第171話 伊織さん、お仕事中
京都に降り立った我等、彩星高校二年生はクラスごとに観光バスへと乗り込んだ。本日は移動も込みなので、そこまで見学が多いわけではないのだが、それでもクラス全員が浮かれているのが見て取れる。
もちろん俺もだ。当然のことながら。
「しっかし……、この時代、京都に修学旅行って。逆に珍しいのか?」
「ま、海外とかもあるらしいけど、それはそれとして楽しめばいいだろ!」
などなど、そんなの言う奴もいたのだが、せっかく来たのだから楽しんだ者の勝ちだろう。
京都の主要スポットの寺院や神社などを巡りながらガイドさんの説明を受けている最中、複数人の生徒が別方向を向いて、何やら話していた。
「ねえ? あれって何かの撮影?」
「そういや京都ってロケ地も多いんだっけ」
どうやら映画かドラマの撮影中であるらしく、遠目で見ると撮影用の機材を持っている人間とその奥で演技をしている俳優さんらしき人物も見受けられた。
その中にあって、飛んだり跳ねたり二階の屋根から飛び降りたりと、アクションを担当している人間の姿があった。
少しばかり目を凝らすと、見知った人物がそれを行っているのが瞳に写る。
「……伊織さん?」
夏休み前に、まききちゃんの試験勉強対策をしていた際に、色々あって知り合った娘だ。
大きめの服を着ていれば少し背の低い男子にも見えるような短い髪とスレンダーな体型。間違いなく彼女である。
その伊織さん、叔父であり術者としても一流な芦埜柳玄さんの弟子だけあって、自身の体術をベースとしたアクションは迫力と技のキレが新人とは思えないと、業界でも評判らしい。
そんな評判の伊織さんだが、どこか落ち着かない様子だ。カメラが回っていない時は周囲をキョロキョロと見回している。
「あ、目が合った」
俺の視線を感じたのか、あちらも遠目ながら俺の姿を確認したらしい。
(何でいるんだ!? ……制服姿? 他の生徒も一緒?)
戸惑いと疑問と自分が演技をしている姿を不本意ながら見られてしまった気恥ずかしさが混じり合ってるような雰囲気を出していた。
そちらはともかくとして、随行の先生から自由行動の連絡があったので、各々が散らばる事になった。
「なあ、どこ行く?」
「店を回る前にあの撮影、離れた場所からでも良いから見に行かねーか?」
同じ班になったクラスメイトの提案に対して、ちょっとだけ思案していた。
①仕事中だし、邪魔したら悪い。
②制服姿でそんなのしたら注意される。
こんなのが頭を過ったが、俺が出した答えは一つだけだった。
「よっし! ちゃんと許可を取ってから見てみよう。もし駄目なら諦めるか」
「だな。何事も挑戦って大事だよな!」
とりあえず、撮影場所に行って試してみるといった意見で一致したのであった。
俺達の班が伊織さんの元に近づくにつれ、彼女の表情が明らかに変わってしまった。ついでに小さく手招きしているようにも見受けられる。
「すいませーん! お邪魔にはならないようにしますんで、見学させてもらってもよろしいですか?」
「君達、どこの学生? あまり近くには寄らないように」
「はーい。承知しました!」
遠くからなら大丈夫らしく、スタッフさんも了承してくれていた。それはいい。それは良いのだが、撮影場所周辺に近づいた辺りで複数人の視線を感じる。
最初から俺達に視線を向けていない辺り、おそらくは無関係なはずだがあまり良い気分じゃない。
そして伊織さんもスタッフさんには見えない位置から、鬼のような形相で俺を睨みつけている。
……あの手招きは、おいでおいでじゃなくて、こっち来るな、だったんだなあ。はっはっはっ。気付いてたけど。
「あの娘、アクションすっげえ!」
「だなー。普段から色々頑張ってるんだろうなあ」
俺からすれば、あの位はできるだろうといった認識なのだが、他からすれば自分達とそう変わらない年齢の、しかも女子がド派手なアクションシーンを担当しているのが物珍しいらしい。
(いつまでいる気だ、あの野郎!)
目は口ほどにものを言うなんて諺があるように、目だけでそれを語っていた伊織さんであった。
そして、ここまで近づいて分かったのだが、周辺からの視線は伊織さんの方を向いている。どう考えても彼女をガード、または監視しているもののそれだ。
……あそこの建物の陰、あっちの窓からも、あとは後ろの寺院の門あたり。
視線の方向を向いて、伊織さんの方を見ている人間達の場所を特定してみる。ぱっと見では服装も普通で一般人にしか見えないが、眼光の鋭さはそれを否定するのに充分だ。
(あの学生……、今、目が合ったか?)
なんか混乱しているような雰囲気を出している気がする。俺の方にも視線を向けたらしく、それを無視しながら見学を続けていると不意に声をかけられてしまった。
「おや? 君は……移転する前の事務所で見た事があるね? 確か……撫娘の一人と写真を取られた……」
「あっ。もしかして、スマプロの社員さんですか? その節はご迷惑をおかけしました」
スマプロ—―俺が推している『キラ☆撫娘』が所属している芸能事務所、スマイルプロダクションの略称だ。
「ああ、勉強会で来ていた男の子かい。あの時は大変だったね」
「いえいえ、こちらも学校へ出向いていただいたりと助かりました」
そんな挨拶をしながら修学旅行に来ている旨を説明していると、まだいる俺にご立腹らしい伊織さんがただならぬ雰囲気で詰め寄ってきていた。
「来るなって手をやっただろ! 何で近づいてんだ!」
「芦埜さんだー。期待の新人だー。かっこいいなー」
「そこはかとない棒読みやめろ!」
黙って俺が去るのを待って無視し続ければいいいものを、わざわざ来る辺り……、ちょっと怒っているかもだ。
「すまない。まさか修学旅行中に出くわすとは思わなくてさ。ちょっとだけ見て、違うとこ行こうとしてたんだ」
「修学旅行~? じゃあ本当に偶然か。ならいいや。さっさと向こうに行ってくれ」
俺も制服だし、同じ格好の生徒も数人見受けられるしで、伊織さんも修学旅行については納得してくれたらしい。
「ああ。分かった。本当に邪魔するつもりはなかったんだ。信じてほしい」
そこまで言うと、それは嘘だろといった表情を浮かべていた伊織さんだった。先ほどのジェスチャーの意味を俺が理解していたのはお見通しだったらしい。
彼女に背を向け、立ち去ろうとしたのだが、気になっていたことを質問してしまう。
「そういや、京都にいる間は実家から撮影場所に?」
「えっ? い、いや……そうじゃない……」
どことなく歯切れが悪い。聞いてはいけない事を聞いてしまった感が半端ない。伊織さんの実家は京都のはずなので、もしかしたらと思ったのだが、そうではないようだ。
「すまん、俺はもう行くから、頑張ってな」
これ以上はマズいと思い、素直に退散する。その直後、同じ班のクラスメイトから質問攻めにあってしまった。
「さーかーきー……、お前……、あの娘とも知り合いだったのか!? どういうことだ!」
「あ、いや、そのな? ほら! 前にあった勘違いしやすい写真スキャンダルの時にさ……」
「ほう。その辺……、詳しく聞かせてもらおうか……!」
なんかヤバい。俺の方が大ピンチになってしまっている。これはホテルに行った後でも尋問が続くパターンだ。
「覚悟しろ。根掘り葉掘り聞きだしてやる!」
「うわ~や~め~て~」
もしBGMが流れていたらドナドナだったであろう、俺の両腕はクラスメイトにガッチリと掴まれ、引きずられていったのだった。




