牛鬼再戦
羽衣が目覚めたその数時間後、俺達は再び夜の海辺へと向かった。海に逃亡した牛鬼がまた現れる可能性を懸念したためだが、その途中で雑談しながら目的地へ足を進めていた。
「んで? どうすんだよ? まーた海に逃げられでもしたらよ」
俺がカズさんの言葉を訳して口にすると、羽衣は不敵な表情を浮かべる。目覚めてから一皮むけた雰囲気なのだ。
「それなら大丈夫です。わたしに作戦がありますから」
自信満々にそう言い放つ彼女を背にして、俺達はコソコソ話を始めていた。
「着物娘……、その極式とやらを修得したヘビ? 試し打ちくらいしといた方が良いんじゃないかヘビ?」
「多分……、使い方もイメージ出来てるはずだけど……。それよりも……」
「うむ。今までと違い、背中が大きく見えるというか、男前になったというか……」
カズさんの表現はどうかと思うが、目覚める前と後で静かながらも強大な気配を漂わせている羽衣だった。
海岸に到着すると、昨日と同じ、いやそれ以上の殺気が体に纏わりついてくる。どうやら牛鬼も自分に傷を付けた俺達に怒り心頭であるらしく、今回は呼びかけるまでもなく姿を現していた。
「昨日と姿が違うなあ、おい!」
「伝承によっては色んな姿が記録されてるから……、あの姿もその一つなんだろ」
カズさんが驚いていたのは、昨日の鬼の頭に牛の体ではなく、二足歩行の鬼の体に牛の頭を持つ姿に変化していたためだ。
昨日、羽衣に付けられた傷も姿は違うが見て取れる。
「どう考えても、俺らをこの手で縊り殺したいとかの考えだよなあ。あの形」
「尻尾巻いて逃げたくせして生意気ヘビ。それよりも……、あっちは大丈夫ヘビ?」
「どんだけ恨まれたんだかなあ……」
げんなりとしながら、牛鬼の後ろを眺める。そこにはヤツの他に俺らを葬るために集めた仲間の怪異が十数体ほど集っていた。
その増援も相手しなければならないので、まずは羽衣に補助をと準備を始めたところ、彼女からストップがかかった。
「兄様、あの牛鬼の周りに無空界鎖を展開してください。後ろの怪異達はわたしが相手しますので、アレの相手は兄様にお任せしますね」
「ちょっと待て。無空界鎖は多対一とか、味方が少ない時は危険なんだ。自分も術を使えなくなるから、この状況で使ったりしたらマズい」
そう、説明した通りで当然ながら無空界鎖にも弱点は存在する。相手と同条件なら数の多い方が有利にはなるし、魔力が無い領域の境界には行き来を制限するものがあるわけじゃないので、足の速いのはその領域外に逃げられる可能性だってある。
「大丈夫です。わたしを信じてください」
穏やかな顔で俺へと語り掛けた羽衣は、一足飛びで牛鬼の後ろの怪異達の元へと飛び出していった。
牛鬼も自分に傷を付けた彼女を許さないとばかりに、そちらへ向かおうとするが、それを俺が阻止する。
「お前の相手は俺だ。あっちに行きたいなら、俺を倒してから行け!」
それを牛鬼に言い放つと、ヤツはニヤリと口元を吊り上げていた。どう考えても昨日は毒で簡単に引き下がった者に対する嘲笑だ。
すげえムカつく!
「ぐうううう!」
ヤツは唸り声を上げて、またしても毒の息を吐きだそうとするが、その前に俺も自分自身の神風を発動させる。
「風薙斎祓・外式。『無空界鎖』……!」
羽衣の提案通り、自身の切り札を即座に発動させて周囲の魔力をゼロにする。
「うっ……!? があ!?」
無空界鎖内での怪異や霊は、魔力を空間中の魔力を取り込むことができずに息苦しくなるのは、把握済みだ。
牛鬼も毒の息を吐きだそうとしてはいるが、呼吸が出来ていないような状態なのでそれも叶わない。
「さて……、やるか!」
駄蛇刀を構え、ヤツと向かい合う。あちらとしては俺達を自分の両腕で亡き者にするために体を変化させたはずなのに、この状態は想定外も良いところだろう。
「ウアアアッ!」
それでもヤツはその両手を組み、そのまま俺の頭上目掛けて打ち下ろしてきたが、力が入っていない攻撃で俺を止めることなんてできない。
「どうした? 弱い方と当たって安心してたんじゃないのか?」
挑発をして、注意が俺に向くように仕向けるが、ヤツは自分が不利と悟ったらしく、こちらに背を向けて海へと逃走しようと地面を蹴り出していた。
引く判断が早い。逃走経路が近くにあるからだろうが……、また逃げられるわけにはいかない!
その為にヤツの足を斬るべく颯迅足を発動させようとするが、俺の追撃より羽衣の一手の方が早かった。
「……」
羽衣は無言で牛鬼を見据えていた。
もう少しで無空界鎖の領域境界に逃がしてしまう。その瞬間――
「これ……!? 風の壁?」
「!??」
俺と牛鬼の双方が信じられないものを見てしまった様な気分に晒される。
「これがあの娘の極式……か。あのガキの領域をすっぽり覆い隠す風……、いや嵐の壁か! 王手だな。これで牛鬼は逃げられねえうえに、ガキの領域内で一対一じゃあ勝てる手はねえ」
後ろで見物していたカズさんには羽衣のしたことが全て見えていたらしく、感心しているような雰囲気だ。
(あれはまるで……、二人で一つの嵐。見てるか、神風使い。てめえの子孫、いや技を受け継いだガキどもは、とんでもねえぞ!)
そんなカズさんを他所に羽衣は牛鬼が連れて来た怪異に静かに語り掛けていた。
「さて……、これで後は貴方達、有象無象を倒せば終わりになります。別に牛鬼に加勢しようとしても良いですよ。この壁を突破できれば……ですが」
牛鬼に比べればそこまではないとはいえ、十数体の怪異達は羽衣が発した神風と、その威圧感に後退ってしまっていた。
(……あの娘、おっかねーんだけど!? 何あれ? 開き直って凶暴性が出て来てねえか!?)
カズさん、心の中で滅茶苦茶ツッコミを入れていたらしい。
その一方で牛鬼と対峙していた俺も、ヤツに向かって疾走しながら顎を目掛けてアッパーカットを打ち込む。
「小僧! 良いのが入ったヘビ! 次は……りばー、てんぷる! ぼでぃに続けるヘビ!」
「てめーはトレーナか何かか!?」
駄蛇の指示に従うのは癪ではあるが、丁度良く隙が出来ていたので、その部位へ順番に拳をめり込ませてやる。
「ううう……。あああ……!? やめ!?」
「何だ。言葉を話せたのか。もう関係ないけど……な!」
全体重を乗せて前のめりの体勢で放った拳が、ヤツの鼻を潰し顔面へと激突する。顔面の骨がどうにかなったような鈍い音が響き渡っていた。
「お、魔力が戻り始めてる。縛魔っと」
無空界鎖の制限時間が過ぎ、周囲に魔力が戻ると同時にヤツを拘束し、ついでに毒を吐かれないように口も塞いでやった。
そして羽衣が造り出した風の壁も次第に弱まっていき、俺も周りの景色が見えるようになったのだが、そこには怪異を全て倒し、悠然と佇んでいる彼女の姿があった。
「あっ、そちらも終わりましたか。素手でボコボコにしたようで」
「羽衣こそ……、一人でこの数をものともしないとか……」
「風薙斎祓は周囲の空気を利用しますから、多対一もお手の物です」
何だろう? 雰囲気が子供の頃に寄ってきている気が……。
その後、羽衣が倒した怪異達に誠心誠意の説得をして、牛鬼を引き取ってもらい、その場を収めることができた。
「……なあ、てめえら……、さっきの怪異達ブルブル震えてたぞ? 何言った?」
「小僧達、また変な事をしたら……これ以上は言えんヘビ! 怖すぎるヘビ!?」
「珍蛇、気になるだろうが! 言え!」
などなどとカズさんと駄蛇が問答を繰り返していた。
「とりあえず……、報告入れて土産買って帰るか……」
「ですね。もうすぐ終電です。早くしないと!」
俺達は顔を見合わせて、駅まで全力ダッシュで向かい、我が家への家路についたのだった。




