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風薙斎祓・極式

 魔霊対策室、室長室にてこの組織の長である神屋明澄は想いを馳せていた。愛弟子でもある少年。そして自分の娘でもある少女について。


羽衣(うい)の力は同じ年での私以上……。やはり功と組ませることにって、いい刺激になったようだ。だが……)


「はあ……」


 思わず溜息をついてしまう。その横で彼の補佐をしている月村美弥が、にこやかに語り掛けていた。


「室長、心ここにあらず……ですか? どうされました?」


「いやな。羽衣(うい)は、このままでは遠からず壁に当たる。私がそうだったように」


「そうですか……。室長、その壁というのは?」


「それは――」



  





 所変わって対策室地下の演習場にて、俺と羽衣(うい)の二人が木刀片手に模擬戦で鎬を削っていた。

 双方が縦横無尽に駆け回りつつ、その木刀から発せられる風の技が空気を振るわせている。


 カアン……と木刀同士の激突する音に次いで、渦巻く風が俺の全身から後方へと吹き抜ける。


 やっぱり『風の技』に関していえば羽衣(うい)が上。分かり切っていたが、自分の有利な点で渡り合うしかないか。


 足裏に風を敷き、滑るような高速移動を可能にする『颯迅足(そうじんそく)』で、羽衣(うい)の後方へと回り込み袈裟斬りを繰り出す……が。


「四式、飃垣陣壁(ひょうえんじんへき)!」


 羽衣(うい)はこちらを振り向くことなく、風の壁を展開して俺の一撃をいなしていた。


 一歩下がり、羽衣(うい)が放った一刀を捌きつつ迎撃しようと試みるが、その羽衣(うい)が最初からそこにいなかったかの如く、消えてしまう。


「五式、蜃鏡態(しんきょうたい)か……」


 風薙斎祓・五式、『蜃鏡態(しんきょうたい)』――周辺の空気の密度を変えて光の屈折を操作し、自身の幻を作り出す技。

 幻を捕えていた俺の死角に回り込んだ羽衣(うい)の横薙ぎを察知して、距離を取る。







 その様子を演習場を上から見下ろせる見学スペースにて、お家の面々や忍、美里さん。そして興味深々とばかりに月村さんも見守っている。


「ふ……二人共、速すぎて何が何だか……」


「ローラちゃん、こういったのは動きの一つ一つを追うんじゃなくて、全体の流れを把握するのが大事なんだよ。一点を見るんじゃなくて、全体を眺めるイメージだな」


 目まぐるしく変化する俺達の攻防を見ようと頑張り、目が回ってしまっているローラさんに月村さんがコツを伝授してるようだ。


「そういう真司はできるの?」


「レイチェル、あまり舐めるなよ。できなきゃ僕はとっくに死んでる。お義父さんとの稽古で!」


 そこは怪異との戦いでじゃないのかと、見学しているメンバーは心の中でツッコんでいたが、みんなは引き続き俺と羽衣(うい)の模擬戦を注視していた。


 羽衣(うい)も距離を取った俺を追撃すべく、自身も『颯迅足(そうじんそく)』を用いて、突きの構えを取りながら疾走する。

 木刀とはいえ、加速された突きの一撃をまともに喰らってしまえば、ただでは済まない。


(これで一本!)


 羽衣(うい)は心の中で勝利を確信する。その木刀は俺の数センチ前まで迫っていたが、不意に羽衣(うい)の視界から俺の姿が消えて――


「えっ?」


 羽衣(うい)が見せた一瞬の戸惑い。その一瞬が命取りだった。彼女の肩にはその瞬間、鈍い痛みが走り、膝をついてしまった。


「大丈夫か?」


 理解できない動きで一撃を入れられてしまった羽衣(うい)は戸惑いの色が隠せていなかった。

 俺を見上げる瞳は悔しさと畏怖が混じり合っていた。


「今のってどうやって……」


「言葉で解説するよりも、実際に映像で見てみるか」


 その後、見学してた面々も一緒になって、先ほどの模擬戦の映像を検証する。


羽衣(うい)さんの攻撃が当たる瞬間、功君が跳ねて一撃……。別に変なことしてないよね?」


 美里さんが模擬戦の最後の部分を解説しているが、別段おかしなところもないので不思議がっている。


「これはな。羽衣(うい)ちゃんが高速で真っ直ぐ動いたために、視野が狭くなってしまったんだ。その死角に功は潜り込み、この場合はギリギリ視野に入らない上方に行って、一撃って流れだな」


 流石は月村さん。分析力は確かなものだ。


「ちなみに俺もその時に颯迅足(そうじんそく)を使ったから、消えたように見えたろ?」


「細かいコントロールは功の方がまだ上のようだ。風での移動は間合いを一気に詰めるのに向いているが、接近戦での運用は修練が必要だと室長も言っていたしな」


 などなどと模擬戦後に録画映像にて、お互いの動きを観察しながら反省会を行っている。


「そういや功は……、その風のヤツは基礎くらいしかまともに使えねえって言ってたよな? 基礎は上なのにできないって何でだ?」


 うん、忍の疑問も最もだろう。それを察してか月村さんが俺と羽衣(うい)に課題を出した。


「二人とも……、部屋に被害が出ないような……さっきの五式でいいか。やってみてくれ」


 俺らがこくりと頷き、蜃鏡態(しんきょうたい)を発動させる。その差は歴然であった。


「コウのはすぐに消えちゃったね~。羽衣のはまだ残ってるけど」


 レイの言う通りで俺は基礎以外を使おうとすると、持続時間が極端に短いのだ。


「実際な、神屋家が伝えてきたとはいえ、風薙斎祓、極式以外の一式から七式までは体系化された技術だ。時間が極端に短いとはいえ、功も使えていることから技術的には他の人間も可能なはず……なんだが、無理なんだよなあ……」


 腕を組みながら月村さんも困ったように唸っている。


「研究テーマとしては普通にアリだ。神屋家とそれ以外で何の違いがあるのか……というのはね」


「……月村さん、俺と羽衣(うい)で色々と実験するとか止めてください。特に羽衣(うい)で実験とか絵面が酷いことになりそうです」


 俺のその一言で若手全員がおかしな想像をしてしまったらしい。

 具体的には研究用のベッドに縛り付けられて、あれやこれやされる羽衣(うい)を思い浮かべてしまったようだ。


「真司……、セクハラは駄目だよセクハラは」


「ちょっと……怖すぎるわー」


「待て! お前達どんな想像した!? 僕を何だと思ってる!?」


 特に年頃の女子達に批判を受けてしまった月村さんだったが、半分は普段の言動のせいだと自覚して欲しい。もう半分は俺の発言だけどね。


「あれ? さっき……、そのキョクシキ以外って……? キョクシキって何?」


 ローラさんが先ほどの月村さんの発言に対して疑問を持ったようだ。


「言葉の響きからすると奥義とか必殺技みたいなもんじゃないのか?」


「うん、忍……だいたい合ってるよ~。ただね、せんせーとコウの極式は別だけど」


 レイがそんな解説を行うと、経験が浅いローラ達は揃って首を傾げていた。

 同じ極式でも別という意味が分からないのも無理はない。


「俺のは外式(げしき)。極式じゃねーです」


「それを言ってるのは、お前だけだ。風薙斎祓の使い手が自身の極みとして作り出すのが極式。そういった意味では、お前の無空界鎖は極式と称して差し支えない」


 月村さんの説明で忍達が信じられないものを見る顔となっていた。


「うん。分かるよ~。基礎しかできないのに、一足飛びで極みができるとか意味わかんないよね~」


「一から十まで自分の好きな様に作ったヤツの方が簡単だったんだよ!」


「それが怪異・術者封じの魔力ゼロ空間なんだから、お前はタチが悪い!」


 レイのツッコミに答えると、月村さんも面白がって彼にからかわれてしまう。

 その一方で羽衣(うい)は浮かない表情となっていた。


「極式……かあ……」


「ウイさん? どうしたの?」


「兄様って……やっぱり凄いんだなあ……と。お父様から聞いた話では、今の私よりも年下の頃には極式が使えていたそうですから」


 だから外式(げしき)だってば。といったところで、話の腰を折るだけなので、その発言は止めておく。


「ちなみに兄様はどうして、あの魔力封じになったんですか?」


「何で……か。だって良いだろ。何もかも平等な領域って!」


 その返答に羽衣(うい)以外の人物の表情は微妙なものとなっていた。どう考えても、コイツ何言ってんだ? といった雰囲気である。


「まあ……、なんだ。あんまり焦る必要はないぞ。極式はできるとなったら、割とすぐに出てくるものだから」


「そんなものでしょうか?」


 とはいうものの、羽衣(うい)にとっては未知の領域の話なので、終始お悩みモードとなっていたようであった。

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