出雲へ
9月中旬、金曜日の放課後に俺、羽衣、ローラが対策室へと呼び出されていた。
どうやら仕事での呼出しらしいのは三人とも理解できていたものの、師匠は少しばかり困った顔を覗かせている。
「珍しいですね? どうしました?」
「ああ……。まずは任務についてだ」
師匠から今回の仕事についての資料を受け取る。
「目的地は島根の出雲ですか」
「かなり強力な怪異が出たらしくてな。牛鬼を知っているな?」
「牛の頭に鬼の体を持ち、毒を吐くとか」
その答えに師匠も頷く。確か出雲ではなく近くの石見地方に伝わる怪異だが地理的に近いので、出現してもおかしくはない。
「結構、強そうなのですね。早めに現地へ向かいます」
そう返事をすると、師匠が待ったをかける。
「まあ待て。今回は……別件をローラちゃんに担当してほしくてだな」
その一言に俺ら三人が固まってしまう。つまり週末は羽衣と二人っきりになってしまうのだ。
「また何で?」
「実はブラウン氏から協力の要請があってな。あちらの様式でローラちゃんの訓練も兼ねて、お祓いをしたいのとのことだ」
なるほど。師匠が困っていたのは任務の危険度ではなく、俺と羽衣が二人っきりになることに対しての心配だったわけだ。
シスター・アンジェリカも間が悪い。
「心配でしたら俺一人でも――」
「お父様! いえ、室長! この任務拝命いたしました!!」
そりゃあもう羽衣さんも力一杯元気よく任務を受領してしまいました。俺の意見なんぞ言わせてなるものかといった気合の入りようだ。
「では兄様! わたしは準備がありますので先に帰宅しますね!」
そうして、ウッキウッキとなってしまった羽衣は足早に室長室を後にしてしまった。
「コウ……駄目だよ?」
「ローラさん目が怖いです……」
何が駄目なのかは言われなくても分かる……が、師匠も困った仕事を回してくれたもんだと心の中で溜息をつかざるを得なかった。
「とりあえず……だ。頼むから気を付けてくれ!」
「そんな力一杯の懇願するなら他の人員を回してください!」
「他は全員、出払っているんだ……」
年中人手不足の対魔組織にありがちなお悩みである。困ったもんだと思っていると、室長室の外に人間以外の気配を感じた。
ちょっとだけ懐かしい覚えのある気配だ。その人物は扉を開けることもなく、当たり前に室長室へと入ってきていたのだ。
「おう! 元気そうじゃねーか! 異人の幼子、背え伸びたなあ! 成長期だ、そんくれえはデカくなるか! はっはっは!」
俺らの前に現れたのは戦国時代の霊であり、小学生の頃からの知り合いである通称カズさんであった。正月の怪異襲来の後、また色々な土地を周るとか言って旅立っていたはずだ。
その霊が、もう我が物顔のフリーパスと言わんばかりに室長室まで来ているのだ。
「カズさん、何しに来たんだ? 俺はこれから任務だから相手はできねーぞ」
「ん? そうなんか。まあ……儂は去年、はろうぃんに間に合わなかったから、今年は早めに来ただけだが」
あの一件、別に俺のせいではないが根に持っていたのか。というか、まだ一か月以上先だぞハロウィン。
「まあいいか。じゃあ、テメエんちのババアとでも遊んどくとすっか」
そんな事を言い出したカズさんだったが、思わず俺は両手の掌をポンっと叩いてしまった。
「なあカズさん……、どうせだったら俺らと出雲に行かないか?」
にやりと口元を吊り上げながら、そんな提案をしたのだった。
次の日の朝、俺の家の前に集合した羽衣の顔が引きつっていた。当然と言えば当然だろう。まあ駄蛇は最初から人数に入っていなかったぽいが、二人っきりだと思っていたのが、飛び入り参加のカズさんがいたのだから。
「に、兄様? この方は……お正月に……」
「改めて紹介しよう。幽霊のカズさんだ。今回、同行してくれることになった」
「あの室長の娘か。成程成程、父親ほどじゃあねえが、確かに神風使い特有の雰囲気だ」
お互い顔を合わせたのは初めてではないが、正月はバタバタしていたので碌に交流は出来なかったはずだ。
それとは別に羽衣は、おっかない形相で俺へと詰め寄ってきていた。
「にいさま……、どういう事でしょうか?」
「待て! 待つんだ! これは健全な状態を保つために必要な措置で……、師匠だって心配してるんだ!」
「てめえの師匠が心配してんのは、そこの娘にてめえが押し倒されることだろうがよ」
呆れたようにそんなツッコミをするカズさんだったのだが、羽衣はまだ納得がいかないようだった。
「大体、この方と兄様が同室って……、戦国時代の霊ですよね!? 不潔です! わたしと同室の方がまだ健全じゃないですか!」
「娘よ、心配するな。このガキは儂の好みじゃあない。もっと見目麗しい美少年なら話は別だがな」
羽衣にはカズさんの言葉が聞こえないので、ちゃんと俺が訳している。
その訳を聞いて、それはそれで気に食わないような羽衣であった。
「兄様に不満があると? こんなに格好良くて優秀でお優しい兄様のどこが問題あるんですか!」
「ガキ! この娘、なんか拗らせてねえか!? 面倒臭せえぞ!?」
大丈夫かなあ、このメンバーで。
「小僧、蛇は……のーこめんとを貫かせてもらうヘビ」
「駄蛇……、何とかして」
「無理ヘビ。この頭おかしい霊を同行させたのは小僧ヘビ。観念するヘビ」
装備品として同行させた駄蛇ですら、カズさんと羽衣を同時に相手するのは遠慮したいらしい。
「と、とりあえず行くか。出雲までは電車だから大人しくな?」
羽衣とカズさん、まともに顔を合わせたのは初めてとはいえ、カズさんも少しは気を使ってくれるかなとも考えていた。
その願いも打ち砕かれた形となってしまった俺は、早朝から多大な疲労を感じつつ駅へと向かう事になった。
「んで? その牛鬼とかいうのは厄介なんか?」
「かなり凶暴な怪異として伝えられているかな。姿も言い伝えによっては千差万別、牛らしく怪力を持ち、毒の息を吐くなんて話もある」
「儂、帰っていいか?」
「別にカズさんを戦わせるつもりはないから、俺らが仕事してる時は宿で大人しくしてればいい」
電車の中でそんな感じで打ち合わせをしていたのだが、カズさんは俺と並んで座っている羽衣を羨ましそうに眺めている。
「てめえら……、人の目の前で美味そうに駅弁食ってるなあ?」
「別に良いじゃないか。腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ」
「儂だって食いたい! 畜生、あの幼子がいれば儂だって駅弁を食えたかもしれんのによ!」
前に家に来たときに、ローラさんの実体化でケーキとコーヒーを口にして以来、味を占めたらしい。また現代の飲食物を食いたくなってしまったようだ。
「小僧……、この霊うるせーヘビ」
「わたしには声は聞こえないはずなのに、騒がしく感じるのは何ででしょうね?」
同行している駄蛇&羽衣からも、そんな文句が漏れてしまっていた。この霊は大体はこんななので慣れるしかない。
駅弁を食べ終わった後で、暇つぶしのために駅で購入した芸能雑誌をぱらぱらと捲っていた。
「キラ☆撫娘……オリコントップかあ……。デビューから推してる身としては感無量だ」
「ついこの間、勉強会したとは思えませんね……。楽しかったですけど」
「事務所も移転するらしいぞ。売れたのもあるし、タレントも増えて来たとかで」
続けてページを捲ると、小さい見出しの中に、またしても知った名前を見つける。
「スマイルプロの新星。女子高生ながら臨場感のあるアクションやスタントを務める芦埜伊織ちゃんにインタビュー」
「あの方も出てますね?」
「体術で下地はあったから、即戦力だったんだろうなあ」
などなどと雑誌を読みつつ、時間を潰しながら出雲へと向かっていたのだった。




