お客さんがいても仕事は振られる
「――と、いうわけで……、墓地で悪さしてたのは、偽ロリの知り合いだったらしく、誠心誠意の説得と迷惑行為についての対策をこちらですることで手打ちとなりました」
(誠心誠意?)
(あの時のコウって、レナードさんの頭を叩いて……)
対策室の室長室にて、今回の案件についての報告を行っていたのだが、一歩前に出て報告をしていた俺の背中に羽衣とローラが心の中で何かツッコミを入れている気がする。
「約200年前の死霊使いの霊とはな。……悪意ある存在ではなかったのは幸運だったか。……さて、ミシェルさん。どうでしたか、ウチの若手エースは?」
今回の案件に同行を希望したフランスから来日したミシェルさんも一緒に報告に参加していたのだ。
そのミシェルさんが俺よりも前に出て、師匠の質問へと答える。
「予想以上ではなく、予想外だったでござる。鍛え方は無茶苦茶。だというのに、それが見事に統合されているで候。あの収斂の速度、普段からどれほどの負荷をかけているでござる?」
「ええっと……、お家の結界を六年間一人で毎日構築しなおして……」
ローラが代わりに答えると、頭を抱えてしまったミシェルさんであった。
普通なら3、4人で構築するはずの強力な結界を一人でずっとやり続けて来たことに対してのものだろう。
対策室以外の術者に揃いも揃って、おかしな目で見られると割と傷つく。
「……まあ、それに関しては、拙者が口を出すことではござらん。あの実力であれば人狼にも後れを取らなかったのは納得でござる」
ま、俺もミシェルさんには無空界鎖は見せてないから、手の内を全て晒したわけじゃないけどね。
「本来であれば、拙者らが対処すべき案件を始末していただいた件に関しては、感謝いたしまする」
どうやら、あちらとしても俺の実力は及第といったところらしい。
「拙者も本国への報告がありますれば、近日中に帰国させていただくでござる。坂城殿、世話になった。改めて礼を言わせてもらうでござるよ」
そう言いながら右手を差し出し握手をした後で、俺とローラに一瞬だけ視線を向けながら退室していった。
(さて……、あの少年とウチのロジェ、どっちが上か……。そして、お嬢さんの方は……どう報告したものか。逃がした魚は大きかったかもしれないな)
室長室でのやりとりの後、自宅に戻った俺達だった。夏休み中という事もあり、昼間のうちに帰宅できるのだが、居間に行こうとしたところイリナさんと偽ロリの会話が聞こえてきていた。
「ここ数日、功とも仲良くなったようじゃが……どうじゃった?」
「そうですね。思っていたよりも……、心根の部分は本当に普通の子で、ちょっとだけびっくりだったわね。もっとこう――」
「他人と違い過ぎて自分を特別な人間だと思っている……などど想像しておったか?」
「そうそう! そういったのが全然ないの。むしろ……劣等感の方が……」
「その辺はどうにかしてやりたいんじゃがなあ……。何分、幼少期のトラウマとか諸々あっての。しっかし、思い切ったこと言ったの? 自分ちの子になっちゃえなど」
「色々お説教しちゃったけど……、逃げ道くらいあったっていいかなって」
なんか……、俺の事で盛り上がっているっぽい。
「ルーシー! 貴様、どういう育て方した。あの少年、若い時分の貴様そっくりだぞ」
何故、レナードさんまで居間にいて偽ロリに文句言ってる?
「レナードよ、何を言っておる? ワシの若い頃なんぞ、功に比べたら可愛いもんじゃて。嘘を言うでない」
「……悪さしていた魔に対して、市中引きずって迷惑かけた人間の元へ謝罪に行かせたのを忘れたか?」
……今とほとんど変わってねえだろ!? 何が箸より重い物を持ったことのないお嬢様だ!?
俺が居間……、おそらく俺以外に聞こえていないレナードさんの言葉に頭を抱えてしまったが、そんなのをいちいち気にしていられないので、俺達も居間へと入る。
「おう帰ったかの。あの術者は?」
「ミシェルさんなら、近日中に帰国するってさ。市中引きずり回しロリさんよ」
「それ、レナードの記憶違いじゃよ!」
拗ねた顔をしてソファから立ち上がって抗議をしていた偽ロリだった。
「ところでレナードさん。昔の偽ロリはどんなでしたか? こう……あまり人には知られたくないような恥ずかしい話とか、聞いてみたいなあ?」
「偽ロ……、ぷっ。そうさな、魔と戦っていた時に、こいつの服がボロボロになってな。それを見られて悲鳴を上げながら、その一帯に魔力糸を振り回して、森の木々が見事に伐採されたり……」
「偽ロリさんは新たな称号、環境破壊ロリを獲得した!」
まるでゲームシステムの様なツッコミを入れると、当の偽ロリは納得いかないとばかりに声を荒げていた。
「当時のワシ、花も恥じらう乙女じゃからな!? 当然の反応じゃろ!!」
「それが恥も外聞もない、大酒飲み若作り配信者になるんだから時の流れは残酷だなあ……」
生暖かい目で偽ロリを眺めていると、レナードさんも俺へと近寄ってきていた。
「しかし……、アレの子孫ともこうして会えるとはな。幽霊してるのも悪いもんじゃない」
まじまじと俺を見詰めるレナードさんであったが、その表情はどこか懐かしんでいる感じなのだ。
「あの……、レナードさんって外見からすると、来日されたのってかなりお年を召されてからですよね? 何でまた遥々日本に?」
「当時なあ……。教会を基盤とする勢力と大規模な戦いがあったのだよ。追われる身となってまい、遠い異国に身を潜めることになったのさ」
どこかで聞いた話だが……。
「それで最後までやり合っていたのがワシ。日本は地理的にも離れていて安心だったしの。裏の世界についても、迷惑かけん限りは基本的に異国の術者にも寛容だったのじゃ」
「偽ロリも敗走してこっちに来てたんかい!?」
「違うわい! 相互不干渉になってから、ほとぼりが冷めるまで色々回っていただけじゃ! そんな折、鎖国を解いた国の噂を聞いての。観光がてら立ち寄ったこともあったのじゃよ」
それで二人して時期は違えど来日してたとか、どんな偶然なんだか。
幕末とか明治とかそんくらいか?
「……俺とレイが神屋家にいたころ……開国した辺りで兇魔とやり合ったとか言ってなかったか? うろ覚えだけど」
「おお。戦ったぞい。ワシ等が知るモノとは異質過ぎて、驚いたもんじゃが」
そんな会話をレナードさんも交えて話していると、イリナさんをはじめとする普通の人達や一緒に家に帰ってきていたローラと羽衣も話についていけていないようだった。
「あー。ごめん。るーばあの昔を知ってる人とか初めて会ったもんだから、つい」
「それよりも、今の功くんがお年寄りに構って貰ってる子供みたいで、可愛かったかなあって」
「えっ!? 俺そんなにガキ臭くないですって!」
とはいえ、テンション上がってしまっていたのは丸わかりだったようで、皆さまはクスクスと笑いを零している。
「レナードよ。お主も静かに過ごしておれ。あの世に送ってほしくば、腕の良いのを紹介してやるぞい」
「貴様こそ、現代に馴染み過ぎだろう。まったく、目新しいものに興味津々になるのは変わらんな」
年寄り同士の嫌味たっぷりの会話からは、どことなく昔の仲間であったことを思わせる温かさが感じられる。
「さってと。面倒なのも終わったし、夏休みを――」
そう言ったところで、スマホのメール着信が鳴り響く。嫌な予感を感じながら恐る恐る画面を確認する。
「……中部地方の山中に、怪異の目撃情報。地元の術者にも負傷者あり。応援に行くこと……」
そんなのがあるなら、室長室で言ってくれたらいいのに。なんて考えながらスマホで師匠直通の番号へと発信する。
「師匠……。俺、夏休み真っ最中です! しかもローラのご両親も来てるんですよ! 少しは学生らしくですね……」
「すまん! さっき言い忘れてた! なかなか厄介なようだ。戦闘向きの成田君と金城君も同行するから、よろしく頼む!」
スマホをスピーカーモードにしていたので、居間の面々には先ほどの会話は丸分かりとなっている。
「功くんって……、結構忙しいの?」
「あやつなあ……。対策室での扱いが見習いなだけでの。本来なら、実力的にはとっくに正職員として働けるんじゃよ。長期休暇に入ると……、こうなるようでの」
イリナさん達に事情を説明する偽ロリが俺の肩をバンっと叩き、気合いを入れるように促していた。
「ま、頑張るのじゃ! お主ならイケルイケル。ついでに地酒の土産を頼むぞい」
「気をつけるんだよ。ぼく達は、まだ日本に滞在するから、今度ゆっくりとね」
ジャンさんも俺の肩をポンっと叩き励ましてくれていた。
その後、忍や美里さんと連絡を取り、事件があったらしい地方へと出向いたのであった。




