第16話 坂城功の人生観
「何で平気なのか……。か……」
ローラの俺を見つめる眼差しは真剣そのものだった。その問いに答えるには俺自身のこれまでを話していく必要がある。
「ローラはさ。今の景色が……、霊が見えるようになってどう思った?」
「怖いに決まってるでしょ! みんな死んでる人だよ!」
少し興奮気味になってしまったローラは立ち上がりながらそう叫ぶ。
「俺はさ……。物心ついた時、もしかしたら産まれた時から、今ローラが見てる景色が見えてる」
「それは霊視を教わるときに聞いた! だからなんなの?」
「だから、俺は人間しかいない景色ってのを知らないんだよ」
「えっ……」
その言葉に絶句してしまったローラであった。
「ついでに言うと、触れるし会話だって普通にできる。俺にとっては生者と死者、人間とそれ以外なんて区別自体が無いに等しい物なんだ。だってもう……、そこに存在しているものだから」
目の前の娘はペタンとベンチに力なく座り込んでしまった。自分が考えていたのとあまりにもかけ離れた答えだったのかもしれない。
「まあ今は、人間だけの景色ってのは想像できる。けど、多分……一生理解はできないものだと思う」
「だから平気? でも……」
おそらくはローラが一番恐ろしいと感じている存在についてだろう。
「あのばーさんは、人間だけど人の範疇に収まっている存在じゃあない。それはお前さんも『視た』通りだ。まあ、あれだけ生きてる時点で普通じゃないんだが」
「二百……何十歳って、ほんとなの?」
「俺も最初は半信半疑だった。けどな……」
思わず昔を思い出してしまう。幼少時、あの銀髪偽破天荒のじゃロリと旅していた頃を――
「あのな……、あいつ……、ああ見えて……というより分かっているとは思うが、かなりの新しい物好きでな。約二百年前の写真に写ってたりするんだよ! 八時間静止状態頑張ったのじゃ! とか自慢げに言ってやがった!」
昔の写真は、撮影にそれだけ時間がかかっていたらしい。ちなみに普通は風景を撮るものである。
「ついでにめっちゃ昔の……アメリカだったかの銀幕にエキストラでいたし、日本が開国した辺りでの袴姿の写真とかもあるんだぞ。今度見せてやるから」
「う……うん。あれ? コウが外国の言葉を話せるのって?」
「ガキの頃、アイツと旅してた時期があってな。現地で見た。ついでにフランスにも行ったことがある」
「ああ……。だからフランス語できるんだ」
子供の吸収力って凄いもんだと我ながら感心してしまう。
「パリで霊友紹介されたりな」
「れ……れいとも?」
「なんでも……、この人はワシと歳が近いんじゃ! それでも十くらいは違うがの。とか言われたな」
「へっ!? へー……。ど、どんな人だったの?」
どんな……か。そんなの一つしか覚えてない。
「服は普通だったし……、強いて言うなら、おっぱいが大きかった。それしか印象に残ってない」
ローラさん、ドン引きしてますね。
「何でこの話の流れでそうなるの!? コウのエッチ! 変態! 最低!!」
「違うんだ! その人、斬首されて首から上が無かったから、顔じゃなくて体の特徴で覚えるしかなかったんだって!」
今度はお顔が引きつっていますよ、ローラさん。
「コウは、わたしをからかいたいの!? それとも怖がらせたいの!?」
お顔真っ赤のお怒りモードのローラさんが俺へと迫る。
「そうじゃない。絶対にそうじゃないから! と、とりあえず深呼吸な?」
俺の言うとおりにしてくれるローラさんだった。スーハ―スーハーと数回深呼吸し、気持ちが幾分落ち着いたようだ。
「とりあえずな? 俺の経験上、生きていても死んでいても悪いことする奴はいるし、……例えば、生きている人だって誘拐とかする奴いるだろ? 幽霊だってこっちおいでで川に落としたりする奴もいる。だから、生きてるとか死んでるとかで区別しても意味ないんだって。その人がどんなことしたかで判断するのが良いんだ!」
「だったら最初からそう言って!!」
「お……、おう……。ごめんなさい」
ローラさんに気圧されて、思わず謝罪してしまう。
「コウって……、もっと常識のある人だと思ってた……」
小学生に常識を疑われてしまった。クスン……。
「こ……、これでも頑張ったんだぞ? 生者と死者の違いを見極めるの。だって俺、子供の頃は生物って首がなかろうとゾンビみたいになろうと生きていけるって思ってたから!」
ローラさん、頭を抱え始めてしまいました。
「とりあえず大怪我していても、その辺にいるなら霊。体の一部、特に首がないと霊。一日中同じ場所にいるなら霊、ただし公園の噴水とか、そこらのベンチにずっと座っているサラリーマン風な人は要注意!」
「……最後の、何で遠い目になってるの!?」
仕方ないじゃないか。俺だって今は見習い扱いとはいえ宮仕えなんだから。
「……人生という大海原で迷ってしまった先達に、俺らみたいな若輩が何も知らずに声を掛けても、ただ困らせてしまうだけなんだよ」
「えっ……!? えっ?」
「優しい言葉というのは……、時に残酷で鋭い刃となるんだ」
「今度は死んだ魚みたいな目になってる!? 何があったの!?」
「知らない方がいい……。生きてる人も怖いんだ……」
俺とローラが公園のベンチでわいわい騒いでいるのが目についたらしい。いつのまにか知った顔が俺達の目の前にいた。
「あっ、坂城君とローラちゃん、こんにちわ」
「藤田さん、こんちわ。千佳ちゃんも」
そこにいたのはクラスメイトの藤田さんとその妹である千佳ちゃん。千佳ちゃんはローラのクラスメイトだ。
「ローラちゃん、遠くからだと兄妹喧嘩してるみたいに見えたよ。どうしたの?」
「だって、コウがわたしをからかったり、怖がらせたりするから……」
「あー、お兄さん駄目だよ。ローラちゃんにいじわるしたら」
千佳ちゃんに注意されてしまった。そんなつもりはなかったのだが……。
ちょっと困った表情をしてしまったが、今度は藤田さんが顔を近づけ、俺の目をじっと見ていた。
「……? 坂城君? 目の下、クマが凄いよ。大丈夫?」
「そういや昨日はローラにつきっきりであんまり寝てなかった」
「つきっきり?」
「うむ。夏休みに入ったは良いが、今度はローラが人見知りを発動してしまったらしく、外出もぜず昨日はずっと俺の部屋にいてな。夜更かししてしまったんだ」
「えー、意外。でも寝不足は良くないよ」
人見知りの件は大嘘だとしても、夜更かしについては藤田さんの仰る通り。というか、今日もまた昨日みたいになるの? 俺の体がもつだろうか?
そんな事を考えていると、藤田さんはポンと手を叩き俺へとある提案をしてきた。
「じゃあ、今日はわたしが、というより千佳がローラちゃんと遊びたがってるから、この子と一緒に泊まりに行って良い? そうすれば坂城君、眠れるでしょ? こないだの折り鶴のお礼ってことで」
い、意外と大胆な提案をする人だな。だがそれよりも……、これは大助かりだ!
「あ、あなた様は女神様だったのか!? 夕飯は上げ膳据え膳で、お風呂上がりのお飲み物をご所望でしたら、牛乳でもコーヒー牛乳でもイチゴミルクでも好きなものをご希望ください!」
「あははー。大げさだよー」
こうして我が家でお泊り会が開催されることとなった。




