ご両親の帰国
ジャンさん、イリナさんが来日されてから、はや二週間。時が経つのは早いと言うが、彼らの帰国が明日へと迫っていた。
当の俺はというと――
「ここ二週間で……、中部地方から始まり……。四国、近畿、東北、中国地方を行ったり来たり……」
「いやー。地酒って良いのお。その地方の特色が出るからの~。そこを知るには地酒を飲め。ワシの格言、どうじゃ?」
お仕事続きでげんなりしている俺を尻目に、偽ロリはお土産の地酒でお機嫌の様だ。未成年の俺が酒を購入できないので、月村さんやレイと一緒に行った地方の地酒のみ土産として持ち帰っている。
「あれ? 去年の夏休みってこんなに遠出って無かったよね?」
「去年はの、お主の護衛が任務でもあったのじゃよ。どうじゃ? 出会ったばかりの頃ならまだしも、修行を積んでいる今のお主には……相当破格の待遇であったと感じるじゃろ?」
「うん……。コウって結構凄いんだよね……。術も柔術もできて……訓練も毎日してる」
そう、去年の夏休みは色々とあったものの、ローラが来日したために彼女の護衛兼、術者としての手解きが主となっていた。
今年はそれがないので、いいように各地へ派遣されている状態なのだ。
「小学生の頃から夏休み冬休みは大体こんなだ……」
俺がこれまでの長期休暇中の過ごし方を反芻していると、偽ロリが悪戯っぽく問いかけて来た。
「ところでの? 今までの地方でどこのラーメンが一番うまかったかの?」
「俺的には喜多方と長崎ちゃんぽんがお勧めだな」
「……と、いうようにじゃ。こやつ、結構楽しんどるから皆も先の発言は気にせんでいいぞい」
別にご当地名物を食べるくらい良いじゃないか。
「それにしても、功くんて忙しいのね」
「仕方あるまい。各地の厄介ごとを解決するのも仕事の内じゃ。難易度も通常よりは高いが、あやつの場合は交渉で解決できる場合もあるでな。なので駆り出されやすいのじゃよ」
そんな説明をイリナさん達に続けていたのだが、あちらも苦笑いを浮かべていた。
「ぼくらも明日、空港を発つからね。今日は予定が無いんだろ? だったらゆっくり過ごそうか」
「本当、碌にお相手できずにすいません……」
「その分、ローラの時間を空けてくれたんだろう? それだけで十分さ」
その辺はジャンさんやイリナさんにはお見通しだったようだ。せっかく娘に会いに来たのだから、そのくらいは都合しなければ申し訳がたたない。
「コウ、だったら今日は四人で色んな所に行こうよ!」
「つっても、観光とかはなあ……。この辺なら大体は案内しただろ?」
「だったら……、あそこがいい!」
などとローラさんが力説してきたので、その提案に従う事となった。
「本当にここでいいのか……?」
「だって美味しかったよ、ここのケーキ」
ローラさんがご両親を連れて来た場所というのは、去年の秋に芸能事務所とウチの偽ロリ配信がコラボした際、まききちゃんに連れてこられた喫茶店だった。
どうやらローラさん、この喫茶店のケーキがお気に入りであるらしく、ご両親滞在の最終日に来たくなったらしい。
「ほ、本場の方々に出して良いのか?」
「美味しいから大丈夫だよ。入ろ!」
そこまで言うなら観念するかと四人で入店して、飲み物とケーキを注文して席に着く。
俺の心配は懸念だったようで、お二人共ケーキを口に入れると上機嫌となっている。そんな時間を四人で楽しんでいると、不意に誰かがこちらに声をかけてきていた。
「あら? もしかして……ローラちゃん?」
声のした方向に視線を向けてしまう。そこにいたのは、40代くらいで少しばかり長い髪を簡単に束ねている主婦の様な女性だった。
ローラにはその人に覚えがあったらしい。
「あっ! マキハさんのお母さん。こんにちは!」
その人に対して、ローラが元気よく挨拶を返している。先日、まききちゃんの家に行った際に知り合ったのだろう。
「ローラ? この方は?」
ジャンさんも初めて会う人間だったので、少しばかり不思議そうな表情を浮かべている。
「えっとね。アイドルしてるマキハさんのお母さんで、前にお家にお邪魔したことがあったの」
「あの時はありがとうね。真紀葉も落ち込んでたから」
穏やかな顔でローラと話していたのだが、彼女の両親も同席していたので、お二人にも挨拶をしているようだった。
普通に日本語が通じているので、あちらとしても安心して話しているらしい。
そして、彼女は最後に俺の方を向いて口を開いていた。
「あなたが……ローラちゃんのお兄さんね。覚えてる? 一度この店の前でローラちゃんを抱えて走り去っていった時にいたのよ」
「は……はあ。覚えていると言いますか……」
「卵のタイムセール~って叫んで走り去っていったから、面白い子だなって覚えてたの」
屈託のない笑顔で、そんな思い出話をしていたのだが、俺もあの時は落ち武者霊の相手をしつつだったので、忘れているわけじゃない。
それとは別に少しばかり緊張してしまう。
「初めまして。坂城功です。娘さんのファンやってます!」
大声でそう宣言するとローラは苦笑いを浮かべていた。その一方でイリナさんは俺を観察する様に真顔となってしまっている。
「ところで……、お一人でこちらに? どなたかと待ち合わせですか?」
「いいえ。娘も仕事を頑張ってますし、帰ってきたら甘い物でもって」
「そうなのね。この子も昨日までアルバイトで家を空けていたから、今日は一緒にいるんですよ」
イリナさんがそう言いながら、俺をずいっと前へ押し出していた。
「そういえば、アルバイトで雷に打たれたとかって真紀葉が言ってたわね。あんまり危険なアルバイトは駄目よ! お祖母さんだって心配するわ」
「は、はい……。気をつけます……」
どうやら俺の家族構成についても、娘さんから知らされているらしい。対外的にはルーシーは曾祖母、他は再従兄妹となっているのだが、みんな国籍は違うし、かなり珍しいのだろう。
少しばかりの雑談の後、ケーキを購入した彼女に店から立ち去ろうとしている。
「あの!」
思わず呼び止めてしまう。この後、何を言うべきかなんてまだまとまっていないにも関わらずだ。
俺の声に反応して、こちらを振り向いてくれた女性に一言。
「娘さんにあんまり頑張り過ぎないように……と。それと貴女も……」
そこまで言うと、あちらはにっこりと笑って頷いて、喫茶店から去って行った。
「じゃあ、私達もお暇しましょうか。レイチェルちゃん達にもケーキを何個か買って行きましょ」
そんな提案をするイリナさんの横まで行き、小声で話しかける。
「イリナさん、わざとやりましたね?」
「約束したでしょ。また頑張りなさい」
「意外とスパルタじゃねーですか? このマドモアゼルは」
「あら……、未来の息子になるかもしれない子への教育よ」
この得意げなイリナさんの顔を見ると……。なんつーか、怪異に対する肝の据わりっぷりといい、今みたいな態度といい、ルーシーの子孫だなあと感じてしまう。
「? ママ、何話してるの?」
「んー。ちょっとしたリハビリ?」
「何それ?」
そうして首を傾げていたローラさんだったのだが、それに対して俺が続ける。
「ローラさんや、このお人は色々と油断ならないぞ。例えるなら我が子を谷底に叩き落とす獅子の如しだ」
「ますます分かんないよ……」
困った顔をしているローラさんであったが、俺とイリナさんはお互いの顔を見合わせてクスリと笑みを零してしまった。
その次の日、ローラのご両親であるお二方を空港で見送り、いつもよりも少しだけ騒がしい日常は幕を閉じたのだった。




