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第178話 龍気発動!

 白虎――四神として知られる西方の守護者。千年前に高名な陰陽師が使役したとされる十二天将にも名を連ねる、現代の人間にとっては伝説と評して過言ではない存在である。


「グアアアアアッ!」


 その白虎、現在進行形で芦埜(あしの)家のお庭で大暴れ中。


「何だ!? これはああああ!?」


「結界で捕縛を試み……ぎゃあああ!?」


「白虎は金気の属性だ! 火の属性で!? うわああああ!?」


 先ほどまで俺と伊織さんを追い詰めていた芦埜(あしの)家の使用人達からは阿鼻叫喚の悲鳴をしながらバタバタと倒れていた。


「うっわー……。レプリカでこれって……千年前の京都って、どれだけ魔境だったんだよ。こんなのが必要な平安京って怖すぎ……」


 伊織さんを抱きかかえながら、白虎から距離を取りヤツの挙動を観察する。その中にあって、景久(かげひさ)氏も白虎の標的であることには変わりなく、彼にもその爪牙が迫っていた。


「くっ……!? こんな手を実行するとは余程……神屋達の躾けが悪かったようだな、小僧ォ!」


 憎しみを込めた視線で睨みつけてきた景久(かげひさ)氏ではあったのだが、迫りくる白虎に集中しなければ、彼自身も無事では済まないのだ。


 おそらくこの場に対策室の面々がいたらこう言うだろう。


 どっちかって言うと、ルーシーのやり方だ。これは……と。


 そんな、この状況では無意味な想像はこれで終わりとして、白虎の爪牙を五行で対抗しようとする景久(かげひさ)氏であった。


「ガルルルルルッ!!」


「火剋金! ぐっ……!? アアアアッ!?」


 複数枚のお札に五行の魔力を込めて対抗しようと試みるが、拮抗できたのはほんの数秒。それ以上は白虎の出力に耐え切れずにお札は四散。景久かげひさ氏も攻撃をまともに喰らってしまい、糸が切れたようにその場に倒れ込んでいた。


「お祖父様!?」


「い……いおり……、逃げろ……。お前が適う相手ではない……」


 辛うじて意識があるようだが、指一本動かせる力すら残っていない。それが遠目からでも、まざまざと理解できる力の差だった。


「坂城……、おい! どうするんだよ!?」


 先ほどまで景久(かげひさ)氏に対して喧嘩腰だった伊織さんにも、現在の彼の姿は痛々しく映ったのだろう。俺に抱えられたまま、この後の手について問いただして来た。


「伊織さん……。これ、どうしよう……」


「は? ちょっと待て!? 何も考えずにやったのか!?」


「ここまでの大物が出るとは思わなくてね? 第三勢力でせめて使用人の人達だけでも……って思ってたんだけど……」


 その説明で、伊織さんの顔がサーっと青くなってしまった後で、段々怒りがこみ上げて来たらしく、俺を罵倒してきた。


「馬鹿なのか!? お前、実は馬鹿なのか!? あれだけの緻密な技術を持っていて大馬鹿なのか!!」


「こ、今回ばかりは否定できない……」


 こんな会話をしている間にも、芦埜あしの家の皆さんは白虎の餌食となってしまう。

 現状、死者が出ていない事だけが救いなのだ。


「グルルルルッ!」


 芦埜あしの家を全滅させ、標的がいなくなった白虎が狙うのは、当然ながら俺達である。

 式神とは思えないほどの凶暴性と四足歩行特有のスピード、そのスピード乗せて繰り出される鋭い爪や牙による一撃。

 どれもが俺という霊体干渉能力を持つ人間には致命傷となりえるものなのだ。


「これ、兇魔といい勝負だ。対兇魔用だったりして」


「兇魔!? 昔話の凶暴なヤツだろ、それ?」


「東京の封鎖区域にも封印されてるぞ。ついでに昔は京都や滋賀辺りにも封印されてたって知り合いが言ってた」


「現代でも出たのか!?」


「ああ、七年前とこないだの正月に戦った」


 その返答に伊織さんは信じられないものを見るような感じになってしまっていた。


「状況的には二対一。けど……」


 今の俺は修学旅行なのもあって、装備も何もない状態なのだ。何の策もなく接近戦なんてしたら、不利なのは火を見るよりも明らかだ。


「せめて……、結界遠隔発動用の銃でもあればな……」


 そんな無い物ねだりをしながら、白虎の攻撃を躱し続けていると、外の木に絡まった魔力糸が視界に入ってきていた。

 これは帰り道に屋敷を覆う結界で迷わないため、そのままにしていたものである。


「……あの意地悪結界のおかげで、どうにかなるかも」


 白虎と距離を取りつつ、抱えていた伊織さんを下す。


「伊織さん、あいつの足止め頼んで良い?」


「どうやってだよ!? お祖父様でさえ、正面からじゃ数秒しか持たなかったんだぞ!」


「こいつを使う」


 瞬時に魔力糸を生成して、さっき見えた木に巻き付いていた分と寄り合わせ、その糸を操作して屋敷の全方向(・・・・・・)から白虎に向けて糸で拘束。


 散々、森の中で俺を迷わせてくれたので、屋敷の周りには目印代わりの魔力糸が縦横無尽に張り巡らされ、結果としてこの拘束が可能になったのだ。


「まだ足りない。人んちの術式を解析するには時間が掛かるから、伊織さん、パス」


「いきなり、こんな糸渡されたって!?」


「それ、結界に使っている木に繋がってる。伊織さんなら芦埜あしのの術式に干渉できるだろ? それで糸の強度を上げて」


 目を見開いて驚いていた伊織さんだったが、すぐに頷いて、俺の言う通りにしてくれていた。


「けど……まだ……」


「大丈夫。まだ上乗せさせるから。『神恵(しんけい)ノ型』ッ!」


「これ……術の効果を上げる補助……? けど、お前……ボクに魔力を殆んど渡して……」


「白虎が苦手な火の属性で思いっきり締め上げる! 俺なら大丈夫……。試し打ちには丁度良い。付き合ってもらう!」


 屋敷の周りにあった魔力糸、伊織さんによる森の結界への干渉での『糸』の強度上昇および、白虎に対して効果がある火属性を駆使。そして俺の術効果上昇の補助。

 ここまでやって、ようやく足止めが叶う。千年前の式神の恐ろしさを体感させられる。


「けど……これでも十秒くらいしかもたな……い!?」


 伊織さんが悲痛な叫びを上げている。彼女も自分の持ちえる力の全てでどうにか拘束しているのだ。

 その叫びに対して――


「十秒……? それだけあるなら……十分だ!」


 身動きが取れなくなっている白虎を正面に見据えつつ、両足に力を込めて地面を踏みしめる。


 あのスパルタ神(すさのお)のおかげで、龍脈を肌で感じられるようになるんだから、縁ってのは侮れない。


 そんなのを考えながら、出雲から帰った後で美弥さんに言われたことを思い出していた。








「実はね、十中八九……無理だとは考えていたけど、私達全員で話し合って、功君には龍気を扱う土台を作ってはいたの」


「……素戔嗚(すさのお)も言っていました。土台は出来ている……と」


「ええ。家系の者でなくても龍気に耐えられるだけの魔力出力に慣れさせ、扱うための体の動かし方、それに付随する知識。全てが必要になるから」


「……師匠(せんせい)だけでなくて、彌永(いよなが)さん、美弥さん、月村さんも俺の教導に参加したのは……」


 その言葉に美弥さんは静かに頷いていた。

 龍気に耐えるために自宅の結界構築を毎日実施させ、龍気を制御するための力の扱い方は剣術や柔術で。そして、そのイメージを確固たるものとするために勉学までも必要とした。


 それが美弥さんの返答だ。


「技術は私達が叩き込ませてもらったわ。けど、初めて龍脈に触れた時は、自分がなくなる感覚だったでしょう?」


「はい。正直、自分自身が龍脈に持っていかれるかと思いました。けど……、あの時は羽衣(うい)が気絶させられて無我夢中で……」


「そう。龍気を扱うには、龍脈の奔流に負けないだけの意思の力。激情とても言うのかしら。その心の力が必要なのよ。そして、それだけではなくて、取り込んだ龍気を冷静な思考と制御で淀みなく流す技術もね。『龍気』が流れる気、『流気』とも呼ばれる所以(ゆえん)よ」


「心は熱く。頭と体は冷えたままで?」


「そうね。覚えておきなさい。龍気の力は絶大よ。少しでも制御を誤れば、龍の力は自分自身を破壊する。努々忘れないように」








 足裏から感じる龍脈の巨大な奔流から、ほんの一部だけを自身へと汲み取るイメージをする。

 出雲の時と同じ、自分自身が龍脈に取り込まれる感覚に襲われる。


 ……龍脈、力を貸せなんて言わない。俺に力を寄越せ!


 羽衣の意識が無くなった時と同様の、龍に打ち克つ意思でその力を自分自身に流してやる。


 その龍気を足裏から、脛、太もも、胴を通して右腕へ淀みなく、力強く集中させる。


 ……武術の鍛錬のおかげか力の流し方は、どんな状態だろうと体が覚えている。そして、泣きながら覚えた月村さんの勉強のおかげで自分自身の体が、これからどんな動きをするかまで、脳内ではっきりとイメージできる。


 ここまでで五秒。龍気を扱えるのは熟練者でも十数秒が限界と聞かされている。それ以上は(からだ)が持たない。

 だが、ここまで出来れば後は……。


「ガアアアアアア!!」


 『糸』で拘束されながらも猛り狂う白虎の懐へ、颯迅足(そうじんそく)を持って接近。そのまま右腕に纏わせた龍気を掌底と共に解き放つ。


「はああああああっ!!」


 その一撃は白虎の顔面から巨体を貫通し破壊しただけではない。その軸線上にある芦埜(あしの)家の結界までも突き破っていた。


「……おー……。ただの掌底でこれって……龍気怖っ!?」


「本当に白虎を倒した……」


 俺と白虎の拘束をしてくれていた伊織さんとも、先ほどの力を目の当たりにして、勝利の余韻などなく、ポカーンとしてしまっていたのだった。

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