第43話 レイチェルの対応方法と試験結果
赤ちゃんの母親は乳児院へと辿り着くと、窓から室内をジッと見詰めている。悲痛な表情を浮かべて、ただひたすらに。
「あの人、夜になると頻繁に来るの?」
(こくこく)
「それを見つけると、鬼子母神さんがあの人の近くで怒って色々した?」
(こくん)
レイチェルの問いに頷き肯定を示していた鬼子母神であった。
「それがこの近くで頻発してた怪奇現象だったわけですね」
「弾けるような音がしたり、壁をガンガン叩いている感じがしたり、窓の外側に手形が付いていたり……だっけか」
美里と忍が納得した表情を浮かべている一方で、レイチェルは鬼子母神へとこの場で働いている人が困ってる事を打ち明けていた。
「あのね? 貴女が訴えをしているせいで、ここのおばさん達が困ってるの。子供達に何かあったらって心配してる」
(しょぼーん……。ぱたぱた。むーっ!)
少しばかり落ち込んでから、何やらジェスチャーして、またまたむくれ顔を見せている。
「んーっと……。そんなに心配ならちゃんと自分で引き取れ? でなければ、ここの人達に事情を話してお願いしろ?」
(こくり)
どうやらレイチェルの訳で合っていたらしい。
「……アレで分かるのか」
「言葉でコミュニケーション取れないって……大変なんですね……」
「その場のノリと勢いとその人……? この場合は神様の人となりで大体の判断してるだけだよ。悪い人じゃないのはここ数日で分かってたしね」
そういった説明をされてはいるが、彼女と意思疎通ができても今回の件は解決とはならない。説得してこの行為を止めてもらわなければならないのだ。
「あの人は……、あたし達がどうにか……、おばさん?」
ふと女性の方を見ると、乳児院の院長が彼女の近くへと姿を現していた。
「……あのおばさん、赤ちゃんのお母さんが夜な夜な来てるの知ってるみたいだったよ」
「そうなのか!?」
「うん。けど……、どうすれば良いかを考えあぐねてるって感じだった」
レイチェルは数日間、乳児院へと通っている間に色々と察していたらしい。そして意を決して二人の前へと姿を現すことになった。
「おばさん? もしかしてこの人……、あの祠に捨てられてた赤ちゃんの……」
首を縦に振り、それに同意していた院長だったが、三人がここにいるのが気になったらしい。
「あなた達……、こんな夜遅くにどうしたの?」
「あははー。忘れ物したから取りに来たら、おばさん達がいてね」
おそらくは前もって考えていた嘘ではあろうが、数日間この場に通っていたので怪しまれることは無かった。
「ね? 良かったら……、あたし達に事情を話してみない? 何か力になれるかもだよ!」
「お、おう。そうだな。あの子も可愛いしな。こうやって見に来るくらいだから気になってるんだろ?」
レイチェルと忍の二人に促されて、重苦しい雰囲気で口を開いた女性であった。
「私……、あの子の父親で夫だった人に酷い扱われ方をしていて――」
その後、彼女が語りだしたのは、自分が稼いでいたお金のほぼ全てを暴力で奪われていたこと。そのせいで精神状態がまともではなく、乳児院へ連れて行っても引き取ってもらえないかもと考えてしまい、あの祠の前に置いて行ってしまったことなどを説明されていた。
「レイチェルさん? ど……どうしたんですか?」
「え……笑顔なのに目が笑ってねえ!?」
美里、忍の双方がレイチェルのただならぬ気配を感じ取ってしまい、ドン引きしてしまっている。それは院長と女性も同じであった。
「怒ってない。怒ってないよー……」
「怒ってるだろ絶対……」
にこやかな表情とは真逆の雰囲気となってしまったレイチェルが女性に向かって、ある提案を持ちかけた。
「ねえ。ウチのひいばあちゃんなら、いい弁護士を紹介できると思うんだよね。色んなとこに伝手ある人だから。どう? やってみない?」
「でも……、私にはそんなお金は……」
「その辺は……、相談してから交渉するのも手だしね」
一応、ルーシーについては自分達の曾祖母という事になっているので、そういった紹介をしたのだが、それだけに飽き足らず自分の身の上まで語り始めたレイチェルであった。
「大丈夫だよ。あたしなんて本国でお家を取られて、泣く泣く日本の再従兄弟のとこでお世話になってるしね。訴訟慣れしてるから相談にも乗れるよ」
「……そ、そうなんですか?」
「貴女も……大変だったのね……」
少しばかり、否かなり同情されているレイチェルであった。
「うん! 訴訟大国出身を舐めるなー! その男にはそれなりの報いを受けてもらおう!」
(ぽかーん。……キリッ! ブンブン! わー!)
レイチェルの宣言に一瞬だけ呆けてから腕を振り上げて賛同している素振りを見せる鬼子母神であった。
「いいぞいいぞ。やれやれー……だよね?」
「多分……。ノリのいい神様だな……」
美里&忍は鬼子母神の様子を見ながら、その仕草を観察しての訳もなんとなく分かってきたらしい。というより楽し気にジェスチャーしているので、敵対することも無いのだろうなーと安心してしまっている。
そんな事を二人が考えていると、レイチェルはスマホを取り出して、スピーカーモードで通話を始める。
「あっ。ルー? 実は……かくかくしかじかで――」
「ほう……。あい分かった。腕のいいのを紹介してやるからの。徹底的にやってやれい!」
「あははー……。ノリノリだねえ。……というわけで、こっちの準備はオッケー!」
トントン拍子で話が進んでしまっていて、口を半開きにして呆けてしまっていた院長と赤ちゃんの母親であった。
「じゃあ……、これからの流れを説明するね。まずは――」
レイチェルねーさんが色々と説明しているのを少し離れた場所から、様子を伺っている人間が数人いた。
「姿隠しの術、ありがとうございます。ルーシーさん」
「なあに……、軽いもんじゃて。して、どうじゃ? 神屋よ」
今回の件について、室長自らがレイチェルの行動を査定するために、この場を訪れていたのだ。俺とローラも一緒だ。
「……すぐに戦闘行動に移らなかったこと。原因を調査して、解決に導こうとする部分は及第点ですかね。もしあの鬼子母神を祓っていたら、乳児院を守護していた者がいなくなる可能性もありました。そうなったら、おかしなのに目をつけられていた可能性もありましたからね」
「あちらで手痛い失敗をしたことも原因じゃが……。一番は術者として功に追い抜かれたことがショックだったようじゃな」
チラッと俺の方を向いてそう説明していた偽ロリであった。
「何で!? 今だって戦えばねーさんの方が強いはずだよな?」
「想像してみい。昔は自分の後ろで守っていた子が、いつの間にかそうではなくなっておったのじゃ。嬉しいやら寂しいやら悔しいやらで、自分もしっかりせねばと気を張っておったようじゃよ」
にまにましながら俺をからかうように口を開いていた偽ロリはさらに続ける。
「ローラが術者として、お主を追い越したら分かるようになるぞい」
「……ローラの才能なら順調に行けば……二、三年で今の俺は追い越すだろ。気にするほどの事じゃない」
……と、そう言いながらローラの方を向くが、偽ロリはがっかりしたような表情を見せていた。
「神屋よ……。こやつ……鈍すぎんか?」
「まあまあ……。ストイックなのは悪い事じゃありませんよ」
「お主らの腕が良すぎるからかのお……? こんなんなってしもうたのは」
そんな雑談を聞きながら、今度はローラが俺の方を真剣な眼差しで見据えていた。
「コウ……、何でそんな……凄い装備になってるの?」
そう、今の俺は駄蛇刀の他にも対魔・対霊戦闘用の装備一式――専用の防御用ベストや左太もものホルダーには拳銃。そして手甲装着、脛には金属を編み込んだ脚絆とフル装備状態となっている。
そして、その上から術的防御用である灰色の羽織も着ているのだ。
「ちな、この拳銃の弾は結界の起点にするためのもので、相手を撃つための物じゃないからな?」
「そ、そこまでは聞いてないけど……」
その様子を観察しながら大笑いしたいのを堪えている偽ロリの姿があった。
「いやー! シスコンじゃとは思っておったが、やっぱり姉大好きっ子じゃった!」
「なんだよそれは!?」
「レイチェルと後輩達が心配で心配で、装備一式の使用許可を取っておいて何を言っとる!」
プルプル震えながら、今にも大笑いしそうになっている偽ロリに対して冷静に説明をしてやる。
「あのな……。最悪、鬼子母神が赤ん坊を供えられたって勘違いして、昔の悪い面が出て祟りみたくなる可能性だってあるんだよ。そうなったら場合に万全を期してだな……」
「ルーシー? そうなの?」
ローラさんは俺の説明が本当かどうかが気になるようだ。
「まあ……、間違ってはおらぬよ。間違っては……。じゃが……、調査をしている段階でその可能性は低いと分かっておったというに……。ぶはははははは!」
とうとう腹を抱えて大笑いしてしまったルーシーを対して、そっぽを向くと今度は俺が来ていた羽織を触りながら懐かしんでいた。
「これ……まだ持っとんたんか」
「……似せて作った偽物だよ。るーばあから貰ったのはサイズが合わなくなったからタンスにしまってる」
「そうか……」
そうして微笑を浮かべていたルーシーであった。
ルーシーに紹介された弁護士は親身なって女性の相談に乗ってくれていたらく、後日、赤ちゃんと暮らすことになったと挨拶に来てくれていた。
その数日後、レイチェルねーさんは正式に魔霊対策室へと所属することになったのだった。




