなら有給取れ」
「その日は無理っぽいよ~……。はあ……」
少しばかり落ちんでいるねーさんだが、偽ロリは職場での様子が気になっていたらしい。ねーさんに対して注意を促していた。
「ええか。お主は顔なじみが多いとはいえ、真面目に業務をせんと叱られるぞい。子どもの時とは――」
「分かってるってば! あたしの事を知らない人も多いし、真面目にやってるって」
どことなく説教くさいのは、年寄だからなのだろうか。
「ねーさん……、調査だけじゃなくて普通に事務とかできたんだな……」
「そりゃそうだよ。フリーランスだって現場とデスクワーク両方できなきゃ自分の管理もできないしね」
なのに何でアメリカであんな不手際になったのやら。
そんな事を考えていると、ねーさんから小学校の件についての連絡が言い渡された。
「そうだ。美弥からだけど、忍と美里も小学校に一緒に行くって。きっと役に立つよって言ってたよ」
丁度その時に忍の奴からメールが来ていた。
『明日から放課後に小学校行くんだろ? 何時に集合する?』
『じゃあ、16時に小学校前で』
『りょーかい』
そんなやり取りをした後で、その日は晩飯から就寝まで普通に過ごしていた。
次の日、ローラが通う小学校前で忍達と合流。そのまま中へと入ってローラのクラスまで行ったのだが……。
「……俺? 何かした?」
「あ、お兄さんだ。おひさー」
「……千佳ちゃん? 男子の視線が痛い気がするんだけど……」
教室へ行くと藤田さんの妹さんである千佳ちゃんが、笑顔で出迎えてくれた。しかし男子達からは歓迎してないオーラがまざまざと放出されている。
「コウ! シノブとミサトも一緒だ」
「おう、よろしくな」
「わたしは忍のお目付け役だけどね。やりすぎないように」
などなどローラとも会話をしているとクラス担任が姿を現した。
「坂城、久しぶりだな。こんなに大きくなって……」
「先生。俺、もう16歳ですから背丈だって伸びますって。ところで……、何で男子がおっかない眼で俺を見てるんですか? 先生、変なことでも言いました?」
「……そりゃお前、ウィザースさんの男子人気を知らんだろ? そんな子と一緒に住んでるお兄さんってなると……なあ?」
「親戚の子ってだけなのに!? 理不尽!?」
千佳ちゃんからチラッと聞いていた事はであるが、ローラのクラスでこんなことになっていたとは想像していなかった。まあ、これに関しては考えても仕方ないので、演劇の稽古に集中するとしよう。
「ところで……、どんなの教えればいいんだ?」
「んーっとね。カッコいい奴だって」
凄まじく漠然とした注文である。
「……どうするか?」
「功、とりあえず……簡単に組み手をしてみるか。どんな動きが良いかは実際にやる奴らに決めて貰ったらいいだろ?」
忍の提案に従い、お互い構えを取る。生徒たちの机は教室の後方に移動しているので、そこそこのスペースがあり簡単な組手をするくらいなら問題はない。
「はあ!」
ドンっと踏み込みの鈍い音をたてながら、俺の胸へ忍の拳が迫る。先日の自宅での組手と違い加減をしているので、その拳を利き手である右手で掴み、左手で忍の体に掌底を繰り出しながら、足を払って転がそうと試みる。
「何の!」
忍は俺の掌底を自身の腕での防御を試みるが、その衝撃で重心が不安定になりそのまま背中から床へと落ちそうになったのだが、体を捻りながら足を地につけその反動を利用して蹴りを放つ。
ここから反撃が来るだと!?
その行動に驚きつつ、打点をずらすために半歩前へ踏み込む。そのまま地についている方の足を掬い上げ、天井を向いた忍の体に肘を叩き込む。忍もそれに反応し、俺の肘を掌で防御しつつ倒されながらも拳を突き出し、急いで体勢を立て直していた。その拳は俺の頬を掠めている。
「あそこから反撃来るか、ふつー」
「これしか長所が無いからな」
「……ちょっとギア上げてくぞ?」
「ああ……? ちょっとじゃなくてトップギアでも構わねえぞ?」
俺たち二人の瞳が真剣なものへと変貌する。そして接近する前に――
「はーい! ストーップ! 試合とか異種格闘技戦やりに来たわけじゃないんだから熱くならない!」
美里さんが俺らの間に入り、制止に掛かっていた。
「「……あっ」」
思わず俺と忍の声がハモってしまう。あまりにも拮抗しすぎていたせいで周りの事をすっかり忘れてしまっていた。その見学者達を見回すと、ほぼ全員がポカーンとしてしまていた。
……しまった。やりすぎたか。
そう考えたのは忍も同じらしく、少しばかり硬い表情を見せている。しかし周りにいた一人の男子が口を開く。
「……すっげー!」
「どうやって動いてるんだアレ!?」
「投げられながら蹴ってたぞ!?」
などなど特に男子が興奮して俺らの組み手について語り合っている。
「お前ら……、子供相手に高度過ぎないか!?」
「大丈夫です! 子供でもできるような派手で簡単のを教えますから!」
先生が苦言を呈するが、そこはうまく調整させてもらうとしよう。だが、組手を見学していた男子達の騒ぎが収まらない。
「あれって空手と柔道か? でもローラんちの兄ちゃん叩いてたし……なんだ?」
一応、体術を教わった凛堂流は柔術。投げあり関節あり締め技あり当身ありの流派だ。
「空手の兄ちゃんもかっけえ! どこの道場だ!?」
……と、何人かの生徒が空手にも興味を持ったようだった。その言葉を聞き逃さなかったの人物が広告が書かれた紙を持って彼らへと近づいて行った。
「はーい。うちの道場に興味を持った子がいたら、入門は大歓迎だからね~。本格的でもいいし、運動をしたい子でも一回見学においで~」
……美里さん、目を輝かせている子達にすっげえスピードで手作りチラシ配ってる!?
目を見開いて呆けている俺を一目して、恥ずかしそうに説明をしてくれた。
「……実家の商売の手助けを……ちょっと……ね?」
「そ……そっか……」
ちょっとばかり引き気味の俺であったが、忍が耳打ちしてきた。
「やっぱ……、ほら。入門者がいないと商売成り立たないからな?」
「もしかして、これ目当てで小学校に来たのか?」
「少なくとも俺は違う」
後日、美里さんの実家へ子供の入門者が数名増えたらしい。




