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第174話 芦埜邸へ

 俺が伊織さんと別れた頃。東京の対策室、その室長室にて組織トップである神屋明澄師匠(せんせい)が、デスクに座りながら唸っていたらしい。


「むむむ……。功のやつも面倒なのに目を付けられてしまったな……」


「先日、出頭したお二人は『芦埜(あしの)』ではありましたけど、本家とは距離を置いているみたいですからね」


 夏休み前に柳玄と伊織の二人を取り調べした美弥さんが、彼らの来歴を師匠(せんせい)へと差し出していた。


「ああ。柳玄(りゅうげん)の方は、実力は申し分ないと言われながら出奔している。変わり者という噂だな」


「伊織ちゃんの方は、彼の姪らしいですから……」


 その事実で師匠(せんせい)は、昔の出来事を思い出したらしい。


「まさか……あの時の護衛任務が関係しているか……。あちらもかなりの損害が出たという話だったしなあ……」


「どうされます? 現場単位の諍いなら功君に任せたいところですが、流石に今回は相手が悪すぎですよ」


「仕方ない。できれば……あまりご迷惑をかけたくはなかったが……、久我(こが)さんに連絡を取るか……。一緒に前室長(いよながさん)にもだ」


「夫にも一応、声をかけておきます。必要な資料作成にも役に立ちますから」


 こういうところは抜け目ないと美弥さんに対して、師匠(せんせい)は感心していたらしい。







 それから数時間後、学校が終わりローラや羽衣(うい)が対策室に顔を出していた。

 本日は俺が修学旅行中なのもあるが、対策室が出張る案件はない。にも拘わらず、月村真司さんにローラが呼び出されていたのだ。


「ツキムラさん、篭手のアップデートって、別に困っていることはないです」


「そうですよ。むしろおかしな機能を追加すると、ローラさんが困ると思います」


 女子二人、特に羽衣(うい)は俺から色々と聞かされているためか少しばかり怪訝な顔をしている。


「まったく……、僕が自分の作った道具で無茶な事をさせるのは、功とか室長や彌永(いよなが)さんくらいだ。風評被害も甚だしい」


(コウだったらいいんだ……)


(お父様も入ってる!? 彌永(いよなが)さんまで!?)


 もうどうツッコんだらいいか分からなくなってしまったローラさん達であった。


「話が脱線した。ローラちゃんも背が伸びて来たからな。功から貰ったルーシーさん謹製の羽織。そろそろサイズが合わなくなってきてるんじゃないか?」


「あ、はい。結構キツくなってます」


「それでだ。ルーシーさんが作ったのには敵わないが、ローラちゃんの使う魔力糸と物質化を組み合わせて、防御用の羽織を作る機能を追加する」


 その一言で顔を見合わせて驚いているローラと羽衣(うい)を見て、得意げに説明を続ける月村さんであった。


「ベースとなる羽織の作成方法は功が現在使っている物と一緒だ。アレにしたって術的な素材や編み方をしているからな。データもあるから、後はそれを入れるだけでいい」


「コウのと一緒……。ツキムラさん、お願いします!」


 凄まじい気迫にでもって、ローラは篭手を彼に差し出す。


「ノリノリだなあ。そうそう、功と言えば修学旅行で面倒ごとに巻き込まれてるらしいぞ」


「でも功にぃなら、刀が無くてもそこらの怪異なんか遅れは取りませんって」


「だったら良かったんだがな。京都の芦埜あしの家に目を付けられたんだと。こないだ来た伊織ちゃんを実家に戻さないと、圧力かける~とか言われたらしい」


 月村さんの説明で、ローラと羽衣(うい)は顔を見合わせて驚いていた。


「で、緊急だが色々と美弥や事務の皆と急いで資料作成さ。僕ら対策室、特に功が単独で任務についてからの実績を、政府のお偉方に説明できるようにね。まったく、いらん仕事を増やしてくれる」


 辟易した感じで月村さんはそのままデスクに向かって資料作成を始めて、ローラ達に背を向けたまま一言。


「さっきのデータは篭手にインストールしておくから、後で引き取りに来てくれ」


「はーい」


「お忙しそう、これで失礼しますね」


 そのまま二人は研究部から立ち去り、ローラ達は帰宅。その数時間後の夜に母親のイリナさんとビデオチャットで近況を話していた。

 時差のため、フランスでは昼間となっており、画面からは太陽光が部屋へと入っているのが見て取れる。


 大体は学校や対策室での出来事なのだが、その中で昼間に月村さんに言われた話を思い出してしまう。


「そういえば、コウがね。京都で難癖つけられてるって。ええと……、そこの古いお家の偉い人らしいけど、ツキムラさん達も色々大変そう」


「あの子……トラブル体質なのね。どんな感じなの?」


「たしか……イオリさんって、そこのお家の娘を連れ戻さないと、対策室に政治家の人達から圧力をかけるとかって」


「そっかあ。ごめんなさいね、今……お客様が来ているの。また後でもいい?」


「あ、分かった。じゃあ後でまたね」


 そうしてビデオチャットを終了して、イリナさんはその『お客様』と向かい合う。


「ご息女からですかな? 何か困り事のようで」


 肩にかかるくらいの黒い長髪。口髭を伸ばしている四十代半ばの男性、そして先日来日したミシェルさんがイリナさんと向かい合っていた。


「日本で娘がお世話になっている子が、ちょっとトラブルに巻き込まれたみたいです。あの子の事だから大丈夫だと思いますよ」


「ふむ……。坂城君ですか。京都……、古い家の偉い人だと聞こえていましたね」


 今度はミシェルさんがビデオチャットから流れてきていた音声を繰り返して、顎に手を当てて考え込んでいた。

ちなみに現地では当然、彼は母国語で話しており、日本語ではないため来日した時のような珍妙な話し方ではない。


「ついでに圧力とも」


 イリナさんと向かい合っている二人は目線を合わせて、同時にこくりと頷く。


「まったく……、何処の国でも古い勢力というのは変わらんな。マリカに連絡を。マダム、外務省のご主人にもご連絡願えますか?」


「あら。あちらの許可を得ず、勝手に動いてもよろしくて?」


「彼等には新年早々、借りができましたからな。それを返しておかなければ、今後に差し障る」


 中年の男が言っているのは、元旦に来日させてしまったフランスの怪異達の件であり、自分達の手落ちであったと自覚しているようであった。


「団長、副団長(マリカ)はすぐに動けると。自分は彼女と共に外務省へと向かいます」


「ああ。頼んだ。マダム……、どうされましたかな?」


 一連のやり取りを真剣な眼差しで注視していたイリナさんは、彼女の共感覚で何かを感じ取ってしまったらしい。


「借りを返す……、それだけではないでしょう?」


「いやはや、敵いませんな。組織が動くためには、大多数が納得する大義名分が必要となりますので。今回はその布石とさせていただきます」


「あまり……、あちらの方々。そして、あの子を甘く見ない方が良いですよ。今回はそちらの言う通りにしておきましょうか」


「協力感謝いたします、マダム」


 団長と呼ばれていた人物、そしてイリナさんは互いに腹の探り合いをしながら、牽制し合っていたらしい。










 フランスでそんなやり取りがあったとは露知らずの俺は、本日の修学旅行日程を終え、ホテルへと帰ってきていた。

 だが、フロントの男性から俺宛の手紙を渡されてしまう。


「なんだ坂城? 知り合いからか? 何も書いてないじゃん! 悪戯かよ!」


「誰だよ、こんなのやったのは。暇なヤツもいるもんだ」


 普通の人間には白紙にしか見えない、隣の友達がいなければ、そうとは気づかなかったかもしれない。

 だが俺の目にはしっかりと術で書かれた文字が眼に写っている。


『坂城功。今宵、我が家へ招待する。芦埜(あしの)邸へ来られたし。伊織も交えて話し合いの場を設けたい』


 だから、こっちは修学旅行中だっての! どこまで自分本位な爺さんなんだか。


 この書きっぷりだと伊織さんも何らかの方法で呼び出されていると見ていい。あっちからしたら、伊織さんを確保できればそれで良いはずなのに、わざわざ俺まで呼び出す理由は何か。


 ……放っておく手もあるけどなあ。それやると、あの当主が今度は何してくるやら。


 あちらの物言いを無視すると、更なる面倒ごとになるのが眼に見える。

 本当に仕方ない……。気持ちが重くなりながら、深夜にホテルを抜け出して芦埜(あしの)邸へと向かったのだった。

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