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龍との邂逅

「おい! ガキ!? 聞いてんのか!?」


「どうしたヘビ!? そんなのに突っかかる必要ないヘビ!」


 カズさんと駄蛇が何かを言っている。聞こえているはずなのに、その意味を理解するのを拒んでいる自分がいた。


風薙斎祓(かぜなぎさいふつ)外式(げしき)無空界鎖(むくうかいさ)……!」


 周囲の魔力を神気を以って吹き飛ばし、一定範囲内の魔力を無にする。この中にあってはどんな存在だろうと、否、怪異や霊、例え神であってもその力は半減どころではなくなるはず。


「……ちょま!? いきなり息苦しく……、ぜえぜえ……はあはあ……」


 無空界鎖の領域内にいるカズさんもその影響を受けてしまっているようだ。


「……カズさん、もう少し下がって。そうすれば、その息苦しさはなくなるはず」


「お……おう……」


 カズさんが文句も言わずに俺の指示に従ってくれた。だが、その様子は普段と違うナニカを見ている目であった。


「風無き嵐……。その中心を作りだす、静寂を以って魔を凪ぎ戒める者……か」


 目の前の存在(スサノオ)が興味深そうに何かを呟いている。その目はどう見ても面白いものを発見した人間のそれだ。


「ふざけてんじゃねえ!!」


 まるで観察を楽しんでいるかのような態度に激昂してしまう。


「こうなったら好きにやれヘビ! 蛇も少しは協力してやるヘビ!」


 駄蛇が宿っている刀をヤツに向けて振るう。その風切り音だけで並の怪異なら一刀両断されるのが想像できるほどの速さと鋭さ。

 だというのにまるで最初から読んでいたかのように、最小限の動きで避けられてしまう。


 ……避けられている? いや、手応えがおかしい!? 


 袈裟斬りからの横薙ぎ、右からの斬り上げ。そして刺突。

 絶え間なく放つ斬撃のそれは、当たれば全てが致命打とりえる威力のはずだ。


 だというのに当たらない。始めからスサノオを捉えるのを刀が拒否しているかのようだった。


「小僧! よく見るヘビ! こんのクソ神、風をまとって、じゃないヘビ。風を起こして小僧の攻撃を逸らしてるヘビ!」


「嘘……だろ!? 無空界鎖の中で魔力を使うなんて!?」


 だからって、羽衣(うい)が昏睡させられたまま逃げるなんて出来るわけがない。


「舐めんなあああ!!」


 神気は使えなくても、風そのものを一時的に起こすのは俺にもできる。颯迅足での加速から右足を蹴りだし、真空波をヤツに向けて放つ。

 その真空波だって、その辺の怪異なら両断できる威力なのだ。


「ふう……。舐めているのは……、貴様だ!」


 どこか落胆した様に、素戔嗚(すさのお)は自身に向かって来る真空の刃を何をすることもなく消し去ってしまった。

 そのうち、無空界鎖も時間経過に伴い、その効力を失ってしまう。


「我が扱い方を教えた風だ。そんな物が我に通じるとでも?」


 その一言とともに、一歩前に出て呆れている様にも見受けられる。


「全く……。貴様、自分がどういった力を扱えるかを理解しておらんとはな。肩透かしもよいところだ」


 まるで期待外れともいった素戔嗚(すさのお)の態度に、駄蛇ですら文句を言い放ってしまっていた。


「こんのクソ神! 小僧! アレやるヘビ、アレ! あの雷どっかんヘビ!」


「あんな離れ業がポンポンできてたまるか!」


 あの雷は駄蛇の八岐大蛇としての、そして菅原道真公の雷神としての神格があって初めて可能となったあの場だけの奇蹟みたいなものなのだ。


「……」


 無言のままこちらを向く素戔嗚(すさのお)は、右手を天に掲げる。

 その腕を降ろすと同時に――


「なっ……!? な……、この重圧……!?」


 訳が分からず、まるで重力が増したかのようにその場から一歩も動けなくなってしまう。


 なんなんだよ……。この不可解な重さは!?


「それで倒れぬだけでも……、人間としてはまあまあか」


 その上から目線、滅茶苦茶ムカつく!


「小僧! これは空気ヘビ! この辺の……、あめにある空気を小僧に向かって落としてるヘビ!」


「気圧だけでこれって……どんな……反則だよ!?」


 苦しんでいる俺を尻目に素戔嗚(すさのお)は黙ってこちらの様子を観察している様にも感じる。

 羽衣(うい)に何をしたかは分からない。だが、こいつが原因なのは間違いないのだ。このまま倒れるわけにも逃げるわけにもいかない。


「駄蛇……、体を伸ばしてとか……、無理だよな?」


「伸ばしたところで、手で払われて終わりヘビ……」


 俺と駄蛇の双方、手はないとばかりに(こうべ)を下げてしまう。俺の視界に映るものは、地面だけだった。

 海辺の砂浜。それだけのもののはずなのに、地中で何かが脈動しているのが、うっすらとではあるが視認できる。


 これ……は? ああ、そういやまだ手があったか。


 そのまま膝をつき、砂浜に掌で触れ、その中へ手を伸ばすイメージで集中する。


 地中の脈動に向かって手を伸ばす。手を伸ばす。手を伸ばす。

 数十メートル、数百メートル、数キロ。どこまでも、どこまでも深く深く、その地中へと手を伸ばす様な感覚が纏わりつき、ついに脈動へと指先が触れる。


「なっ……!?」


 触れた瞬間、全身が脈動へと引き込まれる感覚に襲われる。まるで大河に落ちた枯れ葉のように、この体そのものが、否、体だけでなく坂城功という存在自体が巨大な奔流へと巻き込まれていく。

 このまま触れていては、俺という人格すら失ってしまう。その予感はおそらく正しい。

 だというのに、頭の中に浮かんだのは、今朝の寝ぼけた羽衣(うい)の姿だった。


 ――むにゃ~。こうにい、おはよ~。


 子供の頃、神屋家での生活は幸せだった。羽衣(うい)とも一緒に遊んだ。鍛錬もした。喧嘩もした。俺を家族の様に扱ってくれたもう一人の妹だった。

 その娘が……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……うッ……、はあっ!」


 歯を食いしばり、全身に力を籠める。どれだけ莫大な力だろうと負けられない、負けるわけにはいかない。


「舐めるな! 俺に力を貸せ!!」


 その激情を吐き出し、触れていた地中の大河から無理矢理、そのほんの一部だけ引きちぎった。


「えっ……? これ?」


 その引きちぎった力が自分へと流れ込む。今までとは比べ物にならない魔力出力に自分自身が信じられずにいた。


(一度、見たことがある。あれはあのガキが雷を受けて倒れた後……、あんのおっかねえ女が使っていた!?)


 後ろのカズさんも目を見開いて驚愕していたようだ。


「小僧! そのままやったれヘビいいいいい!!」


 駄蛇もその力のままに素戔嗚(すさのお)へ一撃を放てと叫んでいる。

 今、体に漲っている魔力を全て駄蛇刀へと送り、それを全力で振り抜いた。


「いっけええええええ!!」


 刀の斬撃の先には砂埃が舞い、相手が視認できなくなってしまった。反撃を警戒していたが、その様子はない。

 その砂埃が晴れた時に見えたものは、傷一つない素戔嗚(すさのお)の姿であったが……。


「ふん、神とはいえ一部だけの存在だと、アレを何もせずに防ぐことはできなかったらしいヘビ」


 目の前の神は右手を前へと突き出し、何やら防御のための力を使っていたのが見て取れる。


「ふむ。土台ができていたのだ。きっかけさえあれば……と思ったが」


 何の話をしているのは理解できないが、一つだけはっきりしていることがある。


「もしかして……、レクチャーしてくれてたんですか?」


「貴様と娘、両者ともまだ扱えていない力があったようなのでな。お節介かとも思ったが、懐かしいのと会わせてくれた礼だ。愉快な姿も見れたしな」


 また駄蛇を見て大笑いしそうになっている素戔嗚(すさのお)の姿に、駄蛇は気に入らないとばかりに悪態をつき始めた。


「蛇は……てめーなんぞと会いたくなかったヘビ! くっだらねえことすんなヘビ!」


「大蛇、貴様が付いていながら、あの子供に何も教えていなかったのだ。貴様が悪い!」


「この小僧は蛇に対する敬意が全くないヘビ。教えてやる義理ねーヘビ!」


 なんか口喧嘩を始めてしまった両者だが、それよりも問いたださなければならない事がある。


「つまりは羽衣(うい)にも?」


 その問いに黙って頷いていた目の前の神様であったのだが、俺だって文句の一つくらいは言いたい。


「いきなりやるんじゃなくて、一言あっても良かったのでは?」


「……ああでもせんと、龍に呑まれてしまいそうだったのでな。そうなってしまっては困るだろう?」


「あんた、ウチの師匠(せんせい)達よりイカれてる」


 ドン引きで批判を口にすると、駄蛇もうんうんと頷いている。

 そして、いつの間にか隣に来ていたカズさんも話に参加していた。


「小僧、あの娘の方はどうなる?」


「多分、羽衣(うい)のまだ使っていない力ってのは極式の事だと思う。なら……」


「極式……。神風使いの切札だな?」


 どうやらカズさんも覚えがあったらしい。神屋家の先祖とも知り合いだったので、どこかで見たことがあるのだろう。


「極式を編み出すには、自分自身と向き合わなきゃならない。そのために意識を絶ったんですね?」


「ああ、娘は今……、自身の内面世界で試練を受けているだろうさ」


 やっぱスパルタだわ、この神。


 羽衣(うい)については心配する必要はないと分かったものの、流石に砂浜に寝せておくわけにもいかない。

 宿に戻ることで意見が一致したので、羽衣(うい)をおんぶして、そちらへ向かう事になった。

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